第30話 動き出す世界

 公社が魔界に上陸する3年ほど前――

 その報せ受けて、エルヴェネラ王国政府に衝撃が走った。

 あの『魔界』から寄港した船があるというのだ。


 大航海時代が始まり、すでに200年以上が経つ――。

 世界の全容がわかりつつある今なお、全く未知の大陸があった。

 恐るべき生物――『魔物』たちが跋扈し、人類を拒むその大陸を人々は『魔界』と呼ぶ。


 これまでの様々な探検隊が魔界へと挑んだが、まともな成果を持ち帰った者はいなかった。

 それが今回、人員の半分を失いながら、何とか帰還した探検隊は様々な情報、そして驚くべき資源を持ち帰ったという。

 国王は直ちにその『帰還者』たちを招聘した。


 帰還者たちの報告内容には国王は驚くばかりであった。


 獰猛な魔物、悍ましい瘴気。

 そして、最も国王を驚かせたのが『魔晶石』である。

 人間の未知なる可能性を開く、その石は魔界の開拓を決意させるには十分すぎた。


 国王は『エルヴェネラ王国魔界開拓公社』の設立を宣言。

 その代表にはアルヴィン王子を指名した。

 知性、人格、そして魔晶石へ適正だ――彼こそが最適な人選だった。


「我が子、アルヴィンよ。お前にエルヴェネラ王国魔界開拓公社の最高責任者を任せる。魔晶石を掌握し、我が国の繁栄のために尽くせ」


「仰せのままに――」


 国王の重大な命を受け、アルヴィンは動き出した。


          *


 まずは資金作りである。

 国王からかなりの予算を渡されているとはいえ、あるに越したことはない。

 そこでアルヴィンは国内随一の商社、ウィンズレッド商会を頼ることにした。


 そして、ウィンズレッド男爵ことパトリック・ウィンズレッドと面会することになった。

 場所は、ウィンズレッド商会の応接室である。


「うわぁ~、立派な建物だなぁ」


 本社ビルの前で馬車から降りたアルヴィンは呟いた。


 もちろん、アルヴィンの自宅こと、王宮は国内で最も豪華な建造物である。

 しかし、王宮が豪華なのは、ある意味当然なのだ。

 ウィンズレッド商会は単なる民間企業である。


 部屋の中には、パトリックの他に若い女がいた。

 娘のパトリシアらしい。

 

 挨拶の後、アルヴィンは今回の経緯を説明した。

 

「それで、弊社に資金提供を求めるわけですか?」


「はい、そうです」


「わかりました。その代わり条件があります」


「条件?」


「ここにいる、私の娘を副社長にしてください」


 パトリシアを見ながら言った。

 

「ワタクシに任せていただければ万事上手くいきましてよ。おーほっほっほ!!」


 パトリシアの高笑いが部屋に響き、アルヴィンは苦笑い。

 輝くハニーブロンドの髪が美しいだけでなく、とても恵まれた体型をしている。


「ちょ、ちょっと変わった性格をしておりますが、商売のイロハは叩き込んであります」


 出資する人物が送り込むということは、かなり信頼しているということだろう。


「わかりました。その条件、お受けいたしましょう」


 こうして、商談は成立し、パトリシア・ウィンズレッドが公社の副社長に就任した。

 資金だけでなく、ウィンズレッド商会の膨大ななコネクションを使えるようになったのは大きい。

 

