第28話 彼を探して
マナは息を整え、木々が生い茂る道を進んでいった。
夏の暑さが容赦なく襲いかかるが、森の木陰がかろうじてそれを和らげてくれている。
「アルトー! いるー⁉︎」
汗を拭い、大声で名前を呼びながら歩き回る。
その声は森の中に吸い込まれるように消えてゆき、返事どころか反響すら返ってこない。
それでもマナは立ち止まることなく、何度もアルトの名を呼び続けた。
ふと気がつくと足元の道は険しくなっていて、目の前の景色は知らないものへと変わっていた。
「……ここ、どこ?」
マナは足を止め、辺りを見回す。
どこをどう歩いてきたのだろうか。進んできたはずの道は、いつの間にか木々に埋もれていた。
アルトを探すことに夢中で、視界が狭まり足元もおろそかにしてしまったのだ。
──なんだか涼しい……。
見つけられない焦りと未知の場所という不安が重なり、じわじわと恐怖に飲み込まれそうになる。
足もすくんでしまいそうになるが、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
──麓までって約束だったけど……。
きっともう、麓はとっくに越えているのだろう。
約束を破ってしまったことが、心の中で引っかかる。けれど、今はそれを悔やんでいる場合ではない。
もしかしたらアルトも迷っているのかもしれないと、足元を確かめながら再び歩き始める。
「アルトー!」
必死に叫ぶ声が森の静けさを切り裂くように響く。
しかし変わらず、答えはない。
その時、背後から草葉が揺れる大きな音が聞こえ、反射的に肩がびくりと跳ね上がった。
──アルト、じゃないよね……。
徐々にこちらへと近づいてくる
──熊とか、魔獣……?
万が一の時に備えてすぐに結界を張れるように身構え、そして呼吸を整えながら、そろりと振り返った。
「やかましい声がすると思ったら、やはりお前か」
奥から聞こえた声は、冷ややかでどこかおどけた口調を含んでいる。
聞き馴染みのある声を聞いたマナの胸に湧き上がったのは驚きと安堵、そして少しの困惑だった。
「レイ!」
思わず名を呼び、草葉の中から現れたレイを見つめる。
「姿が見えないと思ってたけど……。もしかして、ずっとここにいたの?」
続けて問うも、彼は答えるのも面倒だと言いたげに軽く頭を振って、無造作に近くの木に寄りかかった。
「ここは、居心地がいいからな」
「居心地が……いい?」
眉をひそめ、レイの言葉を繰り返す。
「人気のないところが、ここだった」
その不思議な理由に少し戸惑いながらも、どこか納得してしまう。
確かに悪魔である彼にとっては、人里よりも山の中の方がずっと過ごしやすい場所なのだろう。
それと同時に、マナの中にひとつの希望が芽生える。
「でも、ちょうどよかった! アルトがこの山にいるかもしれないの。一緒に探して!」
レイがいるなら心強いと、訴えかけるように声を上げた。
すると彼はわずかに目を細めて、少しだけ不機嫌そうに尋ねてきた。
「誰だ?」
「昨日会った、洗濯物を干してた男の子だよ。水魔導士で私の幼馴染。リラおばさん……アルトのお母さんが、この山に入ったんじゃないかって心配してるの」
マナはレイの目を避けることなく説明を続け、レイも無言でじっと彼女を見つめている。
彼の視線からは、あからさまにからかうような色が浮かんでいるのがわかった。
そして、何かを楽しんでいるようにも見える。
「手を貸してやってもいいが……」
彼はわずかに口元を
その表情からも、彼がなんと言葉を続けたいのかすぐに理解できた。
レイの言葉を遮るように、確かな決意を持って冷静に答える。
「わかった。でもアルトを見つけて、みんな無事に家に帰ってからって約束して。それが終わったら、生気をあげる」
真剣な目をしたマナの発言に、ためらいは一切なかった。
レイの力で大切な幼馴染が見つかるのなら、生気の一つや二つくらい
彼女のまっすぐな瞳を目の当たりにしたレイは、ふいに口を閉ざす。
その心の内では、少し面白くない気分が広がっていた。
──なんだ。妙に気に食わない。
生気に関することになると、いつも頬を赤らめたり困惑した顔をする小娘が、こんなにもあっさりと自分から提案してくるとは予想外だった。
それに、妖精たちの時のように勢いに任せて口付けしてくるわけでもない。至って冷静だ。
アルトという男が、どれほど彼女に影響を与えているのか気になった。
──いや、どうでもいいな。
生気を渡すという約束さえ取り付ければ、それで十分なはずだ。何も問題はない。
下手にくだらない命令される方が面倒だと、その思いはすぐに打ち消された。
「向こうから水魔法の痕跡を感じる」
レイはそう言いながら、さらに山の奥を指差した。
その指先の景色を見たマナは息を呑む。
うっすらと霧が立ち込めていて、木々の向こうは夏の山とは思えないほど薄暗い景色に包まれている。
彼が言ったように水魔法の痕跡を辿ろうとマナも意識を向けたが、そこから何かを感じ取ることはできなかった。
胸に小さな疑念がよぎる。
──本当に、この向こうにいるの?
湧き上がる不安を抑え込み、霧の先に視線を送る。
マナの曇った表情を見たレイは小さく息をついた。
「痕跡は昨晩のものだ。お前が感じ取れないのも無理はない」
「昨晩……」
この状況でレイが嘘をつくとは思えない。
だとすれば、どうしてアルトはこんな山奥まで来たのだろうか。
疑問は深まるばかりだ。
「……なら、まだ追いつけるよね」
マナはアルトが辿ったであろう道を見据え、拳をぎゅっと握りしめる。
そして意を決して、深い霧に包まれた山道へと足を踏み入れた。
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