第一章

猫も杓子も

「好きなところに座ってください」

「どうも……お土産屋さんの裏ってこうなってるんですね」

「お土産屋さんではなく授与所といいますが、ここは授与所と併設した社務所の中です。その中の御祈祷控室……早い話が御祈祷を受けるお客様の待機所みたいなものですかね。見ての通り人気のない神社ですから、私の休憩スペースの代わりにさせてもらってます。はい、お茶どうぞ」

「ありがとうございます、あー……」

「失礼、自己紹介がまだでした。私のことは……そうですね。と呼んでください」

「シキさん」

「はい。算数の公式とか入学式、卒業式、式典の式でそのままシキです」

「ご丁寧にどうも……俺は、えっと……あれ? すいません、少し頭がぼーっとしてて」

「いえいえ、ゆっくりで大丈夫ですよ」

「ありがとうござます。すいません、今ホントに頭が回ってなくて」

「うん。その様子を見るに、ことは少しだけ深刻のようですね」

「え?」

 目の前の男──シキと名乗った彼は湯気の上がるお茶を一口すすり、言葉を続けた。


        * * *


「神様……俺が? ですか?」

「ええ、神様です。アナタが。正確にはですね」

「それはつまりどういう……?」

「アナタが現在、自身について覚えていることはありますか? 名前、年齢、家の住所。その他家族構成や友人知人、人間関係。何処から来て、何をして、何処へ行くのか」

 式は俺の疑問には答えず、何事もなかったかのように質問を投げかけてきた。

 若干むっとしながらも答える。

「覚えていること……すいませんやっぱり、頭の中がはっきりしないというか」

「では、アナタ自身について思い出すのではなく、過去を歩いて戻ってみましょう」

「歩いて戻る、ですか」

「はい。簡単な検査みたいなものです。では、此処は何処か分かりますか?」

「おみや……授与所と併設された社務所ですよね、ご祈祷の待機室みたいな」

「そうです。では私の名前は分かりますか?」

「式さん」

「はい。では、この神社まではどこからどうやって来ましたか?」

「えーっと、歩いてきました。病院から」

「病院ですか。では何故、アナタは病院にいたのですか?」

「なんで……それは、全身が痛くて、体の中がすごく熱くて、点滴とか心電図とか……」

「では、その痛みや熱さの原因は何だったのでしょうか」

「それは……」

 式のナビゲーションに合わせて来た道を引き返していく。

 社務所の扉は閉じ、式は背中を向けて石畳を掃き始め、車がクラクションを吸い込む。医者は立ち上がり、看護師はドアを閉めて、俺はベッドで目を閉じる。やがて落ち着きを取り戻した電子音がそれすらも暗闇の彼方に融け消えた時、俺はに立っていた。

