初デートのその後で
予想外に、蜂谷とスムーズに出かけられ、軽く呑んで蜂谷に送ってもらった。
というか、軽くしか呑んでないつもりだったのだが、かなりの眠気に襲われていた。
昨日、緊張してよく眠れなかったからかな、と思う。
蜂谷が二階の部屋まで背負って上がってくれて、浅人に、
「すまんな、蜂谷。
また面倒かけて」
と言われていた。
蜂谷がベッドに下ろしてくれて、浅人が布団をかけてくれ、先に出て行く。
「おやすみ、杏」
と言ったあと、蜂谷は行きかけて、戻ってきた。
軽く口づけて出て行く。
どうしようかな、と思って、そのまま寝たふりをしていた。
わー、なんか緊張した。
そして、キスされたとき、なんだか違和感を覚えたが。
それは、きっと、高校のときの蜂谷にそうされたように感じたから。
まだ友達のままのような気がするのに、なんかこういうの変だな、と思ったからだろう。
友情の期間が長すぎたからかな、と杏は思った。
ドアを閉め、外に出た蜂谷は、まだ廊下に居た浅人に、
「蜂谷、杏は?」
と訊かれた。
「寝た」
「初デートであんなに酔っ払うとは、どうなんだ、あの姉」
と腕を組んで杏の部屋のドアを振り返っていた。
「いや……でも、久しぶりに寝顔を見たが、可愛いな」
「それ、本人に言ったらどうだ?」
と言われ、
「死んでも嫌だ」
と答える。
「……そういうところに問題があるんじゃないのか、蜂谷」
と高校生に言われてしまった。
今日のデートを思い返しながら、杏が目を閉じていると、蜂谷が下りていく足音が聞こえて、しばらくして、車の音がした。
また階段を上がってくる音がし、いきなりドアが開く。
「狸寝入り」
と声がして、ドアが閉まった。
さすが、弟。
なんだか恥ずかしくて起きられなかったのがわかったようだった。
まあ、なんだかいろいろとスローな展開かもしれないが、私たちはこれでいいんだ、と思っていた。
朝、杏がまた一人で電車に乗っていると、向井が乗ってきた。
「あれ? 今日は車はどうしたんですか?」
と訊くと、昨日呑んだから置いてきた、と言う。
そのまま、読みかけだったらしい文庫本を広げる。
片手で吊り革を持ち、片手で本を広げている向井に、へー、と素っ気なく言うと、
「なんだ?」
と本から目を上げ、言ってくる。
「いえ、別に」
何故、自分が機嫌が悪いのかわかったようで、
「誰と呑みに行ったのか、お前にいちいち説明しなきゃいけない理由もないだろう」
と言ってくる。
「そりゃ、そうですよ」
と言いながら、杏は吊り革を持ち、鮮やかな光に輝く海を見た。
なんかさっきより腹立たしいくらい眩しいな、と思いながら。
そのまま沈黙してしまう。
「……俺が離婚したことを知った大学の友だちが慰労会をやってくれたんだ」
慰労会ってなんですか、と思いながら、よそを向いたまま聞いていた。
「それで……」
と言いかけ、溜息をついて、
「まあ、それだけだ」
と言う。
なんなんですか、その間っ。
慰労会って、女性も来てたんじゃないだろうか。
っていうか、友だちは男だとしても、課長を慰めるために、女の人を連れてきてたんじゃないだろうか。
この人が好きそうな利発そうな華さんみたいな美人を。
そりゃよかったですねーっ、と思ったとき、
「そういえば、お前、蜂谷とデートしたんだろ。
どうだった?」
と訊いてきた。
「楽しかったですよ、いつも通り」
「いつも通りってなんだ?
まさか、いつも通り、その辺で遊んで帰ってきただけなんじゃないだろうな」
と言われ、
「いけませんか~?」
と言い返してしまう。
「別に。
いけなくはないが」
なんだか棒読みだ、と思ったとき、向井はまた、本を広げた。
着くまで、長いなー、今日は。
いや、いつもと同じ距離なんだが、なんだか特別長く感じる。
そして、気づいた。
この人、ページめくってないような?
向井を振り向き、
「課長、読んでるんですか? その本」
と言うと、向井は、
「読んでない」
と言い、本を閉じる。
「読んではいないが、頭の中で、そらんじられるぞ。
それくらい読み込んでいる」
といきなり自慢を始める。
どうやら、お気に入りの本のようだった。
「じゃあ、もう本はいらないじゃないですか」
頭の中で回想してたらいいのでは? と思い、そう言った。
ようやく、今日は乗っていない浅人たちの駅を過ぎ、自分たちの降りる駅に着いた。
やっと着いたという思いから、手を離すのが早過ぎ、停車したときの振動で杏はよろけてしまう。
おおっと、と転げそうになった杏の襟首を向井が掴む。
「あ、すみません」
いや、と言い、向井は先に降りると、
「まあ、さっさと結婚して、離婚しろ」
と溜息をつき、改札へと向かう。
「どうせまだ、ぐずぐずしてるんだろう。
なんだったら、俺が二人をホテルまで乗せていってやる」
余計なお世話です~っ、と言うと、向井は大真面目な顔で、
「……相性が悪くて別れてしまえ」
とぼそりと言っていた。
なんなんだろうな、この人……。
ますますロクでもない感じになってきた、と思いながらも、杏は後をついていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます