怖がりな花に贈る勇気

冬雫

出会い

「水無月さん」

入学式が終わり、帰ろうとしていると呼び止められ、足が止まる。

「はい?」

振り返ると、笹倉結城が立っていた。

「これから、時間ある?」

「この後は妹と出かけるので無理です」

ぺこりと頭を下げて、正門を出て行く。

結城は追いかけてこなかった。

ホッと息をついていると、後ろから肩を叩かれた。

「もー、さくら!笹倉くん、いい人なのにもったいない!」

「もみじ!いい人だとしても私はタイプじゃないのよ。何か、チャラそうだし」

「ええー?」

織塚もみじは不満そうにさくらの顔を覗き込んできた。

「そーかな?」

「そうよ。私、チャラい人嫌いなの。…あいつのこと思い出すし」

「あー……そっか。ごめんね、しつこく話しちゃって」

「いいのよ。もみじは悪くないもの」

そうして2人で駅に向かっていると、結城の声が聞こえた。

立ち止まらずに歩き続けるさくらの腕を掴み、結城が何か言う。

「ーー!」

「え?何?」

突然、辺りに響き渡るアラームの音で、その言葉は聞き取ることができなかった。

ハッと目を開けると、自分の部屋にいて、額からは汗が垂れていた。

「お姉ちゃん、大丈夫?…うなされてたけど」

ベッドの脇で結梨が心配そうにこちらを覗き込んでいる。

さくらはゆっくりと起き上がり、結梨を抱きしめた。

「ウナーン!ニャン、ニャーン!ニャ!」

結梨の腕の中にいたイトがバタバタと暴れ出した。

頬を蹴られて、さくらは腕を離した。

「ごめんね、イトちゃん。ちょっと嫌な夢を見たんだ」

イトの頭を撫でながら言うも、彼女はツーンとソッポを向いたままだ。

そんなイトに苦笑いをこぼし、結梨と一緒にリビングへ降りて行く。

「お姉ちゃん」

「ん?」

「嫌な夢って、どんなの?」

結梨がイトをキャットタワーに乗せながら聞いてくる。

「どんなの…」

結城の顔が思い浮かび、コーヒーを飲もうとしていた手を止めた。

「苦手な男子に話しかけられる夢」

「え?ああ、結城さんのこと?」

「そう」

「あの人、お姉ちゃんのこと大好きだよね」

「んー……チャラいだけよ」

トーストを頬張りながら言う。

結梨の言う通り、結城はさくらに告白してくれている。

初めて告白されたのは、大学1年の秋。

一緒に帰った日だ。

『俺、さくらのこと好きなんだ』

突然のことに驚いて何も言えなくなる。

『え?』

『付き合ってほしいな』

軽そうな見た目に似合わず、顔を赤くして、照れている。

そんな結城は見たことがなくて、ポカンとしてしまった。

『えと……ごめん、彼氏がいるから』

当時、付き合っていた人がいるために断ってからしばらくは、何もなかった。

(それなのに……)

さくらが別れたと聞いた途端、猛烈なアプローチをしてくるようになったのだ。

「私が、元カレと別れてからずっとなのよ。嫌いじゃないけど、困ってるんだ」

結梨は何とも言えないと言ったように眉を下げた。

「じゃ、起こしてくれてありがとう。結梨」

マグカップとお皿を取り上げて、シンクに置くと、洗面所に入った。

鏡に映るさくらは、疲れた顔をしている。

ー今日は、何もありませんように。

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