第29話 動き出す世界
そして、激しい戦いが続いた。
続けられたこと自体が奇跡だった。
アルヴィンとトーマスは限界を超えた力を発揮した。
だがそれでも、徐々に傷つき、追い詰められていった。
回復できる仲間がいないということは、それだけ脆弱なのだ。
一方で、魔王はダメージを負ってもすぐに回復してしまう。
「さぁ、次はどうする? 大方、ここにたっぷりとある魔晶石を使って、どうにかできないかと考えているのだろう? はてさて、そう上手くいくかな」
魔王は見透かしたつもりで言ったが、別にそんなことは考えていなった。
なぜなら、もう何もできそうにないからだ。
もはや精も根も尽き果てている。
「……痛いよ……苦しいよ……死にたくないよ……クラリッサ……」
突然、アルヴィンはそんな泣き言を口にしたのだ。
「社長……」
その様子をトーマスは悲しげな目で見ている。
「ハハハハハハハハ!! 何を言っている? 気でも狂れたか?」
「……クラ……リッサ……」
アルヴィンはただそう呟くだけだった。
もはや立っているのがやっとだった。
「……つまらん、そろそろ殺すか」
魔王はそう言って、アルヴィンの首を掴んで持ち上げた。
「ぐぅっ……」
アルヴィンは苦悶の声を上げる。
「んにゃろっ!!」
トーマスが飛びかかるが、簡単にふっ飛ばされてしまった。
「焦るな。そう時間は掛からん。すぐに貴様の番だ……。いや、時間を掛けた方が楽しめるか……?」
だが、次の瞬間、信じられないことが起こった。
アルヴィンの傷が見る見る癒えていくのだ。
魔王に何か考えがあるのかと思ったが、どうも様子がおかしい。
「ど、どういうことだ……まさかこの女が……!?」
魔王は手を離して、激しくうろたえ始めた。
「や、やめろぉおおおおおおおお!? うぉおおおおおおおおおおおっ!!」
そして、魔王の翼は消滅した。
「――魔王を倒さなくては」
魔王はそんなことを呟いた。
いや、すでに魔王は魔王ではなかった。
大切な仲間である、クラリッサ・アークライトに戻っていた。
「クラリッサ! 元に戻ったんだね!」
涙ぐむアルヴィンに対して、クラリッサはいつも通りの冷ややかな視線を向けた。
だが、それがまたアルヴィンを安心させた。
「魔王を倒さなくては! 魔王の正体はこの島そのものです!」
「なんだって!?」
「マジかよ……」
衝撃の発言にアルヴィンとトーマスは驚く。
「あれが魔王のコアです! あれを破壊しない限り、魔王は別の誰かの身体を乗っ取ります!」
クラリッサは大樹を指差した。
「確かに今考えれば、魔王はあの樹を庇っていたような気がする」
「ああ、俺もそう思うぜ」
だが、あれほどの実力差があったのだ。
気がついたところでどうにかできたのか?
どちらにせよ、機会はやって来た。
「よし、叩き折ってやるぜ。かなり太いが、がんばればなんとかなるだろう」
回復してもらったトーマスはハルバードを握り、巨大な魔晶石に突っ込んでいった。
渾身の力でハルバードを振るう。
だが、大樹には傷1つ入らない。
「バカな!? 樹がこんなに硬いのか!?」
「大樹は魔術で自身の強度をとてつもなく上げています」
「ちっ、無駄な抵抗をしやがって……」
トーマスは苛立っている。
いや、トーマスだけはない。
アルヴィンもクラリッサも苛立ち、焦っている。
すぐに破壊できなければ、次はもう機会は訪れないかもしれない。
魔王の本体を破壊しなければ、何も安心できないのだ。
「今度は僕がやってみよう」
「できるのか!?」
「急いで周囲から魔晶石を集めてきてほしい」
3人が動き出したその時、大樹に
そこから出てきたのは――ヴィクター・バークダインだった。
「バークダインだってっ!?」
3人は目を見開いた。
バークダインは死んだはず。
だが、少なくとも姿は瓜二つだ。
「おそらく、ここに来る途中で襲ってきやがったヤツと同類だ!」
「気を付けて! あの時よりすごい魔力が感じられる!」
「『魔王の影』です。一時的な存在ですが、戦闘能力は侮れません」
魔王の影は剣を抜いて、襲い掛かってきた!
