騒々しい朝



 課長について会社まで行くと、ロビーには蜂谷と七見が居た。


 二人はまず、課長に、

「おはようございます」

と挨拶してきた。


 蜂谷は、こちらを見、

「……おはよう」

と相変わらず、不機嫌なんだかなんだかわからない調子で言い、七見は、


「おはよう、杏ちゃん」

と今日も機嫌よく言ってくれる。


「おはよう、七見さん」

と微笑むと、蜂谷が、俺にはっ? という顔をしたが、いや、あんたが睨んだからだろう、と思っていた。


 こっちは、夕べされたキスを思い出して、ちょっと赤くなってみたりとかしてたのに。


「鷹村、ボケっとするな」

という声に見ると、課長がエレベーターのボタンを押して待ってくれていた。


 というか、他の人も待たせてしまっている。


 すみませんっ、と叫んで駆け出した。

 後ろで、七見が笑っている声が聞こえた。


 朝からいつも通り、騒々しい、と思ったようだ。


 


 仕事終わりに、杏たちは近くの中華の店に来ていた。


 七見が中華が食べたいと行っていたのを春香が聞きつけたらしく、いつの間にか、食べに行くことになっていたのだ。


 しかも、名目が何故か、『初デートおめでとうの会』になっている。


 なんだかわからないが、蜂谷と二人、祝われたのだが、案の定、その話題はそれきり出なかった。


 結局、ただの呑み会になる。


 まあ、助かったけど、と思いながら、トロトロの豚の角煮を食べていると、突然、春香が、

「そういえば、課長も誘えばよかったですね」

となんの気なしにという感じで言い出した。


 なんでだ……。


「ああ、それもいいわね。

 美形を三人並べて呑みたかったわ」

と随分酒の回っている蘭が言い出す。


「なにそれ、僕らは単品じゃ、いまいちって話?」

と七見が笑って言った。


「違うよ。

 たくさん居た方がゴージャスじゃん」


「いいですねえ。

 それに、課長の息子さんも居たら、言うことないですよね」

と言う春香に、


「課長も律も今日は駄目よ。

 最近外食続きだから、たまには家で食べるって言ってたから」

と言うと、


「杏さん、もれなく課長の予定知ってますよね」

と春香が言う。


「いや……それは、ほら、……部下だから?」


 そう言いながら、あまり理由になってないなと自分で思った。


 だって、部長が今日家で食べるかどうかなんて知らないし、と思っていると、春香が言う。


「でも、向井課長って、結構、しゃべるんですね。

 今まで寡黙なイメージがあったんですけど」


「あの人は語り出したら止まらないわよ」


 そこで、真横から視線を感じた。


「……私、小籠包が食べたいな」


 話題を変えるようにそう呟くと、いいねえ、と七見がすぐに同調してくれたので、人数分追加した。


 トイレに立った七見が通りがけに、隣の蜂谷に聞こえない声で囁いていく。


「ひとつ貸しね、杏ちゃん」


 ……わかってます、と俯き思った。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る