第26話 収穫祭
季節はいつの間にか秋に移っていた。
その日のカーティスタウンは特に活気に満ちていた。
最近は続々と畑で作物が収穫されている。
これは公社にとって非常に大きな進歩であった。
持続可能性的観点から、農作物は必要不可欠なのだ。
これを祝って収穫祭が行われることとなった。
広場には、様々な作物が“見本”として籠に入れて並べられている。
当然、作物によって収穫時期は異なるが、ついに出揃ったということだ。
「魔界史上、最高に豪華なご馳走だぜ!」
エドワードがそう豪語するのも無理はない。
何せ新鮮な野菜が使えるのだ。
トマトと豆のサラダ、ベイクドポテト、直火焼きコーン――
今回の料理は畑の作物が主役だ。
もちろん、研究に研究を重ねたエドワード特性ソースが素材を引き立てる。
高級酒が惜しげもなく振る舞われる。
今はまだ“輸入”したものばかりだが、いずれはこの地で作られるようになるだろう。
「ついに、僕たちは魔界でも農作物の収穫に成功した! ありがとう、ルイーザ! そして農業班のみんな!」
アルヴィンはルイーザの手を取りながら、農業班を労う。
「確かに農業班の皆さんは素晴らしい仕事をしてくださいました。ですが、カーティスタウンの皆さんが、ここの生活を支え、危険から守ってくれました。魔界は厳しい地でありながらも、私たちに素晴らしい作物をプレゼントしてれました。だから、私は、大きな声で言いたい! ありがとう、カーティスタウン! ありがとう、公社! そして、ありがとう魔界!」
ルイーザの熱弁に人々は驚かされたが、すぐに大喝采が巻き起こった。
「ここまで盛り上げておいてなんですが、今年は収穫祭の主役である小麦を作っていません。そろそろ栽培開始しますので、来年にご期待ください」
この言葉に社員たちは大笑い。
「食材を見事に調理してくれた、調理班のみんな! ありがとう!」
「いずれは宮廷料理以上のものを食わせてやる! 楽しみにしていろ!」
エドワードはそう豪語するが、すでにその領域に達しつつある。
「料理には直接関わっていないみんなもありがとう!!」
ちなみに、今回作った農作物は、ほとんどこの収穫祭で食べ尽くしてしまう。
だが、それでいいのだ。
今年はあくまで実験的なものであり、来年から本格的に面積を広げていくのだ。
やがて音楽が聞こえ始め、社員たちは輪になって踊りだす。
まともな楽器はほとんどなければ音楽に秀でた者も少ない。
それでも、社員たちは木の板を打ち鳴らし、リズムを刻む。
クラリッサはその様子を外から椅子に腰掛けて眺めていた。
手には直火焼きコーンがあり、それをガブガブと食べている。
エドワード特製ソースが、焼いたコーンの香ばしさをさらなる高みへと引き上げていた。
「今回は大丈夫だったか?」
トーマスが話かけた。
「何が大丈夫なのでしょうか?」
クラリッサには何のことかわからないらしい。
ただ、呂律はしっかり回っているようだ。
「うむ、大丈夫だな」
クラリッサはしっかり禁酒令を守っていた。
やはり、彼女は真面目だった。
「やっぱりですね、牛乳が足りないと思うんですよね」
突然、クラリッサはそんなことを言い出した。
「何だよ、急に……」
「急ではありません。魔界行きの船に乗ったその日から、私は牛乳を1滴も飲んでいないのですっ!!」
クラリッサの力説ぶりにトーマスは目を丸くする。
確かに、現状、魔界で牛乳を飲むことはできない。
馬と同じ理由で牛も連れてきていないからだ。
そして牛乳自体は保存が利かない。
チーズやバターという形では牛乳を摂取できるが、そのまま飲むことはできない。
それについてクラリッサは憤慨しているのだ。
「ヤギからミルクが取れるじゃないか」
トーマスは言った。
捕まえたヤギの中には妊娠している個体もいた。