トーマスが先頭に出る。
「コイツは俺と聖騎士サマでなんとかする! 社長は石集めをやってろ!」
「わかった!」
そういうと、アルヴィンは離れた。
「私を依り代にしていた時ほどのパワーは出せませんが、油断はしないでください」
「おうっ!!」
影といえども、巧みな剣術は健在である。
とはいえ、トーマスとクラリッサのコンビネーションも阿吽の呼吸だ、負けてはいない。
やがて、影はその姿を変えた。
「なっ!?」
その姿はトーマスであった。
「目の前で変身されて、惑わされたりしません! 気配が違いすぎます!」
その言葉通り、クラリッサはまったく動揺せずに剣を振るう。
影は次々と姿を変えた。
クラリッサ、カーシュ、ボーレン。
初めて戦う相手でも、
「そんな防衛的な戦い方じゃ、そのうち本体の方を燃やされるぞ!?」
トーマスは煽りが効いたのか、今度はウェインに姿を変えた。
影は距離を取って、黒炎弾を放った。
「だが、聖騎士サマなら問題ないだろ?」
「いえ、今度は力負けします。まともに防ぐ気にはなりません」
しれっと言うクラリッサ。
「なんだと!? それは話が違うぜ!」
「まぁ、当たらなければいいんですよ」
クラリッサは微かに笑みを浮かべた。
影はクラリッサに向けて黒炎弾を放った。
それに対して、クラリッサは蔓を伸ばす。
蔓に黒炎が着火し、クラリッサに向かって燃え広がる。
だが、クラリッサが蔓を消すと、黒炎も消えた。
今度は紅蓮の火炎弾を放ったが、クラリッサは蔓をムチのように振るって弾き飛ばした。
「やるじゃねぇか! さすが聖騎士サマだぜ!」
「魔術こそが至高にして唯一の武器――魔王の言っていたことが少しわかりました」
「そもそもだぜ、俺たちさっきの戦いでかなりレベルアップしてね?」
そして、影はアルヴィンの姿となった。
火球を飛ばすが、トーマスはハルバードで容易く両断する。
「ほらな、やっぱりそうだろ?」
そこへ、アルヴィンがたくさんの魔晶石の欠片を持って戻ってきた。
「よっしゃ! 社長が戻ってきたぜ!」
トーマスはガッツポーズをした。
「さぁ、最後の勝負だッ! 魔王ッ!!」
魔晶石が激しく輝き燃え始めた。
巨大な火の鳥が生まれ、大樹に向かって突っ込んでいく!
影は大樹を庇うが、圧倒的な力に飲み込まれて、消えてしまった。
「うぉおおおおおおおおおおおおお、消え去れぇええええええええ!!」
大樹が焼け崩れていく。
――グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
空洞の中に断末魔の叫びが響き渡る。
そして、大樹は消し炭になった。
周囲の魔晶石からも輝きが失われていく。
つまり、鉱床を輝かせていたのは魔王だったのだ。
「や、やった……」
暗黒の中、アルヴィンはその場にへたり込んだ。
「やったな、社長!」
「とりあえず暗いので、明かりを点けてもらえませんか?」
はしゃぐトーマスと対象的に、クラリッサは冷静だった。
「そ、そうだね」
アルヴィンは火球を浮かべる。
周囲が少しだけ明るく照らされる。
「さぁ~て、帰る前にここの上質な魔晶石をいただくとするか!」
意気揚々と魔晶石に近づくトーマス。
だが、突然、足元が揺れだした。
「いけません! 大樹が破壊されたことで、浮遊島全体が崩れます!」
揺れはどんどん激しくなる。
「急いで出よう! ストームが待っている」
3人は大急ぎで洞窟の出口へと向かった。
「よし、出た!」
その瞬間、足場が崩れ、クラリッサが浮遊島から落ちてしまった。
「クラリッサ!」
この高さから落ちては、身体強化していていても助からない。
せっかく助けたばかりの仲間を失ってしまうのか――!?
