第4話 閑夜


 警官らに別れを告げ、少佐は古びた簡易宿サライを後にした。


 明らかに自分の領分ではなかったが、僅かばかりでも役に立てたことは間違いなく、彼らの懸念は払拭できただろう。個人的に気になることはあったが、双方共に立場というものがある。あくまで自分は手伝い、差し出がましい真似はするまい、と自分を納得させ、通りを歩み始めた。

 それに、心配せずとも顔なじみの彼らのことだ。何かあればまた、連絡を寄越すであろう。


 …………………………


 それからエリアスは、本来の用事を済ませるため街の中をあちこち巡り歩いた。

 外交武官と言っても、普段の仕事は各事業所で書類に判子を押して回る配達員のようなものだ。特に、この国はオンライン決裁があまり普及しておらず、処理する内容によっては、こうして直接出向く必要がある。連合王国出身のエリアスから見ればとんでもなく原始的な事務作業で、赴任当初は流石に面食らったものだが、慣れてみるとこの国独自の呼吸のリズムだと実感する。どこか血の通った、人間同士の営み──

 PLN(プラネットリンク・ネットワーク)の通信網はこの国でも各地に完備されているらしいが、その利用は主に役所と大口の事業者に集中していて、零細企業や小さな支所、営農者などは、今だに手作業に拠る書類決裁がまかり通っているのだ。


 そもそもこの国の人々は、目に見えないものをあまり信用していないように思える。食事に行っても、未だに現金決済だけの店が多いほどだ。それに伴い、妙に古風と云うか懐旧的レトロ、霊的にも見える信仰や伝統には随分とこだわりがあるように思える。

 科学全盛の現代に於いて、この国だけが時代の薫りを色濃く残す……。確かに、先進国に住む普通の人間では、耐えられたものではないかもしれないが、だからこそエリアス少佐は、自分がこの国に派遣された理由が分かる気がしていたのだ。


 ………………………………


 最後に訪れた役所を出たときには、辺りはとうに日が落ちていた。


 幸い、最後の訪問先は駅から近い場所にあったため、タクシーを拾わずともなんとかなりそうな距離。歩いて行くには少々遠いが、たまには街の中をゆっくり見て歩くのも良いものだろう。


 ────そう思いながらのんびり歩を進めていて、ふと違和感に気づく。


 平日で、駅に通じる道にもかかわらず、妙に人通りが少ない。

 そこで、何気なく遠くに見える線路上の様子を窺った。


 ……普段ならいるはずのない線路上の中途半端なところに、見たことのない大型工事車両が停まっている。あれは確か、線路の修繕に使うマルタイ車ではなかったか……?

 そればかりか列車の運行に伴う音も、駅から聞こえるはずの雑踏の喧騒も一切しない。まるで終電後のような静けさだった。懐の時計を取り出し確認してみたが、まだ終電にはだいぶ時間があるはず──


 と、そこまで考えて、そう云えば……と思い出す。

 出掛けに総領事館の誰かが言っていた「今日は臨時の保線作業がある」……そんな話を。


 改めて事態に気づき、エリアスは思わず足を止めて立ち尽くしてしまう。


「……まいったな」


 賃走車タクシーを拾って帰るか……しかし、今から乗ると到着する頃には夜間料金になってしまう。ここから隣町の総領事館まで走らせたとしたら、とんでもない金額を取られてしまうだろう。事情が事情だけに、経費で落とせるか怪しいものだ。どこか宿を探して始発を待つ方が得策か。

 こんなことならわざわざ駅前まで歩いてくるのではなかった。既に繁華街を抜けて郊外の方まで歩いて来てしまっている。電車が止まっているためか、いつもなら市内を巡回しているはずの労働者用乗り合いバスも走っていない。おまけに、このあたりは土地勘も無いため、付近に手頃な宿があるかどうかも分からない。


 途方に暮れ、ふらふらと引き返そうと思ったところで、視界の隅に賑やかなバルが見えた。


 ……せっかくだ、一杯だけ飲んでいくか。


 日中はずっと歩き回っていたため少し喉を潤したい気持ちもあり、彼の足は自然とそちらに向かった。ついでに、店員に宿の情報を聞いてみるのもいい。一杯頼めば、話くらいは聞いてくれるだろう。


 店に入り、賑やかな喧騒の中をゆっくりと客の間を縫ってカウンター席に近づく。陽気な声に交じって、グラスをぶつけ合う音も聞こえる。テーブル席を避けて、バーカウンターに近づくと、そこでも数人の客が食事をしていた。

 カウンターの開いている席の前に進んで、中に数人居る店員の中で一番人の良さそうな者を選んで声をかけた。



(※マルタイ=マルチプル・タイタンパー車=レール枕木の下に敷かれているバラスト石を突き固める鉄道専用工事車両)

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黄金鉄道 天川 @amakawa808

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