 俺は此処に、この神社にいたのだ。

 賽銭箱に小銭を入れた記憶がある。鈴を鳴らした記憶がある。二礼をし、二拍手をし、何かを願った記憶がある。最後にもう一度礼をして、そうして帰ろうとしたとき……

「そうだ。誰かが俺を呼んだ気がして振り返ったら、そしたら凄い音と光が……」

 音と光。そして全身を襲う熱と痛み。どうやら俺はここで落雷に遭ったらしい。

「うん。そこまで思い出せれば結構」

 式は卓上の盆からナントカ焼きと書かれたせんべいのお菓子を取り寄せる。

「よかったらどうぞ。美味しいですよ」

「ああ、ありがとうございます。じゃ遠慮なく……」

 にこりと笑う式。と、その手に持っていたせんべいの封を開けずにテーブルに置いた。

「仮にこのおせんべいをアナタの魂としましょう」

 言いながらに作った右の握り拳をせんべいの真上に持ち上げ、何言うでもなく振り下ろした。

 包装の中で粗砕そさいされるぽたぽた。鉄槌の中心地は無残にも粉と化している。

「式さん? 一体何して……」

「ああ、大丈夫ですよ。私が食べるので」

 いや、そういうことを言ってんじゃないんだが。

 式は困惑する俺をよそに包装を開け、辛うじて形を保っていた大小様々のせんべい群を丁寧にひとつずつ口へ放り込んでいく。

 独特な食べ方の人もいるもんだ……と思っていると、やがて最後のひとつである小さな欠片を残してこちらへと視線を向き直した。

「お待たせしました。では先程の話の続きといきましょう」

「あ、はい」

 彼からの申し出に口元まで運んでいたお菓子を置く。まだ終わってなかったんだ、話。

「さて、アナタが私に投げた疑問『俺の魂が神ってどういうこと』への回答なのですが、これは私が口頭で長々説明しても分かりづらいと思うので、これを使って比喩説明をば」

 言いながら、爪の先程の小さなせんべいの欠片を摘まみ上げる。

「このお煎餅がアナタの魂。それを割るこの手が落雷。そしてこれが、今のアナタの魂」

 男は言いながら未開封のせんべいを自分の目の前に置くと、ジグザグに下降する左手の人差し指をそれの上に着地させた。次いで、右手で摘まみ上げている欠片を指さす。

 男は一拍おいて開いた左手の平の上に欠片を乗せ、それを上から右手で覆う。

「そしてそれを包むこの手が、神様です」

 俺は彼の閉じた両手をじっと見、そして考える……なるほど、まったく分からん。

「つまり……式さんが神様ということですか?」

「あはは、いえいえ違いますよそんな恐れ多い。アナタが神様なんです。正確には──」

「俺の魂が」

「はい! 分かっていただけましたか」

「いえ全然」

 新たなぽたぽたを卓上に寝かせ、右手を振り上げる式を制止しつつ俺は考える。

「要するに……」

「はい」

「俺は先の落雷で死にかけていて、それをこの神社の神様が助けてくれた、と」

「はい!」

「それは輸血みたいなもので、俺の失われた魂の部分──生命力を神様の力みたいなので満たしてもらっている」

「ほう!」

「故に、俺自身ではなく〝俺の魂〟が神様……てことですか?」

「惜しい!」

「惜しいんだ」

 式は「うわ~、惜しい~!」という顔をしながら口を開く。

「アナタの現状を鑑みるに、輸血というよりはむしろ移植といった方が正しいでしょう。アナタと神様を管が繋ぐのではなく、神様自身が心臓の形を成してアナタの中にいる……臓器移植を受けた人間がその手術の前後で性格が変わったとか、それは移植された臓器にその臓器の元の持ち主の記憶が宿っているからだ、なんて話を聞いたことがありますが、そう考えるとアナタの記憶喪失の原因は落雷ではなく、それのせいかもしれませんね」

「なるほど……ん? ってことはつまり……」

 膝を手で打つ式に、俺は新たに浮かんできた疑問を投げかける。

「ここの神様が俺の中にいるってことは、今神社ここには神様がいないってことですか?」

「ええ、そういうことになりますね」


        * * *


「さて、アナタもご存知の通り日本には両手の指で数えきれないほどの寺社仏閣があり、そのお寺それぞれにその神社それぞれのご利益があります。そういったもののほとんどはその地に蔓延はびこモノアヤカシといった、いわゆる《怪異》の力にあやかっているわけです。

 例えば鬼子母神。詳しい話は私が詳しくないので避けますが……彼女は五百人、千人、あるいは一万人の我が子を育てるために人の子をさらって食べていました。もちろんのこと人々は彼女を恐れ、彼女に怯える人々を見かねたお釈迦様がなんやかんやし、心を改めた彼女は子供と安産の守り神になったそうです。

 そんな子供と安産の守り神である彼女を祀る場所ではもちろん安産や子育てのご利益が強く出ますが、だからといってそれ以外のお願いは叶えられないとか願ってはいけない、なんていうことはないでしょう? その逆もしかりで、鬼子母神を祀っていない場所でも安産祈願のお守りはあるし祈祷も受け付けてくれる」

「それがアヤカシとかモノノケのご利益であると」

「はい。日本各地には多くの〝彼ら〟が存在し、人々の暮らしに紛れて跋扈ばっこしています。俗に神と崇め奉られる存在はそんな《怪異》たちを使役し、人々に禍福を与えるのです。

 それはこの〝鬼焚おにたき神社〟もその例に漏れず、三種みくさの地に住まう《怪異》たちを使役……うちではそれを『治める』といいますが、治めることでお客様にご利益を授けています。

