第3話 縫製工場

カタカタカタカタッ、と、たくさんのミシンが軽快でリズミカルな音を奏でる。


従業員は楽しそうだ。給料も福利厚生も充実している。


志乃生の家は明治初期から続く縫製工場を経営していた。


髙﨑縫製だ。


帰宅した志乃生は、私服に着替えると、花柄のエプロンを身に着けて、工場に入った。


「あら、志乃生ちゃん、お帰り。」


パートのおばちゃんが、にっこり微笑む。


「お父さんは?」


志乃生がおばちゃんに聞くと、おばちゃんは少し、考えてから話した。


「社長?えーっと、たぶん、事務所だと思うよ。呼んでこようか?」


すると志乃生は申し訳なさそうに答えた。


「いいよ、いいよ。私、事務所に行くね。」


志乃生はそう言うと、工場の2階にある事務所に向かって、傾斜のキツい階段を軽やかに登った。


薙刀の道場で鍛えた足腰が、思わぬ所で役に立つ。


事務所に入ると父が声を掛けた。


「おっ!志乃生、待ってたよ。伝票整理して、ファイルに閉じてくれ。」


志乃生は伝票の束を日付やナンバー順に分けて、ファイリングしていく。


17時、作業終了。従業員が帰宅して行く。


志乃生は父に先に家に戻ると告げた。


「じゃあお父さん、私、先戻るから。」


父が返した。


「お疲れ、ありがとうな。」


志乃生を見送ると、父は総務の沢田さんと工場の倉庫を確認しに行った。


Abundant Hope(アバンダント・ホープ)は、世界中に店舗を構える、人気のブランドだ。


髙﨑縫製は、そのアパレル会社と契約しており、ブランドの衣類の製造を担っている。


「これが予定の出荷品ですね。」


総務の沢田さんが言う。すると志乃生の父が返した。


「ありがとうね、沢田君。で、非公式の方は?」


すると沢田さんは、倉庫の隅に積まれた段ボールを指さした。


父はその段ボールの中にある、パーカーとかトレーナーを取り出して、満足そうに話した。


「いや、本当に良く出来てる。まさかこれが、偽ブランドだなんて、誰も気付かんだろ。」


取り引き先の知らない秘密のカラクリがあって、予定生産数より、余分に生産されたAbundant Hopeを通常の半値以下で、闇の市場で売り捌く。


それにより組織には莫大な利益が転がり込むのだ。


それはもはや偽ブランドではなかった。

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