第3話

 視界に映し出される大きな人喰い鬼たちの姿を観察し初めてから10分経った。空間の裂け目から人喰い鬼が追加されることは今のところはなく、人喰い鬼たちは高校に残る者以外は高校の外に出て町に向かうようだ。


 「アイツがリーダーぽいなー。」


 その個体は周りの人喰い鬼と容姿やサイズはそれほど変わらないが、音声は【歩く小さな視界の花】では聞こえないのではっきりとは分からないのだけど、リーダーだと思った人喰い鬼の個体は腕を動かしたり指を挿したりするボディーランゲージをしたりしているからこそ、アイツが人喰い鬼たちのリーダーなのだと思う。それに他の人喰い鬼たちが言うことを聞いているし。


 「あれがリーダーだと分かったところでどうしようもないんだけどな。」


 問題は戦えないところだ。俺と同じように異能を手に入れた生徒会メンバーたちでも相手に出来ないほどに人喰い鬼たちは強い。


 今も【歩く小さな視界の花】の視界で見た限りでは死んだ人喰い鬼の姿が見えないのが物語っているが、それでも負傷している人喰い鬼の個体がチラホラと見えるので一対多数で上手く戦えれば勝てた可能性があるのではないかと思ったが。


 「俺の異能でどうやって倒すか、だよな。真っ正面から戦える方法は思いつかないし。」


 絡めて以外にも【歩く小さな視界の花】のように動ける植物を作り上げて、それを戦力にする方法を考えているが、それも異能を発動するのに消費するエネルギーの問題もある。


 あの人喰い鬼と一対一で戦えるような植物獣を作り上げるのに必要になるエネルギー量を今の俺だと最大限エネルギーを使えたとしても作り出さないからだ。


 「やっぱり毒とか絡めてしかないのかな。その毒を喰らわせるとしても思い付かないし。」


 カーペットのような柔らかさの苔に横になりながら【歩く小さな視界の花】が脳裏に映し出す光景を切り替えて目を開ける。


 目を開けて周りを見た。今の地下室には当分の間、生きていけるだけの食料や水などの物資はあり、この物資がある内は生きていけるだろう。


 物資を使い切るその前に救援が来るのをただ待つか。それとも俺自身の力で人喰い鬼たちを駆逐して家族の元に向かうか。選択肢はその二択になるはずだ。


 選択肢は二択だとしても救援を待つ間、ただただ待っているだけでも飽きが来るだろうし、救援が来るのを待ちながら人喰い鬼たちを1人で倒せるような手段を考えて過ごすのが今の状況だといいかもしれないな。


 「よし!救援が来る気配は今のところ無いけど、救援を待ちながら人喰い鬼たちを倒す方法でも考えるか!」


 今も異能で作り出した植物の維持に消費しているエネルギー以外の残っているエネルギーを使って植物を作ってみることにした。


 今回の作り出す植物のイメージはこんな感じだ。


 自立活動可能な植物の猿。学習能力。学習した内容を同種、又は類似種に伝播させる。消費した生命、精神エネルギー量で大きさが変わる。俺の命令に従う。


 「このくらいだな。今の少ないエネルギーでどれくらいの大きさで作れるか分からないのが問題だな。とりあえずこれを雛型にしてサイズ違いの奴を作っていけるはず。」


 今の考えたイメージでは消費するエネルギー量で色々とサイズが変わるし。その分だけエネルギー消費のロスだってあると思うからな。


 「よし、じゃあやりますか!」


 今現在の生命エネルギーと精神エネルギーを練り上げて異能を発動する。


 「うっ……。」


 俺の内部にあった2つのエネルギーが消費されてフラッとする中で、俺はイメージした通りの植物を作り出すことに専念した。


 足先から作り出されていくそれは手足や頭部に尻尾は蔓や枝、胴体は樹の幹、毛皮は針葉樹の樹皮と葉、目はドングリのような物。


 そんな姿をした植物の猿が作り出されていくのを眺めながらフラフラする身体が倒れないように座り込む。


 「ふぅー、出来た。」


 作り出されたのは【樹木猿】だ。大きさは5センチほどしかないが、これで消費可能なエネルギー量が多くなればサイズの大きな【樹木猿】だって作れるだろう。


 まあ、このサイズの【樹木猿】では戦力にもならないだろうし、偵察に向かわせるのも難しいが、このサイズだと今後の為に【樹木猿】自身の動きを最適化させる為にも運動して貰うのが良さそうだ。


