第28話 浮遊島の戦い

 それから間もなく、またしても奇妙なものが見えてきた。


「あれは……島が浮いているのかな……?」


 そう、アルヴィンの言葉通り、島が浮いているのだ。

 島の真下は湖になっている。

 

「さすが魔界といった感じだな」


 魔界では、しばしば岩が宙に浮かんでいる光景を目にする。

 だが、それらとはあきらかに大きさが違う。

 これまでで最も異常な場所に来たのだ。


 島の上空に到達すると同時に、ストームはスピードを落とす。

 そして、またしてもアルヴィンたちは信じがたいものを見た。


「どういうことなんだ!? 魔界に建築物が――!? 伝説は本当だったのか!?」


「今は使われている形跡がない。遺跡ってヤツか……」


「興味深いけど、ここを調査するのは難しそうだね……」


 アルヴィンは苦笑いした。


 そしてストームは浮遊島に降り立った。

 そのすぐ近くには洞窟の入口があった。


「ここにクラリッサがいるのかい?」


 ストームは言葉では答えなかったが、アルヴィンは確信できた。


「コイツの大きさでは入るのは厳しそうだな」


「そうだね。ストームはここで待っていて」


 アルヴィンがそう言うと、ストームは丸くなった。

 おそらく休む姿勢だろう。


「さぁ、行こう!」


「おう」


 アルヴィンとトーマスは洞窟の中に入っていった。

 入ってすぐ、アルヴィンは火球を浮かべた。


 慎重に奥へ進んでいく。


「社長は仲間を大事にする良いリーダーだ」


 突然、トーマスはそんなことを言い出した。


「急にどうしたんだい?」


「だからこそ、逆に心配だぜ。最悪、聖騎士サマと戦うことを覚悟しろ。むしろ、その可能性が高い」


「……そうだね」


 アルヴィンはそう返した。

 このことは薄っすらと考えてはいた。

 トーマスに言われたことで、やはり無視できない可能性であることを思い知った。


 しばらく進むと至るところにぼんやりと光るものが見え始めた。

 2人にはそれが何かすぐに理解できた。


「これは……魔晶石の鉱床……?」


「誰も使ってもいねぇのに光ってやがる。不気味だ」


 魔晶石というのは適合者が触れていないと発光することはない――はずだった。

 つまり、これはかなり奇妙な光景である。


「それだけここが特別な場所なんだろうね」


「今使っているやつより、かなり品質が高い。アレを使って腕輪にしておこうぜ?」


「そうだね」


 ハンマーで魔晶石を小さく砕く。

 そして、魔晶石を嵌め込んていない腕輪を取り出した。


 最も理想的な欠片を選び、公社特性接着剤で腕輪に取り付けたら、とりあえず簡易魔晶輪の完成だ。

 腕輪を嵌めてみれば、今までより遥かに魔力が向上したことが実感できた。


「バークダインに近い魔力を得られたんじゃないかな?」


「そうだな。なのに全く安心できないぜ……」


 本来なら、技術班が精密な加工をして腕輪に嵌め込む。

 だが、アルヴィンはブライアンに、採取したその場で腕輪にできないかという相談をしたのだ。

 その結果、この方法に到達した。


 ……………………。


 …………。


 さらに奥へ進むと、一際巨大な空間に出た。

 アルヴィンの火球が必要ないほど明るい。

 