 ちなみに、パトリシアに魔晶石の適性はなかった。


          *


 続いては組織作りである。

 魔界で開拓を行う『現地局』と本国でバックアップする『支援局』を設立することにした。

 支援局のトップは副社長であるパトリシアである。


 魔界と本国の間で船を往来させ、魔界からは獲得した資源を、本国からは必要な物資を輸送するという構想だ。

 魔界へ輸送する物資は、ウィンズレッド商会のコネクションを利用して用意する。


 アルヴィンは重大な決断をした。

 現地局は魔界で活動するために魔晶石への適合性がある人物のみで構成することにしたのだ。

 これは人材集めを困難にする。


 国中から最適な人物を探し出したかったが、手間が掛かるので最初は王都を中心にして探すこととした。

 人材の審査は2段階で行うことにした。

 魔晶石への適合性テストと面接だ。


 面接は王宮の一室で行う。

 まずは帰還者たちの中で、魔界に再挑戦したいと志願する者たちが対象だ。


    *


 現れたのは、大柄の中年の男だった。

 歴戦の戦士の風格を漂わせている。


「名前をどうぞ」


「トーマス・ウォーカー」


 男――トーマスは野太い声で答えた。


「面接を始めるね」


「茶番だな、アルヴィン王子――いや、今は社長だったな」


 トーマスは険しい顔をして言った。

 一方で、アルヴィンは笑顔だ。


「そうでもないよ、重要な意思確認だからね」


「帰還者――ということは、魔界に関しては僕よりも知っているよね?」


「そうだな。アンタよりはよく知っているよ。観光目的ならオススメできる場所じゃねぇな」


「魔界は大変厳しい場所だと聞くね」


「帰還者の大半が不参加だろ? それが答えだ」


「それなのにあなたが再び挑む理由は?」


「魔界のリスクはそのままリターンになる。俺は栄光を掴む」


 その目はギラギラと野望の炎に燃えていた。

 これまでも出世欲に取り憑かれた人をたくさん見てきたが、彼は最も純度が高く思えた。

 金や権力などではない、まさに純粋に名誉と栄光を求めている。


「それでは、志望する班は?」


「探索班だ。一番危険だからこそ、最も栄光に近い」


 トーマスは堂々と答えた。


「最後の自己アピールをどうぞ」


「俺より魔界に詳しいヤツはいねぇし、これまでの戦場経験も活かせると思うぜ」


 結果はもちろん合格。

 トーマスは入社し、探索班に配属となった。


 

    *


 それなりの時間を掛け、帰還者たちの面接は終了した。

 一癖も二癖もある者たちばかりだったが、ほとんどを採用とした。


 そして、魔界未経験者たち面接が始まった。

 ここからが面接の本番といえる。


 帰還者たちというのは実際に魔界に行って帰ってきた実績がある。

 つまり、一定の適性が保証されているのだ。


 その一方で、これから面接する者たちは魔晶石に適合性があるというだけなのだ。

 とはいえ、帰還者たちだけでは到底人数が足りない以上は多くの魔界未経験者たちを採用しなければならない……。


 つまりは、内容的にも人数的にもここからが本番なのである。


    *


 最後の候補者が現れた。

 流れるような銀髪が印象的な若い女。

 その姿はあまりに美しく、同時に冷たい印象を抱かせる。


「お名前をどうぞ」


「クラリッサ・アークライトです」


 女――クラリッサは涼やかな声で言った。


「教会騎士にして司祭、つまり聖騎士か。すんごいのが来たね」


 アーヴィンは目の間の女と手元の書類を見比べる。

 現地局への志望者というのは、トーマスのように立身出世目当てか、もしくは単純に金銭目当てが多い。

 しかし、彼女はそのどちらでもないだろう。


「では、面接を始めるよ。志望動機をどうぞ」


「“天啓”がありましたので」


 クラリッサはさも普通のことかのように答えた。


「もう一回言ってもらえるかな?」


 アルヴィンは渋い顔をして聞き返した。


「“天啓”がありましたので」


 一言一句違わぬ回答が返ってきた。


「なるほど、聞き間違いではなかったみたいだね。それじゃあ、その“天啓”の内容を教えてもらえるかな」


「『魔界へ向かいなさい――約束の地にて待つ』――以上です。ちょうどその直後に、公社が人員を募集していることを知り、テストを受けました。そこで、天啓が間違いないこと確信しました」


 確かに、クラリッサは魔晶石に対してとてつもない適合性を持っている。

 何か運命的なものを感じても不思議ではない。

 そもそも、“天啓”が不思議なのだが……。


 天啓は思い込みなのか、それとも本当なのか。

 アルヴィンは判断できなかった。


「今回の応募について、教会騎士団は?」


「許可はいただいています。最近は騎士団も暇ですので」


「志望所属先は?」


「探索班です」


「それはどうしてかな?」


「いち早く約束の地に到達できそうですのですので」


「そ、そうかもね……」


 とにかく天啓を受けたという設定は押し通すつもりらしい。

 もしかしたら本当に受けたのかもしれないが……。


「それじゃあ、最後の自己アピールをどうぞ」


「司祭ですので、教会の儀式ができます」


 ちょっと変わった人物だが、能力は圧倒的である。

 よって合格。


    *


 こうして膨大な労力を掛けて、帰還者たちと遜色ない変わり者が集まった。

 魔界に挑うというのだから、そうなるのは当たり前だった。

 

 だが、この結果にアルヴィンは満足していた。

 個々のポテンシャルは高い。

 後は、自分がどう指揮するかに掛かっているのだ。 


 王国の未来は自分たちに懸かっている。


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