第6の武器 鞭

 「そんなに難しい顔をされて、どうされましたの」



 「自立して動くゴーレムの設計をしているんだ。回路の方は順調に進んでいるんだけど、肝心の演算装置の開発に難航していてね」



 「ふぅん」



 ミスリルの精錬がスキルで可能だと分かった俺は、それを利用した新たな武器、ゴーレムの設計をしていた。素材となる大理石はダイエアハトで山のように採れ、魔術回路は電子回路と似通った部分も多くあったので、筐体そのものは前世の知識を流用すれば案外楽に組み立てられた。魔力を流すと、キビキビ動く。

 しかし、これだけではあくまでただの人形。真に求めるのは、俺が直接操作せずともプラグラムされた内容を行動に移せるゴーレムだ。何かヒントをと思ってエリカにも話したが、流石の彼女もこれはまだ早かったらしい。



 「なぁ、ゴーレムといえば王立学院が何度も開発に挑戦して、そのたびに予算不足で計画を凍結させられることで有名な幻の魔道具じゃないか……?」



 「あら、そうなの? でもあなた、アディルが作っているあれはどう見てもゴーレムじゃないの」



 「よろしいですか、お父様にお母様。これは単なる石の人形。魔力を流せば動くだけで、本物のゴーレムには足元にも及びません」



 「そうなのね」



 「いや、私の目にはどこからどう見てもゴーレムが映っているんだが……」



 何やらお父様がおかしなことを言っているが、気にせず設計を続ける。

 試行錯誤しながら内部の回路を書き換えるが、どうも上手くいかない。行き詰まっていると、エリカが声を掛けてきた。



 「お兄様。もうそろそろ夜が明けてしまいます。一度お休みになられませんか? ほら、お顔も酷くやつれていらっしゃいますわよ」



 労いの言葉と共にエリカが手渡してきたのは、青銅製の小さな手鏡だった。



 「鏡……そうか、その手があったか! 魔力をミスリルで反射させればもっと自由に回路を設計できる! それだけじゃない、繊維状にしたミスリルを光ファイバーのように纏め上げれば、素早い情報伝達も!―――」



 それまで俺は魔法陣の仕組みを応用し、砕いたミスリルの顔料で石に魔術式を書き込む形式で回路を作っていた。しかし、エリカの持ってきた鏡を見た瞬間、俺の頭には今までのやり方を覆す大量のアイデアが思い浮かんだのだ。



 新しい方式に基づいてゴーレムを作り直していると、二階からお父様とお母様が下ってきた。



 「アディル、夜中に騒ぎ立てないでくれ」



 「すみませんお父様。とうとうゴーレムが完成しそうなもので興奮してしまって……!」



 「まぁまぁいいじゃないの。もうすぐ朝ですし、鶏代わりということにしましょ」



 「ぬぅ……」



 眠そうなお父様はしぶしぶ戻ろうとして、突然振り返った。



 「ゴーレムが完成しそうだって!?」



 「お父様、お兄様よりうるさいですわよ」



✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀



 その後、エリカの説得により無理やり寝かしつけられた俺は、目覚めると早速ゴーレムの開発に着手した。



 「各部品間の魔力伝達はミスリルを使った反射で調整しよう。基本回路には今まで通り粉塵状のミスリルを使うとして、魔力ファイバーは……そうだな、鞭ということにしてスキルで加工するか」



 大方の改造を終えた俺は、およそ2mはあるだろうその巨体を見上げた。一見すると古代の遺跡にでも飾られていそうなデザインは、元美大志望である俺の魂の入れどころだ。



 「成功していれば、このミスリルを嵌め込むだけでゴーレムが起動するはずだ……」



 緊張しつつも、俺は筋肉質なゴーレムの額にミスリルを装着する。



 「……」



 数秒の沈黙。期待と共に焦りも出始めたその時、水晶で出来たゴーレムの瞳に光が宿った。



 「! ……成功だ! ゴーレムが起動したぞ!」



 重たげな動作で、ゴーレムの首が持ち上がった。モーターなどは一切使われておらず、動力源の魔力はほぼ無尽蔵にあることを鑑みると、前世でも作れないようなオーパーツと言える。

 このゴーレムが居るだけで治水工事は飛躍的に効率化する。農地の開墾だってそうだ。城壁の建設や兵員の代替にも利用できるだろうし、防衛という面に於いても用途は無数に思いつく。



