憧れの花
「では、今回の課題はペアワークとする。各自、2人ずつペアを組み、レポートを作成すること。期限は、来週の火曜日とする。それでは、今日はここまで」
担当教諭が出て行くのを見て、結城はさくらの元に向かう。
「さくら、今回も俺と組まない?」
「ダメだ俺が組むんだから」
結城の友人である拓馬がさくらを見る。
「え?私はどっちでも。…あ、だけど、結城以外の人ともペア組んでって言われてるのよね。拓馬、今回はよろしく」
「おー!もちろん!頑張ろう、水無月さん」
目の前で拓馬は嬉しそうに笑う。
「……そうか、まあ、そうだよな。頑張れよ」
「結城もね」
拓馬が勝ち誇ったような顔で、こちらを見てくる。
拓馬を軽く睨んで、講義室を出た。
(1年の時からペア組んでるからって、毎回そうだったわけでもないのにな)
食堂に入り、カレーを注文する。
いつの間にか、さくらが隣にいることが当たり前のような気がしていた。
(そんなわけ、ないのにな)
カレーを受け取って近くの席に着くと、目の前に誰かが腰掛けた。
「ねえ」
「?」
顔を挙げると、もみじがいた。
「折塚、どうした?」
「今回は、私とペア組まない?私もまだ、一緒に課題する人見つかってないんだ」
「いいよ」
「ありがとう!笹倉、今回はさくら取られたもんね。攻めすぎも良くないよ。さくらの場合、引いちゃうから」
「まじか!?それは、嫌だな。……やっぱり引いた方がいい?」
「うん。ちょっと、狭すぎだと思う。とりあえず今日、さくらに話しかけないでみてよ」
もみじはどこか面白がっているような目をしていた。
結城はカレーを食べながら頷いた。
翌週の火曜日、拓馬が結城に抱きついてきた。
「何だよ!?」
「さくらちゃんに告ったらフラれたんだよ」
「ドンマイ」
ポンポンと肩を叩くと、拓馬が目を向いた。
恨めしそうな顔で結城から離れ、睨みつけてくる。
「何だよ!冷たいな!ちょっとくらい、慰めてくれてもいいだろ!?」
「えー…だって、さくらモテるし。拓馬もいいとこあるんだから似合う人いるだろ」
「結城!お前はいいヤツだ!ありがとう」
「はいはい」
(単純だな)
すぐに元気になった拓馬を軽くあしらい、次の講義室に向かう。
(だけど、拓馬も断られるなんて。本当は好きな人でもいるのか?)
1年の時からモテていたけれど、彼氏がいない時に連続で告白を断っていたことはなかったはずだ。
それなのに、ここまで告白を断るのはどうしてだろう。
(何か、理由があるんだろうな)
講義室に入った時、さくらが隣に座った。
「!」
驚いてそちらを向きそうになったけれど、グッと堪えて前を向く。
「ねえ…」
さくらが何か言いかけた時、担当講師がやってきた。
「えー、先日の課題確認から始めます。教科書のー」
講師の声が、耳を通り抜ける。
プリントを見ながら、ペンを握り締めると隣から教科書を捲る音が聞こえた。
「ここがー、で。ーー」
ドクン、ドクンと心臓が暴れだす。
(いつぶりだろ、さくらの隣に座るの)
先週からあまり話しかけなかったからか、随分久しぶりな気がする。
左隣に意識が向いてしまって、集中できなくなりそうだ。
(ああ、そうだ。あの頃と同じなんだ)
この大学に入学してすぐの頃。
初めてさくらを見かけた日のことだ。
少し寒さの残る風が吹く中で、揺れる桜の木を見上げていた。
背中まである髪が風に揺れて、春の日差しが柔らかく横顔を照らしていた。
(……すごく、綺麗だ)
一目惚れだった。
もっと、知りたい、話したいと思った。
『さくら!』
その時だった彼女と目があったのは。
友人に呼ばれたさくらが結城の方を振り向いたのだ。
一瞬、彼女と目があって、次の瞬間には結城の隣から駆けていく友人に視線を移した。
(……ほんの、数秒だったのに……全部、奪われたみたいだ…)
それから、もっと視界に入りたいと思ったのだ。
(だけど声をかけられなかったんだよな)
初めて声をかけることができたのは、ペアワークのある授業の時だった。
(本当、意気地なし)
「では、ここからは課題とします」
講師の声にハッとして前を見ると、プロジェクターに課題の表示がされていた。
(えーと…ここと、教科書の…あったこのページか)
教科書に付箋を挟み、内容を読み込む。
(これと、ここ。それからー)
ラインを引いていると、コンコンと机を叩く音がした。
顔を上げると、さくらがこちらを見ていて担当講師も他の生徒たちも、講義室を出て行っている。
「もう、講義終わったよ」
「そうだな。お疲れ様」
さくらに声をかけられて、教材を片付けていた手が震える。
(話すの、本当に久々だ)
何だか緊張してしまって、カバンを肩にかけると、さくらを避けるようにして脇をすり抜けた。
「待って」
さくらに手を掴まれて、足が止まる。
「……何」
「最近、どうして私のこと避けてたの?」
「避けてないよ。ただ、攻めすぎたかなって自重しただけ」
「攻める?…ああ、いつもの熱烈アプローチね。でも、どうして急に?今も、目を合わせてくれないじゃない」
さくらの手を振り払い、講義室を出ていく。
「別に、引かれたんじゃないかと思ったんだよ。俺が、しつこいから」
「そんなことっ、思ってないっ!」
追いかけてきたさくらがバンッと、壁に手をつく。
結城は壁とさくらに挟まれる形になって、逃げ道をなくした。
「本当に?」
「うん。だから、いつも通りにしてよ。その方が落ち着くわ」
壁から手を離し、さくらが笑う。
(本当に、引いてないんだ)
寧ろ、結城と話せなくて落ち込んでいたように見える。
憧れの花は、いつの間にか結城に随分と心を許してくれていた。
(嬉しいけど、もしかしてって期待してしまうのは…自惚れかな)
結城は壁から身を起こすと、さくらの手を取った。
「行こう!」
そこに、この間までの自重と遠慮はなかった。
ー俺のやりたいようにやるんだ。
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