二〇一九年 六月二十二日 午前四時半
「くぁ……」
大きく欠伸をして、腕を伸ばす。夜明け前だというのに、既に暑い。忌々しい夏はもうすぐそこまで迫ってきている。いや、その前に梅雨明けか。人間が全くいないからなのかはわからないが、そこそこの雨がそれなりに降る今年の梅雨は、結構大変だった。昨日から夏を感じさせるカンカン照りだったので、それはそれでしんどいが、歴史的な日が晴れだったのは、なかなか悪くない気分だった。
テントの横を見ると、既にクロの姿はない。俺は強張った体を解しながらのんびりテントを出る。
風情のないことに、クロはランタンを点けて、東の方を向いて煙草を吸っていた。
「クロ、おはよう」
「おう、おはよう。寝れたか?」
「まあ、ぼちぼち」
俺は欠伸を繰り返しながら、背中を掻く。
「今日なんだろ? 皆が起きる日」
「志場の野郎が正しければな」
「あーあやだやだ、またそういう、わかんないものを期待すんのかよ」
「楽しいだろ?」
「楽しくねーよ。流石に。シャレにならんわ、この生活続行だったら」
「そん時はまた別プランを考えてあるから安心しろよ」
俺はまだ暗い街を見ながら、煙草を咥えた。
「ほい」
「ん、サンキュ」
俺の煙草に火が灯る。半年前では考えられないほど慣れてしまった。頻度が高いわけではないけど、ぼちぼち吸っている。多分この生活が終わったら、煙草辞めるだろうな。なんとなくそんな風に思った。
冬至の日の夜、俺達は眠りについた。
翌朝、普通に目が覚めた。
最初目が覚めた時、鼻がもげそうなくらい冷たかった。それなのに背中は馬鹿みたいに熱くなっていて、起きた瞬間から地獄だった。悪夢かと思った。
横で眠っているはずのクロを確認しようとしたら、布団に包まってがたがた歯を慣らしながら煙草をふかしている、とんでもなく無様な姿のクロが居た。俺が起き上がったのを確認して、クロは煙草を灰皿に押し付けて、ブチ切れた。
「なんっっっっっで、三時間で! 起きるんだよッッッッ!」
「それは……お前がショートスリーパーだからだろ」
「ああああああ! うるせぇ! てかオマエはなんで起きてんだ!」
「知らん。うわ寒。やべぇとりあえず室内入ろうぜ。てかお前なんでここにいんだよ」
「オマエ待ってたんだよ! なんでこんな時にグースカ寝れてんだオマエは!」
「理不尽すぎる……」
最後の謎。俺達はどうしてあれほど夜更けまで寝ずにいられたのか?
本来であれば万年寝不足である俺が寝坊病を発症しなかった理由。それについて俺もクロも、あの十二月二十二日に寝る前、なにも考えなかった。どうせ少しだけ多く起きれているだけで、全人類と同じように眠れると、当然のように思っていたからだ。
その原因。それは至ってシンプルだ。志場さんが言っていたことが事実であると仮定すると、驚くほどわかりやすい。
俺達は二人とも、寝たくなかったのだ。
俺は、それまでは恐怖から、冬至の日に答えを得たときからは世界を見たいという願いから。クロは、その性質から。
過眠ウイルスがもたらすのは眠気であって、強制的な睡眠ではない。つまり一応抗うことができるということだ。睡眠導入剤と同じ働きをするのであれば、俺が寝つけなかったのも納得できる。体質的に受け付けないのだから。クロにしたってショートスリーパー、つまり過眠ウイルスがもたらすような長期睡眠は全く必要が無い。
すったもんだやりあって、いよいよ耐えられなくなった俺達は、朝日を背に浴びつつ、館内に戻って、どうしようもないのでとりあえず研究資料をかき集めてそれらを館の外に運び、安全に留意しつつキャンプファイヤーした。超絶楽しかった。
その後落ち着きを取り戻した俺達は月の石が悪いんじゃないかと考え再び就寝、しようと思ったら俺の背中が想像以上に腫れていたのでとりあえず治療を優先するために資材を漁りまわり、上野公園周辺にあるという爆睡ゾーンで連なって倒れている警察を見つけ、そこに踏み込んでみたもののなぜか睡魔は訪れず。
どうやら月の石の近くにいすぎたせいで、俺達の中の過眠ウイルスは完全に不活性化、というより役割を終えたと勘違いして、完全に消え去ってしまったようだ。最悪だ。
普通に上野公園を出て、湿布やら鎮痛剤を拝借して、博物館に帰ってきた。
もう何もうまくいってなかった。
無様極まっていた。
誰も居ないことをいいことに俺達は散々叫んでから、それからの計画を立てた。
夏至までのサバイバル生活の。
その内容については余りにも思い出したくないことが多すぎるので省略。
それでもなんとか生き延びることができた。
色々なことを考え、論じ、動き。
少しずつ、睡眠時間を増やしながら。
「ハチ。そろそろだな」
「ん、じゃあ電気消すかあ」
俺はランタンの電気を落とした。
真っ暗な中、クロの加えた煙草と、俺の顔の前、二つの火種だけが浮かび上がっている。
その鮮烈な赤に似た朝焼けが、徐々に夜の帳を貪っていく。
朝が来るのを指して、白んでくる、と表現するのは嫌いじゃない。
だけど今日だけは、そう言いたくなかった。
「お、日が登って来るぞー」
「あー……見えてきたな」
俺はクロの隣に座って、空を見上げた。
朝焼けは好きだ。この美しさは、不眠の人間の特権だから。
夜に寝て朝に起きる生活は、間違いなく良いものだ。
でも、朝に寝て夜に起きるのも、それはそれで悪くない。
どっちだって、良い。
俺が、なんだって決められる。
「なあ、クロ。そういやさ、俺、今日誕生日なんだわ」
「めでたいな。どうする? 甘いもんでも食いに行くか?」
「バカ。作るの俺達だろうが。やってらんねーよ、それ」
「そりゃそうか。んじゃ、ハッピーバースディ、トゥ、ハチ」
「俺達以外の全人類も、ある意味では誕生日だろ。沢山眠って皆健康になりやがってんだぜ」
「そうかもな。そうじゃないかも」
俺は煙草に火を点けた。
蝋燭代わりに。
「ハッピーバースディ、どっかの誰かさん」
夜が、明ける。
ドッグス・ネバー・スリープ 三波 想 @Minami_Sou
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