第5の武器 実弾

 「ただいま」



 ミスリルと数種類の鉱石を手にホクホク顔で帰った俺は、自室に入ると早速それらの戦利品をぶちまけた。



 「ふむ、図鑑と見比べても概ね違いは無いな」



 しかし、実物は模写より何倍も美しい。

 ミスリルの輝きに見惚れながらも、それとは別の鉱石と、ついさっきまで被っていた制帽を手に取る。



 「まずはこれから」



 行うのは、スキルを使った金属加工だ。

 ハインツさんのスキを直した時以来となるが、今回行うのは精錬。図鑑によると、ミスリルの精錬は専用のスキルを持った熟練の鍛冶師のみが出来るとか。しかし今後のことも考えると、加工は俺一人で完結させたいという思惑がある。

 そこで、本番前の手馴しとして、普通の鉱石の精錬をやってみようと言う訳だ。



 加えて、細かな造形力を試すために制帽の金属装飾も作りたい。今の無骨なデザインも俺好みではあるが、総統かどうかは識別しやすい方が後々便利だ。試すのには丁度いい。



 神経を研ぎ澄ませ、目の前の褐鉄鉱に意識を集中させる。すると、それは見る見る内に青い光に包まれ、段々とその色合いを変えつつあった。

 鉄に化合していた不純物が取り出され、褐鉄鉱が純粋な自然鉄へ還元されたためだ。



 「よし、次は……」



 鉄が元の輝きを取り戻したのも束の間、スキルはそれを金属装飾……という名のへ作り変える。

 カンザシを象った古代琉球の暗器だ。同じく頭につける制帽の装飾として相応しい。俺は、それが党章の鷲をモチーフとしたデザインとなるよう、美大を志望していた前世のセンスをフル稼働した。



 「こんなものか」



 出来上がったものを制帽に取り付けると、サイズ的にもデザイン的にもピッタリ嵌った。

 シックな制帽がどこか物々しい雰囲気を纏っているが、総統になる以上威厳は有ればあるほど良いに違いない。



 野盗を撃退した実績を持つ制帽だが、これを装着して使えば……



 「そのときこそ、御陀仏ということに成りかねないだろうな」



 出来合いの諸刃剣で切りつけても傷一つ付かない。精錬の練度に関して言えば申し分ないだろう。



 「第一関門はクリアだ」



 新調した制帽をしつらえ、俺は鍛冶屋へ出向いた。



✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀



 鉄の精錬が成功したのは火を見るより明らかだったが、ミスリルの練度は素人が簡単に推し量れるものではない。



 「ごめんください」



 材木を乱暴に組み合わせた、粗末な掘っ立て小屋。

 そんな見た目からは信じられないが、表に掲げられた金の看板で、ようやく鍛冶屋だと分かる。



 戸を叩いて数分経つが、焦ってはいけない。”彼女”の仕事を考えれば、それも仕方のないことだ。



 「はいはい坊っちゃん、今出るよ」



 気怠げな返答と共に、赤髪の女性が現れた。この『城』の主、アンリ姐さんだ。



 「突然押しかけてすみません、アンリさん」



 「お姉様」



 「……突然押しかけてすみません、お姉様」



 「ヒヒ……いいのいいの、ちょうど納品終わらせたとこだし。お上がりなさって」



 領主としての仕事が忙しい両親に代わり、よく面倒を見てもらってるこの人には頭が上がらない。

 まぁ、多少……結構変な人ではあるが、悪い人ではないのだ、多分。



 「お邪魔します」



 入城すると、見渡す限りのゴミ屋敷……では無く、綺麗に整頓された小部屋が目に入った。



 「あれ、片付けたんですか?」



 「そう物珍しそうな目をしないでおくれ」



 「でも、前までは『この配置が完璧だから〜』って、頑なに片付けを拒んでたような気が……」



 「そ、だから物の配置は変えてないよ」



 「?」



 困惑したような俺の顔を見て「フフフ……」と笑い声を漏らしたアンリ姐さんは、部屋に唯一残っていた鉄杖を取り出すと、おもむろに呪文を唱えた。



 「“Lass es los!”解除せよ!



