第33話 まりかの告白


  《まりかの告白》


 私が壊したステンドグラスは先生たちが必死で片付けていて、ごめんなさいと心で思いつつ、目の前をすっと通り過ぎた。エミリーを守るためだから仕方なかったのよ。


 ステラはすぐに見つけられたわ。

 クリスティーナたちがいる病棟の扉をガンガンと激しく叩いていた。中の先生たちにやめなさいって注意されていた。


 もちろんステラは止まらなかった。隠し持っていたステンドグラスの破片で、自分の腕を故意に切ったの。それを扉のガラスから見えるようにして、扉を開けるように訴えた。


 人の良さそうな年配の先生が、慌てて開けてくれた。ステラは無表情で病棟の中に入ろうとするから、すぐ止められたの。私も横にいたわ。

 幽霊だから誰にも気づかれないのは便利ね。私の存在は心を開く者には見えるけど、否定して背ける者には決して映らないの。


 それでステラってば、ひどいの。扉を開けてくれた女の先生の首を思いっきり絞めたの。

 幽霊の私ですらショックを受けたわ。お化けより人間の方が怖いって本当だわ。


 私は効くかどうかわからないけど、胸を数回押してあげたの。そうしたら気絶していたその人は目を開けて私を見た。

 お菊人形のような私を見て、目を丸くして口をパクパクしたけど、再び気絶することはなかった。


 ステラは部屋の番号を覚えているようで、どんどん奥まで進んだ。一番奥の部屋に入ると女の子が眠っていたの。息を飲む美しさだった。

 片方の頬に切り傷のような痕が残っていたけど、それも全く気にならないくらい透き通っていて綺麗だったわ。


 最近ステラが、エミリーに興味がなくなって、いつも鬱屈そうに考え込んでいるのは、この子が眠ってしまったからだと思った。

 ステラに悪意はなかったのよ。


「クリスティーナ……僕だよ」

 

 ステラはクリスティーナの髪をそっと触った。ステラが優しく髪を撫でているうちに、クリスティーナは目を開けたの!

 それで、覗いている私を見た。


「あーう!」

 クリスティーナは呟いて、私を触ろうと手を伸ばしてきた。赤ちゃんみたいに。


「クリスティーナ?」

「あー、あー」

 クリスティーナが小さい声を出した。


「クリスティーナ、一緒に行こう」


 ステラは抱き起こそうとするけど、もちろんクリスティーナは起き上がれない。

 そこへスーザンがやってきたの!


「スーザン! 外に出れたのね。よかった」

「まりかちゃんのおかげよ。やったわ! だけどクリスティーナ……私が死んだ後、何があったの? かわいそうだわ」


 スーザンが、クリスティーナの中に入り込むのはどうだろうって提案したの。クリスティーナとステラを一緒にいさせてあげたいって。スーザンはいろいろ後悔していることがあるからって言ってたわ。


 スーザンは地上に出たばかりで、慣れていないから、私がクリスティーナに取り憑くことにした。寝ている彼女の中に、自分を重ねるようにして一体化したの。

 私はクリスティーナの上体を起こすことができた。

「まりかちゃん、すごいわ」


 クリスティーナはパジャマ姿でふらふらだけど、ステラが支えるようにすると、歩くことができた。スリッパも履いたわ。

 スーザンも後ろからそっと支えていたの。


「さぁ、行こう。クリスティーナ」


 ステラは廊下の途中にある出入り口を見つけて簡単に外へ出た。

 病院や職員室って、入るには鍵や暗証番号が必要だけど、外に出るときは扉の鍵をスライドさせれば簡単に外に出れるのね。


 ステラに支えられて西の建物に向かった。途中すれ違った生徒もいたけど、気にしていない様子だったわ。

 階段を全部上ったら、私もとても疲れた。


 私の存在は、まるで風のように、気づかれぬままそっとクリスティーナに寄り添うだけだった。でも人に取り憑くってことは、精神力が意外と削られていたんだと思う。

 

 ドームの上まで到着すると、ステラは鍵をかけた。そしてベランダから二人で外に出てみたの。

「あーう」って声を出して、クリスティーナも喜んでいるように感じた。彼女の長い髪は、風に吹かれて綺麗に流れていた。


 眼下に広がるのは想像よりはるかに山深い深緑の世界。こんな山奥にいるとは思いもよらなかった。風が頬を撫で気持ちよかったわ。


 最初は誰も気づかなかったけど、そのうち誰かがステラとクリスティーナに気づいたの。


「ステラとクリスティーナがドームにいるわ!」

 その後は大騒ぎ。エミリーも半泣きで叫んでいた。先生たちもいたから、上がって来ちゃうなと思ったわ。


 レイモンドさんが姿を現した。眼鏡の奥で鋭い視線を放っていたわ。レイモンドさんは親切な事務員さんだと思っていた。最初エミリーの転入手続きをしてくれたし。

 でも実は校長先生で、裏では所長だった。


 そしてクリスティーナに向かって叫んだの。下りてきてくれ、君は特別だとかなんとか。ステラのことはなにも言わないのに。それで、クリスティーナ、君は誰よりも美しいみたいなことを言ったわ。


 なんだかクリスティーナに憑いている私まで、気持ち悪いって思った。校長先生はあんなこと言わないよね。


 その直後、ステラがとんでもないことをした。ベランダの柵に立ち上がったの!

 みんな下から叫んだわ。落ちるのかと思ったから。

 スーザンは刺激しないように存在を消して見守ってたわ。

 

 ステラはいきなりドームに登り始めた。丸いから無理そうだけど、表面はざらついてるし金具みたいな凹凸もあった。

 運動神経がいいステラは、あっという間にてっぺんまで登ってしまったの。

 そして、てっぺんにある風見鶏を折ったの! マグノリア学園は古いから、鉄の風見鶏も劣化していたのだと思う。


「ステラ何してるの!」

「やめて!」

 

 庭園でも騒然だったわ。

 ハッとしていると、ステラはドームの縁に捕まって、風見鶏を矢のように構えた。それで下にいる人たちに強い力でそれを投げ放ったの!


 そのとき強い風が吹いて、その中でステラの声を聞いたわ……。


 地上で凄まじい悲鳴が聞こえた。

 レイモンド校長の胸に、風見鶏の鋭い先端が突き刺ささっていた。心臓を無慈悲に貫いていたの。綺麗な薄いレモン色のワイシャツがどんどん血に染まっていって……周りにいる生徒たちの絶叫はドームを震わせるほどだった。


 ジャスミンが「みんな戻って! 近づかないで」と誘導しているのが見える。

 

 そう、ステラが風見鶏を投げた瞬間--


「レイモンド、キエロ」


 ステラはそう言った。無機質なロボットみたいに。ステラの心からの怒りだったわ。


 そのタイミングで風が強く吹いた。スーザンが手助けして殺したんだとすぐにわかった。

 あんな離れた距離で、上手く心臓に刺さるなんて、いくらステラでも不可能だわ。これは念力とか怨念とか、人ではないなにかが働いたんだと思った。


 だって、ステラの行為は間違って生徒を殺してもおかしくなかった。

 だけどそうはならず、しっかりレイモンドさんの心臓を貫いたのだから。


 パニックになった生徒たちが校舎に戻る途中、その中にカラスのような真っ黒な影が一瞬見えた気がした。


 だけどクリスティーナは体力の限界で、彼女に取り憑いていた私も一緒に気を失ってしまったの。

 そのとき、騒がしい声がなだれ込んできて、しっかりした腕に体を支えられたような気がした。


 



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る