つまり、ミルクが取れるのだ。
「……あれも悪くはありませんが、何か違います」
クラリッサは奥歯に物が挟まったような言い方をした。
実際にコーンが挟まっているのかもしれない。
「あのエドワード特製粉牛乳が――ぐはっ!!」
そこま言ったところで、クラリッサの右ストレートが、トーマスの顔面にヒットした。
「何すんだ!?」
トーマスは当然怒る。
「あれが、牛乳の代用など、神に対する冒涜ですっ!!」
そう言われて、トーマスは冷静になった。
「まぁ、そうかもな……」
魔界に発つ前、エドワードは技術班と協力して、水に溶かすだけで牛乳っぽい液体が作れる粉末を開発していた。
だが、その味は――微妙だった。
基本的には調味料として使うらしい。
調理班と技術班には特に優秀な人材が揃っているができないことはできない。
まだまだ研究することはあるのだ。
「聖騎士サマ……そんなに牛乳が好きだったのか」
「当たり前じゃないですか!?」
そう、クラリッサは絡み酒というだけで、酒がすごく好き――というわけではない。
牛乳が異常に好きなのだ。
「牛かぁ……馬は代わりが見つかったが……」
「やはり、社長にお願いしてみましょう」
クラリッサは息巻く。
「そうだな」
トーマスは同意した。
頼むだけなら簡単だ。
どうやって達成するかはアルヴィンとミアが考えればいい。
ダメで元々である。
そんな無責任な考えをしていると、丁度、アルヴィンが通りかかった。
「何をお願いするって?」
「おう、社長! マジで丁度いいところに来やがった」
トーマスは笑顔で迎える。
アルヴィンは若干の不気味さを感じ取った。
「……どうしたんだい?」
意を決してアルヴィンは訊ねる。
「牛がほしいのです」
クラリッサは端的に言った。
「牛……?
「そうじゃねぇ。聖騎士サマが言っているのは、乳牛の話だ。いや、俺としては
「なるほど……乳牛なら次の船あたりで来ると思うよ」
アルヴィンは笑顔で答えた。
「本当ですか!?」
クラリッサの食いつきの強さに、アルヴィンは戸惑う。
「確実とは言えないけど、本当寄りかなぁ。そろそろ、家畜の導入も試していかないとね」
実はアルヴィンは乳牛を発注していた。
「まぁ、好きで魔物食ってるわけじゃねぇからな」
トーマスは苦笑いした。
エドワードたちの技術力で上手く調理しているが、基本的に家畜の方が美味しい。
「世話係だけじゃなく、見張りもそれなりに必要だよな?」
「まぁ、警備班の人員も増強するからね」
「肉牛は来ないのか?」
「それはまだだね。乳牛の副産物みたいな感じで多少の牛肉は食べられるかな」
「もうちょっと魔物でがんばるか……」
「もうちょっとでは済まないと思いますが……」
「ところで、魔界の牛って見たことないよね?」
「魔界の牛のミルクも美味しいといいですね」
「ああ、そうだな……。それ以前に管理できるような動物だといいがな」
そんなこんなで、カーティスタウンは大きな節目を迎えた。
そして同時に、これからの公社の拡大を予感するのであった。
*
それからすぐに、本国からの定期船が来航した。
そして、物資や人材の他に衝撃の情報が齎された。
特に目立ったのは、クラリッサ待望の乳牛である。
「モ~~♪」
呑気なその鳴き声はどこか安心感を与える。
一緒に付いて来た牛飼いたちが、カーティスタウンへ向けて牛たちを歩かせる。
案内と安全のために警備班も同行する。
クラリッサはその一行にしれっと付いて行った。
森の中に入り、牛飼いたちに緊張の色が見える。
慣れない環境で牛たちも落ち着きがない。
一方で、案内する警備班の者たちにとっては慣れた景色、気楽なものだ。
この道で魔物に襲われる確率は低い。
低いがありえないわけではない。
――ザザザザザザザ!!