 困ったことに、うちに治められていた《怪異》たちはご主人様が手綱を手放しアナタを助けている間にほとんど逃げ出してしまいましたが」

「それはなんともしつけの……いや、なんでもないです」

「あははは、まあ犬や猫とは幾分勝手が違いますから」

 式は笑いながら、授与所に並べられたお守りを部屋の隅へとしまった。

「さて、これからの話をしましょうか」

「これからの話」

「はい。これからの話です」

 式は再び俺の対面に腰を下ろすと、湯呑みを傾け一啜り、言葉を続ける。

「先程話した通り、ここ鬼焚神社には家主である神様がおりません。そして、その家主が現在どこにいるかといえば、アナタの中。アナタの中で、アナタの代わりに生きている」

「なるほどつまり、俺には神様の務めを肩代わりする義務があると?」

「強引にまとめるならそうですが、これは何も責任問題だけの話ではありません」

 式は目を細めたまま、俺がお茶を飲み終わるのを待つ。

「この神社に神様がいないこと。アナタに記憶が無いこと。それらは勿論大問題ですが、それよりも大きな問題は、今のアナタに普通の人間レベルの力しか無いことです」

 式が俺の手元の湯呑みを指さす。

「その湯呑みには重さがありますか? 一口飲んで、その重さは減りましたか?」

「え、そりゃもちろん……普通のコップよりは重たいし、飲めば少しは軽くなるかと」

「湯呑みを持つとき力を込めましたか?」

「掴んで持ち上げるんだから力を入れなきゃ落とすでしょ」

「それはだいぶヤバいですね。そのうち箸を持つのも苦しくなるかと」

「どういうことですか?」

「単純な話です。栄養を摂らなければ生き物は死んでしまうでしょう? 神様にとっての栄養──それはつまり、人々からの信仰です。ご存知の通りここは寂れた神社ですから、アナタが来るまで神はほとんど絶食状態。その間はこの神社に治めていた《怪異》からの信仰だとか畏怖だとか、その他向けられた感情を糧に──いわば水だけを飲んでなんとか生き永らえていた状態だったわけです。そんな折に現れたのがアナタなんです。

 アナタがここへ来て、何かを願い、そして落雷に遭った。それを見た神様は文字通り死力を尽くしてアナタに手を差し伸ばした。そう考えるとアナタが生きているのはあなた自身のおかげと言えますね。まさに信仰が身を助けるといったところでしょうか」

 にこりと笑いかける式にこちらも愛想笑いを返す。おそらく眉はしかめられて笑顔とはいえない顔をしているだろうが。

「生き物の体に神が宿るということは、それだけで生き物の域を逸脱します。いうなれば神懸かり、あるいは神の子であるとか、ともすれば悪魔とも呼ばれたりしますが。それが今のアナタには無い。それはつまり、そこまで神様の力が衰弱しているということです。そして、命綱であった治めた《怪異》たちもそのほとんどが手綱を食いちぎり逃亡中……このままではアナタ自身もみるみる衰弱していき、最後は……といったところでしょう」

「式さんアンタ……俺自身が神なのではなく〝俺の魂〟が神様だって言ってましたよね。じゃあ肉体は人間のままなんだし、普通にご飯を食べるってのはダメなんですか?」

「いい質問! そこが生き物の面白いところで、どれだけ栄養のあるものを食べようとも精神状態が弱っていると生きていけないんです。簡単に言えば、生きるのを諦めている」

「病は気から、というやつですか」

「その通り。そしてそれが、アナタの場合は並々ならないという感じです」

「……それで、じゃあ、俺が死なないためにはどうすれば?」

「これまた至極簡単な話。この神社にお客様を沢山呼び、信仰心を集めればいいのです。お客様を集めるためには神社にご利益を付与する必要があり、ご利益を付与するためには《怪異》を治める必要がある。どちらにせよやることは一緒ということですね」


        * * *


「三種に蔓延はびこる怪異を、ねえ……」

 言いながら右手に持ったおみくじを見る。そこには『猫も杓子しゃくしも』の文字。

「猫も杓子も、ということわざの意味は誰も彼もという意味で、一説には~」

 と、先程得意げに説明してきた式の顔を思い出し、おみくじをポケットにしまい込む。右手に触れたスマホを入れ違いに取り出して、画面をもう一度見てみる。

 ──電池残量、無限

 落雷の影響で表記がバグったか、あるいは本当に電池残量が無限に? バカバカしい。──バカバカしい? それでいえばもっとバカバカしいことがあるだろうに。

 俺は顔を上げる。再び俺の視界に映される、日常に紛れる

 寝ぼけまなこのリーマンの肩に袋を持った小人。スマホをにらむ女の首に巻きつく緑目の蛇。参考書にかじりつく少年からは獣のようなうなり声が聞こえてくるし、遠くの山間では白い何かが妖しくくねくねとうごめいていて、空には黒い袋を首に提げた鳥が何羽か飛んでいる。