 「わ!」



 すると、読みっぱなしの技術書、乱雑に放置された金銭、手入れは丁寧な彼女の愛用具など……以前訪れたときと変わらぬ風景が広がった。



 「これは……”ステルス”H e i m l i c h k e i t?」



 「大正解! 貴族とかが来る時いちいち仕舞うのも面倒だから、いっそ付与魔術で見えなくしちゃおうと思ってね」



 なんというか……凄いはずなのに別の意味で言葉が出ない。



 「あ、そこの試作品は触らないでくれよ。どうも機嫌が悪いんだ」



 「うわっ!?」



 足元を見ると、先程まで隠されていた雷属性の剣が火花を散らしていた。

 本当にこの配置が完璧なのか、甚だ疑問である。



 「この前のキミは良く絵になってたよ。お手柄じゃないか」



 「ありがとうございます」



 「ぐふふ、アタシも新しい攻撃魔術を開発しようかと思っちゃった」



 「……前みたいに庭地を焼け野原にするのはやめてくださいね?」



 姐さんの経営する城……もとい鍛冶屋は、金属加工だけに留まらず魔道具開発や魔術研究まで行っている。

 他分野にまで手を広げられる技術力と探究心は素直に凄いと思うし、尊敬に値するものだが、如何せんその使い道がアレなのは本当にどうにかして欲しい……。



 「あのときは龍脈が乱れてたのさ……それより」



 そんなことを考えていると、彼女は首を傾げながら俺の制帽を指差した。



 「最高純度の鉄が使われている。造りも随分と精巧だ。こんな物、王都でも中々お目にかかれ無いよ」



 流石鍛冶屋なだけあって、目利きの良いアンリ姐さんはこういう所にすぐ気がつく。



 「坊っちゃんのことだ。どこかの迷宮から掘り出してきたんだろう?」



 「いえ、これは僕の手作りです」



 「ハァ!? 手作り!? ……やれやれ、毎度坊っちゃんのすることには驚かされるよ」



 「やっぱり、きちんと製鉄出来ていたんですね。スキルを応用してみたんですけど、自分じゃ成功しているか分からなくて」



 「出来ているなんてものじゃない、一級品さ! どこぞの王族が愛用していてもおかしくないね。で、依頼っていうのはこれの鑑定かい」



 そのために来たんだろうと言いながら、彼女は部屋の奥からポストを引っ張り出した。



 「前までは報酬もハダカの手渡しで良かったんだが、応接が面倒で仕方ない。ここの棚に小切手と仕様書を入れてくれれば完成品を郵送するから、製品の依頼は今度からそうするよう村の人達に伝えてくれ」