 「うん。このサイズの【樹木猿】は【極小樹木猿】に決めた。【極小樹木猿】はこの地下室で物を落としたり壊したりしない程度に運動してくれ。」


 声を出さずに【極小樹木猿】は俺からの命令を頷いて早速運動を始めた。


 「おお!結構運動能力があるんだな!」


 歩き始めて地下室の壁際を回り始めた【極小樹木猿】だったが、それも最初の頃だけで今は走りながらピョンピョンと飛び回っていた。


 その身体の何倍もの高さを跳躍する脚力は目を見張るものがあるし、避難物資が置かれていた棚を器用に掴む手を考えるに道具も使えそうだ。


 それに思いの外に長い尻尾を器用に使ってバランスを取ったり移動に使ってもいるのを見るに、柔軟にしなる尻尾は攻撃にも使えるだろうと思わせるほどだ。


 「あれ?やっば!?」


 動き回っていた【極小樹木猿】の動きが段々と鈍くなってきた。それに伴って俺の方から【極小樹木猿】の維持に消費されるエネルギー量が増える。


 【極小樹木猿】を作り出しただけでも生命エネルギーも精神エネルギーもかなり消耗していた。その上に今回のエネルギー消費の影響で身体から力が抜けて床に倒れてしまう。


 幸いなことに床は苔が一面に敷き詰められているお陰で身体を強打することはなかったが今も身体を動かすことが難しい。


 「ストップだ。【極小樹木猿】。」


 少しでもエネルギーの回復をする為にも【極小樹木猿】に命令を下した。


 そのお陰で動き回っていた【極小樹木猿】は完全に停止する。それでも【極小樹木猿】を維持する為のエネルギー消費はある。


 他の植物の維持を考えると2つのエネルギーを回復するのは時間がかかるが、それでもここはエネルギー回復に時間を使った方がいいだろう。


 「【極小樹木猿】の持っていたエネルギー?が無くなって来たから俺が維持に補給していたエネルギーの量が増えたのか?」


 なんで【極小樹木猿】に送っていたエネルギーの補給量が増えたんだろうか?と考えながら大の字で苔の上に横になる。


 今までの植物は【極小樹木猿】以外に動いていたのは【歩く小さな視界の花】くらいだろう。


 他の植物は移動するようなエネルギーを多く使うようなことはしていないし、そう考えると納得できそうだ。


 【歩く小さな視界の花】を動かしていた時も動かすことに集中していてあの時は気が付かなかったが、今思い返してみればエネルギー消費が多かった気がする。


 「これが正解かは分からないけど、原因ぽいのは分かったし。エネルギーが回復するまでゆっくりしよう。それに、ふぁーーー、眠い。」


 生命エネルギーと精神エネルギーの消費のせいか身体の疲労もあって眠気が急に来た俺はそのまま目を閉じて眠ることにした。




 「んーー、はぁ。」


 一眠りして目を覚ました俺は身体を伸ばしてから自身の生命エネルギーと精神エネルギーがどれくらい回復したのか確かめてみた。


 「そこそこ回復したな。お腹空いたし食べてから外の様子を確認するか。」


 棚に置かれた物の中からシリアルバーと水を取り出して栄養補給と水分補給を済ませてから【歩く小さな視界の花】の視界を使って外の様子を確認する。


 「あぁー結構寝ちゃってたんだな。もう夜だ。」


 脳裏に映る【歩く小さな視界の花】の視界に映し出されたのは月や星の明かりに照らされた校庭だった。


 その校庭には人喰い鬼たちがそれぞれ丸まって眠っている。


 「夜行性ではないんだな。」


 どの人喰い鬼たちも月明かりで見える範囲の人喰い鬼は眠りに付いていて起きている人喰い鬼の姿はない。


 不用心だと思うが起きて警戒している人喰い鬼の姿が見えないのは天敵になる存在がいないと思われているからなのではないだろうか?