 ぱっぽ、ぱっぽ、というマヌケな音を合図に、人と怪異い交ぜの百鬼夜行が始まる。いや、今は夜じゃなくて昼だし夜行ではないか。じゃあ何て言うんだろう……百鬼行?そもそも百人もいないし、なら百鬼夜行じゃなくて十人行脚ってところか?

 やっぱり病院に戻ろう……俺は多分頭を強く打っていて、幻覚や幻聴を見ているんだ。今見ている景色も、さっきの神社での一幕も、下手したら病院で目を覚ましたのだって、全部が全部、俺の脳みそがバグって作り出した妄想なんだ。……よし、病院へ行こう。

 背後でばたり、と音がして振り返れば、小さな子供が地面に両膝と両手をついていた。てっきり俺が殿しんがりを務めていると思っていたが、どうやら滑り込みの慌て者がいたらしい。きびすを返し、立ち上がろうとする子供に手を伸ばす。

「ひざ擦り剥いてるな、大丈夫か? 痛くない?」

「うん、いたくないよ! だいじょーぶ!」

「お、強いなあ。危ないから気を付けろよ」

「うん!」

 その男の子はつたない喋り方で礼を述べると、両手両足を大振りに走って行ってしまった。子供は元気で良いな……小さくなる背中を見ながら、俺も小さく右足を踏み出す。歩行者信号が点滅し、俺を急かそうとする。横断歩道にはもう俺以外の歩行者は一人も……

 と、ふいに横を向いた俺の視界を埋め尽くしたのは、大型トラックの正面だった。

「──は?」

 いつから鳴り始めていたのか、クラクションが無責任に怒鳴りつけるも時すでに遅く、スローモーションな視界とは裏腹に、手足はおろか指先ひとつさえも動かせない。

 目の前の事態を未だ呑み込めないでいる脳が、呑み込めないのではなく呑み込む時間が無いのだ、ということだけを感覚的──本能的に理解していた。

 そんな俺の刹那の思考を、ある一つの感情が満たし、染め上げていく。

 それは眼前に迫り来る〝死〟への恐怖や諦めなどではなく、に他ならなかった。

 時間は速度を取り戻し、棒立ちの俺とフルスピードの暴走トラックが正面衝突する。


        * * *


 速度を伴った巨大な鉄の塊は、まるでお辞儀でもするかのようにその頭を前傾させた。空転する前輪と飛び散る金属片が惨状を物語るが、対する俺自身が感じた衝撃は、まるで子供が走ってぶつかってきた程度のものだった。

 思わずよろけてしまうか、それすらしない程度の。

「痛っ」と思わず口にするかどうかの。

 通行人のうち数人が丸くした目で俺の方を見ていたが、数秒後には幻覚でも見たのかと両目をぱちくりさせて元の通行人へと戻っていった。

 気が付けば、の字に曲がった大型トラックも、それから飛び散ったガラスや金属片の跡形すら無く、すべて綺麗さっぱり消えていた。後には横断歩道の中心に立つ自分だけ。

「……マジでなんなんだこの状況……ん?」

 ふと足元に一枚の紙切れが落ちているのを見つけ、拾い上げる。てっきりポケットからおみくじが落ちたのだと思ったが、よく見れば大きさも質感も全く違う物だ。

 表を見、裏返す。文字、それとも記号だろうか。紙切れの中心には何かの紋章のようなものが印されており、その上から筆記体だか行書めいた模様が書かれている。お札か?