茂みから不気味な音がし、巨大なオオカミたちが立ち塞がった。
それも5体もいる。
その低い確率を引いてしまったらしい。
というよりは、格好の“餌”が呼び寄せたのかも知れない。
初めて見る魔物に驚き戸惑い、そして怯える牛飼い、そして怯える牛たち。
「グルルルルルルルルルルルルルッ!!」
唸るオオカミたち。
「ちっ、数が多いな」
一行の先頭で武器を構える警備班の班員たち。
だが、さらに前に出る者がいた。
クラリッサである。
「おおっ、聖騎士様もご助力いただけますか!?」
「助力――? ここはすべて私に任せてください。その方が簡単です」
「――え?」
唖然とする警備班の者たちを尻目に、クラリッサは剣を抜いたかと思うと、一瞬ですべてのオオカミを両断した。
「後で、オオカミの死骸を運んでいただかなくてはいけませんね」
そう言って、再び最後尾に戻った。
警備班の者たちでも対応はできたであろう。
だが、ここまで簡単に倒せるのか?
次元の違いを見せつけたのである。
一行は無事にカーティスタウンに到着した。
この後、クラリッサは牛乳を横領して怒られた。
勝手に搾って飲んだのだ。
怒られている最中の彼女の表情からは微塵も反省の色が伺えなかったという。
また、乳牛の到着をクラリッサと同程度に喜んでいる人物がいた。
調理班のエドワードである。
そもそも、アルヴィンに乳牛の導入を要望していたのが、エドワードなのだ。
やはり、彼も粉末牛乳のクオリティには満足していなかったのだろう。
*
乳牛が到着してから1週間が経った。
「安定的に牛乳が手に入るようになった。いよいよ、アレを作りたいと思う」
エドワードは班員たちにそんなことを言った。
「水じゃなくて牛乳で煮出す、ロイヤルミルクティーですか?」
「それも悪くねぇな! だが、俺が考えていたのはそれじゃねぇ」
「それでは何ですか?」
「アイスクリームだよ!」
「「アイスクリーム!?」」
班員たちは驚く。
「最高級デザートのアイスクリームですか?」
そう、ほぼ貴族しか食べることができない、最高級デザートなのだ。
「そのアイスクリームだ。アイスクリームの材料を言ってみろ」
エドワードは目の前の班員に問うた。
「牛乳、生クリーム、卵黄、砂糖――でしたか?」
「そうだ。生クリームは牛乳から作れるので問題ない。卵黄は粉末でもなんとかなる」
保存性を高めるために卵黄を乾燥させて粉末にしたものが卵黄粉末である。
公社はこれにかなり助けられている。
「砂糖をたくさん使うのは……?」
砂糖は保存こそ効くので本国から輸送してもらえるが、価格が高いのが問題だ。
「社員を元気づけるためって言えば、社長も許してくれる」
「「そうっすね!」」
エドワードが提案すると、アルヴィンはすぐに許可を出した。
調理班はすぐに作り始めた。
まずは生クリーム作りである。
牛乳を腐らないように冷やしながら放置すると、脂肪分が浮いてくる。
これが生クリームである。
冷やすのには魔術で生成した氷水を使う。
卵黄粉末を水で戻し、ほぼ卵黄に近いナニカにする。
たくさんの金属ボウルを並べて、それぞれに材料を投入する。
材料を混ぜ、冷やしながら長時間撹拌する。
冷やすにはもちろん魔術を使う。
やがて、クリームはいい感じに固まり、アイスクリームとなった。
早速、社員たちに振る舞った。
口に入れれば、ふわりと甘く、冷たくも優しい刺激。
アイスクリームは社員たちに大好評!!
そもそも、アイスクリームを食べことがない人が大半であった。
「いやぁ、僕も魔界でアイスクリームが食べられるとは思わなかったよ。さすがエドワードだね」
「いや、魔界だからこそだぜ。王宮のヤツらじゃなくて、わざわざ魔界に来るようなチャレンジャーこそが、美味いもんを食うべきなんだ」
エドワードの王宮への対抗心は凄まじい。
正確には王宮の料理人か。
「ははは……」
これにはアルヴィンも苦笑いするしかなかった。
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