 「起きている人喰い鬼が居ないかを探すか。それにしても電気の付いた家がないのを見るとはなぁ。」


 【歩く小さな視界の花】の視界がある場所から町並みが確認できるのだが、その町には電気による灯りを付けている家は1つもなくて寂しい感じだ。


 もしかしたら灯りが付いていた場合、この校庭で眠っている人喰い鬼や他にも空間の裂け目が近くにあったのなら、その裂け目から現れたモンスターが灯りを目印にして集まって来るのかもな。


 今日で3日目だ。初日と2日目の夜に部屋の灯りを付けていた可能性があるだろうし。


 「どうしたもんかな。」


 疲れて眠ったせいで今は眠くないし。そうなると、これから起きることになって、このまま昼夜逆転するかもしれない。それは困る。


 「まあでも眠れないのは仕方ないし。エネルギーも回復したんだから植物作りでもしようかな。」


 今の俺の弱点。まあこれは今後もそうなるだろうことだが、異能を発動させる為のエネルギーの問題である。


 今の俺だと生命エネルギーも精神エネルギーも作り出した植物の維持に使用して、植物を新しく作ったりするのに必要なエネルギーの確保が大変だ。


 「作るのならエネルギー回復系の植物だよな。それか、エネルギーの最大量を増やす植物か。」


 どちらを作れと言われればエネルギーの消費が少ないんじゃないかと思われるのはエネルギー回復系の植物の方だろう。


 作るとしたらどんな物がいいだろうか。回復アイテムとして使うのなら飲んだり食べたりするのがいいんじゃないかと思う。


 「あ!匂いとかもありかも。アロマとかあるんだし!」


 頭の中に色々な回復アイテムになる植物の候補が思い浮かび、生命エネルギーや精神エネルギーの回復力を高める匂いを放つ植物のイメージを開始した。


 いい匂いのする植物で思い浮かぶのはラベンダーしか俺にはない。だから、植物が放つ匂いはラベンダーにしよう。


 ついでに植物の姿もラベンダーだな。色は紫じゃなくて赤にしてラベンダーと区別出来るようにしないとな。


 匂いはラベンダー。生命エネルギーと精神エネルギーの回復力を増やす効果。


 「このイメージで創造!」


 地面の代わりの苔に根を張りながら創造される回復効果のある匂いを放つ植物が生み出されていく。


 そうして生み出されたのは【回復力増量の香るラベンダー】だ。


 「イメージ通りにラベンダーだな。維持に必要なエネルギーはそれなりか。あとはどれくらい回復力が上がったのかを確かめないと。」


 【回復力増量の香るラベンダー】を作り出す前も回復力は植物の維持に必要な2つのエネルギーよりも2つのエネルギーの回復力が勝っていた。


 それがどれくらいのエネルギー回復量になったのかを確かめる為にも、何もせずにその場で【回復力増量の香るラベンダー】の香りを嗅ぎながら過ごして30分後。


 「回復力が増してるな。けど、思ったよりも増えてる感じはしないか。」


 【回復力増量の香るラベンダー】がないよりはあった方がエネルギーの回復力が増えているのが、この30分間の間に分かった。それでも少し回復量が増えた程度だ。


 それでも【回復力増量の香るラベンダー】の維持に消費するエネルギーだってあることを考えたらいいのかもしれない。


 「この調子で眠くなるまで作っていくぞ。」


 【回復力増量の香るラベンダー】の作成から続けて次々に俺は植物を作り出していった。


 生命エネルギーの吸収。生命エネルギーの貯蓄。生命エネルギーの還元。この3つの効果を持つ苔玉をイメージした【生命エネルギー循環の苔玉】。


 【生命エネルギー循環の苔玉】とは別に精神エネルギーの吸収。精神エネルギーの貯蓄。精神エネルギーの還元の効果のある苔玉【精神エネルギー循環の苔玉】。


 光を浴びている周囲の植物のエネルギー消費を軽減して抑える効果のある光を放つ花【陽光花】。


 生命エネルギーを葉に蓄え増幅させる【生命エネルギー増幅草】と精神エネルギーを葉に蓄え増幅させる【精神エネルギー増幅草】。


 俺はこの5つの今後に役に立つだろう植物を作り出した結果、眠ったことで回復していたエネルギーの枯渇と疲労が同時に来てしまう。


 「ここまでか。寝る前に最後に外を確認してから寝よ。」


 苔の上に横になって目を閉じ【歩く小さな視界の花】の視界を脳裏に映し出す。


 相変わらず集団で眠っている人喰い鬼の集団に、そんな人喰い鬼たちを照らす月や星の光。


 起きた時に見た時と比べて何かしらの変わっているところはなさそうだ。


 「じゃあ、寝るか。おやすみ。」

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