 そして、1本の大樹が鎮座していた。


「洞窟の中に木だって……!?」


「気をつけろ! とてつもなく危険な気配がする」


 周囲には草花が咲き乱れている。


 日光が届かず地面も硬い洞窟の中としては異常な光景だ。

 だからなのか、葉の色は緑ではなく紫である。


 そして、大樹の前には長い銀髪が印象的な女が佇んでいた。

 クラリッサである。

 ただ違うのは、背中から白い翼が生えていることだった。


「クラリッサ!!」


「聖騎士サマ!!」


 2人の呼びかける声が響く。

 クラリッサはゆっくりと余裕を持って振り返る。


「やはり来てしまったか……。いや、せっかく戻ってきたのだ、歓迎するべきだな」


 少なくとも、その視線はは苦楽を共にした仲間に対して向けられるものではない。


「クラリッサ! 一緒にカーティスタウンに帰ろう!」


 アルヴィンは必死に呼びかける。


「この身体は我のものだ」


 クラリッサはそう返した。


「なんだって!?」


 アルヴィンたちは確信した。

 やはり何者かがクラリッサを操っている。


「お、お前は何者だ?」


 アルヴィンは問う。


「我は魔界を統べるもの、魔物の王、『魔王』である」


 操られているクラリッサ――いや、魔王はそう答えた。


「一体、何が目的だ?」


「――世界の支配」


 アルヴィンの問いに対して、魔王はあっさりとそう答えたのである。

 

「馬鹿な!? そんなことが――」


 あまりにも壮大な目標。

 本来ならば誇大妄想も甚だしい。


 だが、目の前の存在にはそれが可能に思える。

 それだけの尋常ならざる存在感があるのだ。


 驚いたアルヴィンのたちの顔を見て、魔王は微かに笑みを浮かべる。


「この身体を得た今ならばできるぞ。魔界の生物を操り、軍団を結成するればな」


 あまりの内容にアルヴィンとトーマスは絶句した。


 確かに、魔物の強さは桁違いだ。

 本国に現れたらひとたまりもない。


 そして、魔界は広い。

 一体どれほどの魔物が生息しているのか……?


「これだけは訊ねておきたい。魔界には人が住んでいた痕跡がある。あの文明はどうなった?」


「我の支配を受け入れなかった愚かな人間どもは、死んだか、魔界から逃げ出した」


 魔王はやや不機嫌そうな顔をして答えた。


「なんということだ……」


 アルヴィンたちは唖然とする。


 おそらく、かつて魔界に住んでいた人々は、魔物に対抗できる力を持っていたはずだ。

 その彼らが逃げ出したということは、それだけ魔王が脅威だったということなのだ。


「さて、この身体を海の向こうから運んできてくれたこと、感謝するぞ。褒美に我のしもべにしてやってもいいが、どうする?」


 魔王は嬉しそうに笑いながら言った。


「断るッ!!」


「当然だよな!!」


 アルヴィンとトーマスは当然のように拒否した。

 この取引を受け入れるようならば、最初から魔界になど来ない。


「ハハハ、ならば死ね!」


 魔王は笑ったまま言った。


「それも断るッ!」


「ふっ……我儘な奴らよ……。よかろう、遊んでやる。丁度良い玩具もあることだからな」


 そう言って魔王は剣を抜き、じっくりと観察した。


「玩具だって……?」


 アルヴィンは眉をひそめる。

 近年は銃火器が普及した結果、刀剣類が装飾品と成り下がった側面は否めない。

 だが、あの剣は公社の技術班が魔物と戦うために丹精込めて作り上げた武器なのだ。


「そうだろう? 魔術こそ唯一にして至高の武器だ。魔術を十分に扱えないからこんなものに頼らなくてはならんのだ」


「それは――」


 悔しいが、アルヴィンには魔王の言ったことが理解できた。

 自分たちは魔術の可能性をどれだけ知っているのだろうか?

 魔術の底知れなさは、そのまま魔王の恐ろしさなのだ。


 魔王は剣を構える。

 剣を馬鹿にしているのに様になっている。

 そのことが一層、アルヴィンを苛立たせた。


「やるしかないのか……!?」


「そうらしいぜ……」


 アルヴィンとトーマスは武器を構える。

 それに応じる形で、魔王もゆっくりと剣を構えた。


 旋風が巻き起こる。

 とてつもない威圧感を覚える。

 明らかにクラリッサの魔力を上回っている!


