第18話 ゆらぐ

「『戦いの子』って…?」

 私はシロハの腕からおりて、質問をする。

「あら、そちらの仲の良さそうな人間には、話していないのねぇ?」

 スイはニヤニヤとこちらに近づいてくる。

「……」

 シロハは私を守るように前に出て、スイをにらむ。

「シロハはねぇ、お母さんもお父さんも、戦争で生まれ、育ち……散った人たち。だからかねぇ、シロハは妖狐の中でずば抜けて…いや、もはや妖怪一の強さになったのねぇ。少し前までは平和になったこの時代ですら、敵味方関係なく燃やしまわるような非道な妖怪だったクセにねぇ」

 スイはシロハを責めるように顔を近づける。

「……私が燃やしていたのはずっと敵よ。それはアンタたち同族も含めて」

 シロハは無意識に床をチリチリと燃やしていた。

 この人、このまま戦うつもり!?

「ま、まってくださ―――」

「スイ、また変なことを話してんだろ」

 部屋の奥からダイラはドシン、と大きな音を立てて歩いてくる。

「変なことだなんて、ひどいわぁ。久しぶりの再会なのに」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          

 スイはふりかえって、ダイラに笑いかける。

「ふん、キツネヤロウの言うことなんて、聞く必要もない。それより―――」

 ダイラはこぶしをスイに向かってふりおろす。

 ドゴンッッ!!

「っ、ととっ」

 スイはフワリとよろけながら、そのこぶしをよける。

 殴られた壁はガタガタッと、大きな音を立てて穴を作る。

「待ち時間は終わりだ!てめぇも、乱入者も、人間も!全員ふっとばせば俺の優勝ってことよ!」

 見ると、中央の砂時計の砂はすべて落ちきったようだ。

「なぁんだ、もうおしまいかぁ」

 スイは「あぁ」と言いながら、わざとらしく肩をすくめる。

 しかし、その口元には愉快そうな笑みがはりついている。

「それじゃあ、天下、いただきますっ」

 スイはダイラから三歩ほど距離をおくと、水色の炎を放つ。

 ダイラは大きな翼をはばたかせ、ヒラリとかわし、超スピードでスイに近づく。

 シロハはその様子を見て、ボッボッと今にも攻撃したそうに炎がもれでている。

 ダメだ!今のところ一番最悪のパターンじゃない!?

 私に、人間に、できること……?


―――「……そうね、アンタもゆかりが来てから、変わったものね」―――


 私なら、彼らを変えられるのだろうか。

 ……違う。思い出せ、私の目的は―――

「まってください!!!!」

 私は人生で出した声の中で、一番大きなさけび声をあげる。

 空気はビタリと止まって、三人の注目を集められた。

「もう、やめてください!こんな戦いにいったい、なんの意味があるんですか!?みんな本当は戦いたくないんでしょう!」

「戦わなくちゃいけないから、戦ってんだぜ?ガキんちょ」

 ダイラは全員が制止したことを確認して、臨戦態勢をとく。

「もうどこがどっちのだって、ちょっとずつ争うのにも、こりてきてんだよ。だったらここでドカーンと戦って、どっちかが完全に支配しちまったほうが楽だろ?」

「多くの死者がでたとしてもですか?」

 ダイラは口をつぐんで、ひるんだ。

「どこがどっちの領土かなんて、どうでもいいことで戦ってないで、まずはみんなと仲良くなる方法を探したほうが絶対にいいと思うんです。みなさんは仲直りしようって一回でも考えましたか?」

「あのなぁ、ガキんちょ―――」

 ダイラは私の方に近づこうとすると、スイに手をはじかれた。

「なにすんだよ、てめぇ!?」

 スイはダイラの怒鳴り声を無視して、私の方を向いた。

「……そんだけ言うなら、人間。アンタはできるっていうのかねぇ?この戦争を―――」

 そのとき。

 ドシンッと妖怪の塔が大きくゆれた。

 いや、あやかしの山全体がゆれたようだった。

 まるで巨人が歩いているような―――

「……終わりました」

「「「はぁ?」」」

 シロハもそろって、三人全員が大きく目をひらく。


「戦争は、今。終わりました」


 私の言葉を聞いて、スイとダイラは窓にかけよって外を見た。

「なんじゃあ、こりゃあ!?」

 雲一つない晴天からふる、鮮やかな紙の雨。

 すべては、百年以上のクロカの歴史。

 ひろって見た者たちはその絵に感動し、戦いのことなんて忘れて、夢中になって楽しそうに話している。

 烏天狗も妖狐も関係なく。

 そして、中心にいるのは、がしゃどくろ。

 がしゃどくろもまた、ウキウキで楽し気に笑っていた。

「……アッハハ!!これは傑作だねぇ!」

 スイは腹を抱えて笑うと、ダイラに視線をうつす。

「あれ、あんたの娘だよ」

 ダイラはスイの指さした方向を見る。

 そこには、がしゃどくろの肩の上で談笑するクロカがいた。

「クロカ…?」

 ダイラの力強い橙色の瞳がひどくゆれた。

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