 「分かりました。でも、実はやって貰いたいことは別に有りまして……少しお時間を頂いてもいいですか?」



 「うんうん。急を要する案件も無いし、こんなに珍しいものを見せてもらったんだ。何でもどうぞ」



 「じゃ、お言葉に甘えて」



 そう言うと、俺は懐に仕舞っていた大粒のミスリルを取り出した。



 「ほほう、これはこれは……触ってもいいかい?」



 「お構いなく」



 「おお、ありがとう」



 グレートワームの絹糸で織られた高価な白手袋を着けると、姐さんは職人らしい丁寧さでミスリルを掴んだ。

 モノクルのレンズを絞ったり、納得するように頷きつつ、数分程観察を続けた姐さんは笑顔でこちらに振り向いた。



 「坊っちゃん、これは非売品かい?」



 「売りに出す物ではないですね」



 姐さんは、棚から取り出した小切手に羽ペンで数字を書き入れた。



 「10億ゴールドでどうだい?」



 「売りませんよ?」



 「なるほどね」



 姐さんは、小切手の数字を描き足した。



 「よし、100億ゴールドだ」



 「だから売らないですって。あとそんな大金受け取れません」



 「わかった、150億ゴールド」



 「値段上げてもダメです」



 「200億ゴールド!」



 「売りません」



 「300億ゴールド……これで手を打たないかい?」



 「そもそもそんなに使い切れませんよ……」



 「うぐっ……」



 考え込む姐さんに、俺はそっと声を掛けた。



 「これは実験のためのサンプルです。姐さんには後で報酬と一緒にもっと大きいのをプレゼントしようと思っていて……」



 「これより大きいサイズがあるのかい!?」



 「ええ、まぁ……」



 「産地は!? 重量は!? そもそもどうやって掘り出したんだい!?」



 「で、す、か、ら! これは実験が終わったら差し上げるので、質問は後にしてください!」



 熱気覚めやらぬ様子の姐さんを宥めると、どうにか落ち着きを取り戻した彼女は笑いながら俺にミスリルを手渡した。



 「いやぁ、すまんすまん。つい熱くなってしまった」



 「はぁ……これはとある銅鉱から掘り出したミスリルです。今からこれをスキルで精錬するので、成功か失敗か判断して欲しくて……」



 「削るのかい!? これを!?」



 「だから一旦落ち着いて!」



 「はい……」



 「勿体ないなぁ……」とボヤく姐さんを横目に、俺はスキルを発動した。

 目指すはダイヤさながらのブリリアントカットだ。



 「……」



 いつにも増して集中する。通常は加工の難しいミスリルだからというのもあるが、一番の理由はただの裸石を無理やり武器にこじつけたためだ。



 政治の世界では賄賂を隠語で”実弾”と称することもある。紛れもなくジュエリーとしての価値を誇るミスリルは、最早武器としても扱えるのだ。



 ……まぁ、自分でも無茶苦茶な理屈だと思う。成功するかはかなり怪しい。



 「……光った!」



 スキルの適用には成功したようだ。普段の数倍の疲労を感じながら、俺は更にミスリルへの意識を強める。



 「これは、生産スキルかい」



 青白い光は生産スキルの特徴であり、仕事柄造詣の深い姐さんはすぐに感づいたようだった。



 「ええ……少し、本来の使い道とは違いますが……」



 自身のスキルを明かすのはよほど強い信頼のある相手に限られる。俺は言葉を濁しつつも、姐さんの問いに答えた。

 そうしてじんわりと脂汗が滲みだした頃、ミスリルを包んでいた光が緩やかに霧散した。



 「あ……成功です……」



 「坊っちゃん!?」



 光が消えると、そこには見事なまでの輝きを見せるミスリルの結晶があった。

 しかし、スキル使用による疲労が溜まっていた俺は、感動する間もなく意識を失った―――



✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀



 「ハハ、まさかぶっ倒れるとは」



 「すみません……」



 「や、まずは自分の体を心配しな」



 目覚めると、俺は二階の寝室で寝かされていた。姐さんに聞くと、およそ二時間は眠っていたそうだ。

 階段を下ると、受付机にはあのジュエリーが置かれている。高価な保管容器に入れられているのを見るに、精錬は成功したと見ていいだろう。



 「このカットだけでも竜の卵に匹敵する価値はあるけどね」



 「あれ、口に出てましたか?」



 「うん。というか、どうやって生産スキルでここまでの代物が作れるのさ。設計は自分の頭で考えなきゃならないってのに」



 「うーん……ここだけの秘密、自分の考えたことが全て反映されないこともあるんです。勝手に変なデザインが足されてたり……」



 「なるほどね。じゃあこれはスキルが暴走した結果?」



 「いえ。そのカットは思惑通りです」



 「……400億ゴールド」



 「だから売らないですって……良いですか、他言無用ですよ――――」



 そうして姐さんに報酬を渡したり(カットの製法だけで十分だと言われたが)、質問攻めに対応したりする内に、すっかり外は暗くなっていた。



 「じゃあね坊っちゃん。頼み事があったらまたうちに来なー」



 「はい。今日はお世話になりました」



 さて、これでミスリルの加工は問題ないことが分かった。次のステップに進む番だ。

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