第9話 得女梨鳥巣(エメリトス)

この地方を支配する箱の権力は、街々に暗い影を落とす。


街の大半の人間が、直接的にせよ、間接的にせよ、何らかの形で、箱と関係があった。


しかし、正式な箱のメンバーになることは、つまり「名誉職:emeritus(エメリトス)」に就くことを意味する。


それは美しい女、甘味な梨(果実)、を頂く、鳥の巣の様な存在。それらを得る者らこそが、一人前であり、支配者に相応しいのだ。


浩と正広は、原付に二人乗りすると、走り出した。


その日も非常に暑かった。夕方、四人の男達が車を走らせていた。喜多箱の兵達だった。


浩と正広は原付で、その車の横に付けて並走すると、後に座った浩が、車目掛けて、イングラムをフルオートで発砲した。


車の窓ガラスが砕け、何発かが運転手の頭に命中した。


コントロールを失った車は、堤防の低い箇所に乗り上げて、海に転落した。


知らせを聞いた英介の父、喜多箱の頭目は激怒した。


美波運輸に戻った浩と正広は、社長である美波の頭目に報告した。二人には特別に給料が支給された。


その日の夜、英介は父に切り出した。覚悟が決まったのだ。


「父さん、俺、家を継ぐよ。」


すると父が答えた。


「ありがとな、英介。だけど、条件がある。」  


英介が、その条件を聞いた。


「志乃生ちゃんを…。あの子を殺せ。それが条件だ。」


英介は暫く黙り込むと、静かに頷いた。


その日、英介は「儀式」を経て、正式に組織の一員となった。


父は英介を角頭にした。そして五人の兵を付けた。


翌日。英介の得女梨鳥巣としての初仕事が始まる。先ずは、自分の箱の構成員を車ごと海に沈めた奴を血祭りに上げることだった。


犯人は分かっていた。


「二人とも…。ごめんな…。」


英介は角頭として、年上の部下らに命じて、標的を仕留めるための行動を起こした。


浩と正広は、海の家で、カレーとラーメンを食べていた。そこに、屈強な男が五人現れた。


男達は、浩と正広に容赦なく銃弾を浴びせた。


その後、二人の亡骸を浜辺に引き摺って行くと、予め、小型ショベルカーで掘っておいた、深く、大きな穴の中に、二人を放り込んで、再び、砂を被せた。


その頃、志乃生は、自宅の自室で塞ぎ込んでいたが、その日の夕飯の食卓で、父に聞いた。


「お父さんは辛くないの?今の(裏の)仕事?」


すると父が答えた。


「俺はな。組織の人間を食わせてやらなきゃいけないんだ。義務がある。」


それを聞いて志乃生は考え込んだ。箸が止まる。


「お父さん、私に…。(裏の)仕事を教えて。」


志乃生がそう言うと、父は静かに返した。


「覚悟は出来ているか?いったん足を踏み入れたら、二度と戻れないぞ。本当に良いんだな?」


志乃生は頷いた。


食後、志乃生の父は、組織の幹部を集めた。そして、紙に墨と筆で「誓志書」という文書を書くと、娘の志乃生に血判する様に言った。


志乃生は、父が用意した短刀の刃で、利き手の親指に軽く傷を付けた。


血が出てきた。


その後、誓志書の自分の名前が書かれている箇所に血判した。


すると父は、その誓志書を燃やして灰にすると、その灰を盃に入れた。そして、その盃に酒を注いだ。


先ずは頭目である父が飲み、次に惣代、目付、角頭、といった順に廻し飲みして、最後に志乃生が飲み干す。


それを飲めば、もう元の世界には戻れない。


志乃生は静かに目を閉じて、それを飲み干した。


その日を境に、英介と志乃生は話を交わさなくなった。


最後の夏休みが、悲しく幕を降ろした。

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