「貴様らの能力は知っているぞ。この洞窟の魔晶石を拾ったところでたかが知れたもの。一方で我は、前回以上の力を引き出せるのだ」


 魔王は余裕の笑みを見せた。


「なんだって!?」


 前回というのはバークダインのことを指しているのだろう。

 やはり、バークダインは魔王に操られていたのだ。


「早速見せてやろう!!」


 魔王が接近戦を仕掛けてきた。

 当然、アルヴィンとトーマスは応戦する。

 魔王の剣術は凄まじく、2人を相手にしても全く遅れを取らない。


「ハハハ、どうした? アルヴィンとやらは前回よりも技のキレがないぞ?」


 魔王は嘲笑う。


「ちっ、やはりそうか……! 社長、聖騎士サマのことは諦めろッ!!」


 トーマスは叫ぶ。


「それしかないのか……」


「仲間に本気は出せないか? まぁ、出せたところで勝てんぞ?」


「これならどうだ!!」


 アルヴィンは距離を取って、歯を食いしばって火球を投げつけた。


「甘いわッ!!」


 魔王は軽々と火球を両断する。


「その余裕が命取りだぜ? 魔王サマよッ!!」


 次の瞬間、魔王は片膝を突いた。

 トーマスが重力を操作して、魔王の身体を重くしたのだ。

 この隙に魔王を攻撃しようとハルバードを振りかぶったが、今度はトーマスが膝を突く。


「なにッ!?」


「貴様ができることを、魔王である我にできないわけがないだろう?」


 魔王はトーマスに向かって火球を投げつける。

 避けるのは難しいと判断したトーマスは鉄の壁を作り出して防御した。


「ここの上等な石だ! 喰らえッ!」


 アルヴィンが空中に放り投げた魔晶石を斬ると、光の刃が魔王に向かって襲いかかる!

 バークダインとの戦いで見せた技だ。


 だが、魔王はトーマスのように鉄の壁を作って、その攻撃を防いだ。


「防がれた!?」


 アルヴィンは目を見開く。


「わざわざ石を消費しないないと、その程度の攻撃もできないのか?」


 魔王はわざとらしく呆れた様子で言った。


「なにっ!?」


 先程の攻撃は、まさに“必殺技”と呼べるものだったはずだ。

 それを“その程度”とは……?


「ほれ」


 魔王が剣を振るだけで、光の刃が生み出され、アルヴィンに向かって飛んでいく。

 アルヴィンは間一髪でそれを避けることができた。


「なんということだ……」


「嘘だろ、おい」


「これならどうだ!!」


 アルヴィンは大量の魔晶石を燃やし、火の鳥を作り出した。

 バークダインを仕留めた技である。


「それならば、我も……」


 魔王はニヤリと笑うと水の鳥を作り出した。

 アルヴィンと違い、魔晶石を消費していない。


「火の鳥よ、羽ばたけッ!!」


「水の鳥よ、行けッ!!」


 ――ドバアアアアアアアアアアアアアアン!!


 火の鳥と水の鳥が激突し、水蒸気爆発が起こった。


「なかなか面白かったぞ。さて、ようやくこの身体に慣れてきたところだ。さぁ、次はどう楽しませてくれるのかな?」


 魔王は手を叩いて喜んだ。

 アルヴィンとトーマスはこれ以上ないくらい険しい顔をしている。


「なぁ、社長」


「なんだい?」


「俺を騎士にしてくれるってハナシはどうなったんだ? そろそろ十分な功績を積んだだろ?」


 トーマスは突然、そんなことを言い出した。


「ああ、すっかり忘れていたよ」


「じゃあさ、もし生きて帰れたら、俺を騎士にしてくれよ」


「父上じゃなくていいのかい?」


「ああ、社長でいい。いや、社長の方がいい」


「わかった、約束だね」


 2人は固い約束を交わした。

 だが、すべては魔王を倒し、無事に生還できればの話である。

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