 と、短くクラクションが鳴った。見れば車が二、三台立ち往生しており、自分が未だに横断歩道のド真ん中に立っていることを思い出す。

「ああ、すいません」

 拾った紙切れをポケットに押し込み、慌てて向こう岸の歩道に渡る。顔の前で合掌して待機列にサイレントで謝罪し、──と、スマホが振動した。ポケットに右手を突っ込む。

「痛っ」

 思わずそう口にする程度の鋭い痛みが右手に走り、手を引っ込める。

「ってぇ~紙の端で切ったか?」

 放り投げたスマホを左手で受け取り、右手を見れば、そこにはあの奇妙な札があった。端で切ったなんて生易しいものではなく、札そのものが指先に刺さっている。途端に走る激痛に思わず手首を押さえ、顔をしかめる。

 落としたスマホが再度振動し、通知メッセージを表示する。

「ダウンロードを開始しますって……何をダウンロードしてんだよ、勝手に……」

 激痛に歯を食いしばりながらぼやく。

 と、メッセージが消え、スマホの振動とともに新たなメッセージが表示される。

『ダウンロード中……6%』

『ダウンロード中……13%』

 通知が更新され、数値が上がる。と同時に、切りつける札がさらに奥へと入り込む。

 ずず、ず……と、まるで包丁を肉に押しつけるようにゆっくりと沈んでいく。

「おいおいおいおい! なんなんだよ次から次に!」

 言っている間にも札の侵食は進み、人差し指の先から第二関節、付け根、手の平……と札自身が倒れ込むように沈み込んでいく。意を決し左手で札を掴んで引っ張るが、まるでビクともせず、まるで右手の中を刃物でほじくり返すかのような痛みが襲う。再度左手で手首を締め上げ、今度は歯でもって札を引き剥がそうとする。だがやはり札は剥がせず、破れることもなく、そうして長い苦しみの果てに右手の中へと融けていった。

「なんなんだよクソ……ふざけるな……」

 既に土下座のような姿勢からさらに脱力し、息もえに吐き捨てる。

 振動音。見上げれば、スマホに新たな通知──『ダウンロードが完了しました』。

 左足に何かが触れる感触。それは擦り寄るようにして動き、地面と胴体の間に滑り込むようにして姿を見せた。猫だ。猫。猫──尻尾が二本ある猫。

「次から次に……」

 顔の横を通り抜け、目の前に座り、とスマホを二本の尻尾で叩く。

 スマホの下敷きになっているあの紙切れ。『猫も杓子も』と書かれたおみくじ。

「……餅は餅屋か……あ~いてっくそ……」


        * * *


「お帰りなさい。収穫のほどは──おや」

 箒で石畳を掃いていた男はわざとらしげに振り返り、その視線を下に落とした。

「随分とまた可愛らしいお客さんですね。お友達ですか?」

 ふざけやがって。俺は答えずスマホを投げつけるように放り投げて渡す。

「おっと」

「画面のそれは何だ、説明しろ。その猫のこともだ」

 男はじっくりと画面を見つめた後、丁寧に俺に手渡す。奪い取るように受け取る俺。

「アナタのそれは存じ上げませんが、この子は《火車かしゃ》といいます。日本各地に生息し、古くは葬式の際に遺体を奪い去る妖怪とされていましたが──まあ、この話はい」

 スマホを乱暴にポケットに突っ込む俺を見て微笑む目の前の男。正直殴りかかりたい。男は先刻のように俺を手招きすると、先刻のような顔で先刻と同じような言葉を吐いた。

「さ、どうぞ。聞きたいこともあるでしょうから──お互いに」

 俺の返答を待たず歩き出し、建物の中に消える。数秒の葛藤の後、苛立ちを押し込めた長いため息を一つ吐き、俺は右足を踏み出す。

「お茶どうぞ。お菓子もあるので好きに食べてもらって大丈夫ですよ」

 相変わらずにこやかな顔で話しかけてくる男。

 どかっと椅子に腰を下ろし、目の前の湯呑みを掴み上げ、一息に飲み干す。

「あのなあ、一体俺がどんな──」

 言いながらに湯呑みを、乱暴な力加減でテーブルに置く。

 と、がしゃん! という音を立てて、湯呑みは俺の手の中で割れた。

「──目に……」

 右手を開く。大小様々な破片がバラバラとテーブルに零れ落ちる。

 俺の対面に静かに座る男──見るからなその格好を見るに、この神社の禰宜ねぎだろうか。自身を〝式〟と名乗った男は、笑みを絶やさずその口を開いた。

「人間用に作られた物はアナタにはもろいのですから、壊さないように力を入れなくては。今度から気を付けてくださいね?──

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