 欠点としては簡単な指示しか出せないことだが、それを抜きにしても画期的と言えよう。



 「……これ、地方の豪農風情が個人所有していいものじゃ無いな」



 取り敢えず、設計図は王立学院宛に郵送した。



✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀



 「リンデ、ビッグニュースだ!」



 大陸歴370年、種蒔きの月。

 すっかりと春を迎え和やかな雰囲気に包まれていた王立学院において、その男は不相応なまでに鬼気迫る表情をしていた。



 「ヴィル、講堂では静かにしてくれ」



 「静かにしていられるものか。この衝撃は言葉にするのだって難しいんだぞ」



 「なら黙ってろよ」



 ヴィルヘルム・ビッテンフェルト。私と同世代の研究者で、新興の自動人形工学オートマタ科を専攻する数少ない生徒だったそいつは、学院では結構名が知れていた。……悪い意味で。

 そこそこの美形と相当癖のある性格を併せ持ち、幻の技術であるオートマタの開発に熱を上げる奇人。それがここ、王立学院におけるヴィルヘルムの公正なる対外評価だった。



 私は古文書科の学生であり、学院ではあまり接点が無かった。しかし、かつて同じ論文の共著者に名を連ねた縁から、何かしら研究に進展があるとこうして絡まれるのが常であり、この時もまた”いつもの”が始まったと軽く見ていた。



 「先月、私が王立学院の窓口係に任命されたことは知っているな?」



 「あぁ、知っている。確か今年何度目かの予算凍結のせいで禄に研究を進められなくなったのが理由だったか」



 「そう、そのせいで私はつまらない業務を粛々と熟す羽目になった……しかし、昨日送られた一通の手紙は、そんな日々に感謝するほどの代物だった!」



 芝居がかった仕草でジェスチャーをするヴィルヘルムは、明らかに興奮していた。確かに元劇団員の彼には前からそのような癖があったが、今回の奇行はそれを上回るほどの熱を帯びていたのだ。



 「肝心なのがその内容だ。差出人不明のその手紙には……聞いて腰を抜かすなよ? ……なんと、オートマタの設計図が記されていたのだ!」



 「……」



 「どうした? 驚いて声も出ないか」



 何を言うか。呆れて声も出なかっただけだ。……そうして問答するのも意味がないことをよく理解していた私は、声には出さなかったが心の中でそう思った。



 こいつがオートマタの開発に成功したと主張するのはこれが初めてではない。見ず知らずの誰かさんが書いた手紙を本気にするぐらい、ヴィルヘルムという人間オートマタ狂いは平気でやってのける。



 「うん、まあ、そんなところだ」



 「ハハ、気持ちは良く分かる。知識は財産だ。写しを学院中に配る予定だが如何せん内容が膨大でね。遅筆の私には僅か一部しか作れなかった」



 「第二読者になれる名誉に感謝してくれ」と、無駄に勿体ぶって渡されたその書類の束は、確かに手紙とは思えない程の厚みがあった。



 呆れた口調で、私は問うた。



 「昨晩君の部屋だけ電灯がついていたのは、これが原因か?」



 「御名答! なんせ大陸の方ですら未発展の魔術式やら、古文書の一節に登場するような超マニアックな回路機構やらが平気で登場していてね。その解説と使用意図まで書き加えたら論文みたいになっちゃった」



 なっちゃった、ではない。パラパラと捲れば、ノステリアル体のかっちりとした墨文字が隅々を覆っている。論文の基本構成さえ分からず私に泣きついてきた男も、オートマタ熱に浮かされればこんなものを仕上げてくるものかと、私は感心半分呆れ半分の奇妙な気持ちにさせられた。



 「折角作った貴重な貴重な一部だ。ささ、ぜひ読んでみてくれよ」



 「はいはい、有り難く読まさせていただきます……」



 この男のことだ。読まなければきっと抗議して喚いてくる。それに、古文書という単語が聞こえたのも気になった。我々の専門分野をどう素人が誤魔化したものか、名も知らぬ差出人に茶々を入れてやろうという悪戯心もあり、私は渡された書類のページを捲った――――



✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀



 「お、ようやく読み終わったか。どうだ、私にしては良く纏められ」



 「ヴィル」



 「?」



 「今すぐ所長を呼べ。学院長もだ。王立学院のリソースを総動員してこの手紙の主を探し出すぞ。とんでもない物を持ってきてくれたな……!」

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