第27話 天使

 かつて人々は『楽園』と呼ばれる場所に住んでいたという。

 だがある時、魔物の王である『魔王』が現れて人々の暮らしを脅かすようになった。


 神は人々を外の世界に避難させたという。

 いつの日か、この場所に戻れることを“約束”して。

 そして、『楽園』は『魔界』と呼ばれるようになったという。

 

 これはただの伝説か、それとも……。


          *


 ある夜、警備班のメンバーがそれを目撃したのは全くの偶然であった。


「クラリッサさん! こんな夜中にどうしたのですか?」


 クラリッサは声を掛けた男を一瞥すると、すぐに外方そっぽを向いた。


 次の瞬間、驚くべきことが起こった。

 クラリッサの身体全体が光り輝くと、彼女の背中から白い、大きな翼が生えたのだ。


「て、天使……」


 警備班の男は思わずそんな言葉を発した。

 クラリッサは翼をはためかせて、夜空に消えていった。

 男はすぐに警鐘を鳴らす。


 ――カンカンカンカン!


 社員たちが慌てて起き出した。

 魔物の襲撃かと焦ったが、どうも様子がおかしい。

 カーティスタウンが異様な雰囲気に包まれた。


「何があったんだい?」


「クラリッサさんに翼が生えて、そのまま飛んでいってしまいました……」


「――え?」


 男の説明に、誰もが見間違いを疑った。

 しかし、ここは魔界である。

 

「とりあえず、クラリッサを探そう!」


 すぐに簡単な捜索が行われた。

 宿舎はもちろん、カーティスタウンのどこにもいない!

 確かにクラリッサはいなくなっていたが、何もわからないということで、翌朝に持ち越すことになった。


 ……………………。


 …………。


 そして、朝になった。


「クラリッサ……」


 アルヴィンは呟いた。


 恐るべきことにほとんど手がかかりがないのだ。

 偶然見かけた警備班の男の証言――これだけが唯一のまともな情報である。

 それもあまりにもとんでもない内容であり、変なクスリでも疑われかねない内容である。


 だが、証言に一切の矛盾はなかった。

 クラリッサの私物は、彼女が普段身に着けているもの以外はそのまま残っていた。


「まったく、聖騎士サマはよぉ……」


 トーマスも愚痴る。

 

「一体、どこに行ってしまわれたのでしょう。まさか、あの天啓というのは本当で、約束の地に行ってしまわれたのでは……?」


 ミアはそんなことを言った。


「今まで黙っていたことがあるのだけど――」


 アルヴィンのその言葉で、一気に場の緊張感が高まった。


「ああ、アレをついに言うのか……」


 トーマスだけが、それを知っていた。


「魔界には『魔王』がいる」


 周囲の社員たちは呆気にとられた。

 トーマスを除いて。


「バークダインが死に際に言っていたんだ」


「それを信じるのですか?」


 ミアは訝しんだ。


「いや、確かに戦いっている最中から様子がおかしかったんだ。とはいえ、何か確信があるわけじゃないから黙っていたのだけど」


 アルヴィンの言葉は歯切れの悪い。


「そうだったのですか……。ですが、そうなりますと天啓というも……」


「ああ、おそらく、神ではなく魔王の声だね……」


 アルヴィンは険しい顔をして言った。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 突然、咆哮と共に、ストームが降り立った。

 社員たちはざわめき立つ。


「の、農場はどうしたのかな……?」


「まさか、聖騎士サマの制御が切れたのか!?」


 一同は最悪のケースに備え、身構える。

 だが、ストームは暴れ出す様子はない。


「も、もしかして、クラリッサの居場所を知っているんじゃない?」


 ストームは言葉では答えない。

 ただ静かにアルヴィンを見つめた。


「う~ん、暴論かもしれんが、他に手がかりもねぇしな」


 トーマスは渋い顔をしながら言った。


「よし、僕はストームを信じる! トーマス、準備をしよう!」


「信じるも何もストームは何も言っていないが……。まぁ、言わんとすることはわかる」


 大急ぎで準備を終わらせ、アルヴィンとトーマスはストームに乗った。


「さぁ、クラリッサの所へ連れて行ってくれ!」


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 ストームは空に向かって激しく吠えると、内陸方向へ飛び立った。


 ……………………。


 …………。


「トーマス、魔界って広いね」


 突然、アルヴィンはそんなことを言い出した。


「何を今更……」


「今はすごい速さで通り過ぎているけど、いずれは隅々まで探索しないといけないね」


「美味しいところだけ摘み食いできねぇかな~?」


 トーマスはトボけた口調で言った。


「それは無理だよ」


 アルヴィンは笑う。


「人手も時間も異常なレベルで必要だな。それこそ、戦争なんぞ比にならないくらいだ」


 トーマスはため息をついた。


「今は開拓のための足場作りだから人を厳選しているけど、その足場が固まったら、もっと多くの人を入れてもいいと思っている」


「本国でもそんなことを言っていたな。はてさて、いつのことになるやら――」


 次の瞬間、トーマスはふと後ろを振り返った。


「おいっ! 何かが近づいてくるぞ!」


「この空でかい?」


「この空でだ! ありゃ、ドラゴンだぜ!?」


 さらに驚くべきことに、そのドラゴンには人が乗っているのだ!


「まさか空でやる気か!?」


 ドラゴンに乗っている人物はトーマスと同じようなハルバードを構え、振るう!

 それをトーマスもハルバードで防ぐ!

 その瞬間、アルヴィンたちはとんでもないものを目にした。


「どういうことだ!? あれはトーマスだ! トーマスが2人いるのか!?」


「知らねぇ!! 俺は俺だけだッ!!」


 トーマスそっくりの誰かが乗ったドラゴンはすぐに離脱していった。

 それと同時に、前方から別のドラゴンが現れた。


「また誰か乗っている!」


「嫌な予感がするぜ」


 ドラゴンに乗っている何者かは、掌の上に火球を作り出し、投げつけてきた!


「避けるんだぁ!」


 アルヴィンの声に反応して、ストームは急旋回する。


 ――ドオオオオオオオオオオオオオン


 強烈な爆発が起きたが、何とか直撃は免れた。

 次の瞬間、火球を投げつけてきた何者かの姿をはっきりと見た。


「――社長!?」


「――僕!?」


 今度はアルヴィンの姿をしていた。

 このドラゴンもすぐに離れていった。


「現れたはすぐに消えた――一体何だったんだ」


「もしかしたら、“警告”かもな……」


「よし、無視して先に進もう」


 その言葉に従って、ストームは再び同じ方向を目指して進み出した。

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