だが、そうはならなかった。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ストームが落下するクラリッサに急速接近し、受け止めた。
「僕らも行こう!」
「おうっ!!」
アルヴィンとトーマスもストームの背に飛び乗る。
「ここから離れるんだ、ストーム!」
3人を乗せたストームは、器用に落下物を避けながら、浮遊島から離脱した。
十分に離れたところで振り返る。
浮遊島は崩れて、真下の湖に落ちていく。
「助かったね」
「ああ……」
そして、一行は帰路についた。
「しっかし、コイツもよく俺たちを運んでくれたな」
トーマスはポンポンとストームの背中を叩きながら言った。
「私がそう指示しましたから」
クラリッサはさも当然といった感じで言った。
「魔王に乗っ取られている間も、ストームの制御は続けていたのか。やっぱりクラリッサはすごいね」
「いえ、そもそも悪魔に騙されて、魔界までのこのこ来てしまいました」
「それじゃあ、やっぱり“天啓”って……?」
「おそらく、魔王が私を呼び寄せるために……」
「な、なるほど……」
「さらには身体を乗っ取られるなど、聖職者として恥ずべきことです。死にたい……」
「せっかく助けたのだから、早まっちゃだめだよ! 別に大した被害も出ていないし……」
確かに、魔王との戦いは壮絶だった。
ただ、実際に戦ったのはアルヴィンとトーマスだけである。
あとはクラリッサ自身。
「ああ、自殺は禁じられていました」
クラリッサは急に元気になったらしい。
カーティスタウンに戻る途中、アルヴィンはずっと悩んでいた。
今回の件、他の社員たちにどう説明すればいいものか……。
*
そして、彼らはカーティスタウンに帰ってきた。
「見ろ! ドラゴンだ!」
「人が乗っている! 社長たちだ!」
社員たちはアルヴィンたちの生還を大いに喜んだ。
アルヴィンは社員たちに事情を話すと、彼らは驚きつつも素直に納得した。
その日の夜は、盛大な宴会が行われた。
「ついに、魔王を倒したんだぜ? 魔物の王様! これで俺たちは怖いもんなしだぜ!」
トーマスは上機嫌に言った。
「こらこら、調子に乗っちゃいけないよ、トーマス。実力では圧倒的に負けていたんだから」
アルヴィンはトーマスは嗜める。
そんなアルヴィンも笑顔だ。
「あの慎重だったトーマスさんが懐かしいですね」
皮肉を口にしたクラリッサであったが、それでも微かに笑みが溢れていた。
「堅いこと言うなって、また探索に出るときは慎重で堅実な俺サマを見せてやるよ! ガハハハハハ!」
「しょうがないなぁ……」
「ところでよぉ、社長。例のハナシはどうなってるんだ?」
「例のハナシって……」
「俺を騎士にしてくれるってヤツに決まってるだろ!」
「ああ、すっかり忘れていた!」
アルヴィンは目を見開いて言った。
「なんだとぉ!!」
「じゃあ、今からトーマス・ウォーカーは僕の騎士だ。その称号にふさわしい精進を期待する」
トーマスは泣いて喜んだ。
戦い続けた人生で、ようやく掴んだ栄光であった。
社員たちはこれを盛大に祝福した。
*
魔王との戦いから1ヶ月が経過した。
いつも通り定期船が到着したが、今回はとんでもない報せを運んで来た。
「えーっと、バートランド王国が魔界開拓公社を送り出したって!?」
手紙の内容にアルヴィンは驚いた。
「マジかよ!? いよいよ戦争か?」
トーマスも驚いた。
「予想通りの展開です。特に慌てることはありません」
クラリッサはあまり驚いた様子を見せなかった。
そう――他の国々も虎視眈々と魔界を狙っているのだ。
また、本国では魔晶石適合者――魔術師の戦争への投入を開始。
大きな戦果を挙げているという。
人類未踏の地を中心に、世界が大きく動き始めた。
とりあえず、エルヴェネラ王国魔界開拓開始の物語はここまでにしておこう。
だが、彼らの奮闘はまだまだ続くだろう。
そして、大きな歴史のうねりを生み出していくはずだ。
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