第25話 魔界の味

 調理場にて――。


「それでは先生、お願いしますッ!!」


 エドワードがクラリッサに言った。


「わかりました」


 そう答えて、クラリッサは目の前に並べられている植物の葉やら実やらキノコやらを手に取っていく

 キノコはすべて加熱済みだ。


「これは大丈夫、これはダメ、これもダメ、これは絶対ダメ、これは大丈夫――」


 クラリッサは何やら評価していく。

 これは有毒性チェックである。


 魔界ならではの新素材を探したいが、食べてみて中毒を起こしたらたまらない。

 本来、安全に毒性を確認するというのはかなり難しいのだが、幸いには公社にはクラリッサがいる。

 ということで、社員たちが食べられそうなものを集めてきて、調理前にクラリッサが判断するという形に落ち着いた。


 この判断能力は完璧であり、未だ中毒になった者はいない。

 ちなみに、キノコは未加熱の状態では多くが有毒であるため、加熱した状態で判断する。


「いやはや、クラリッサ先生の能力は素晴らしいな!」


「私を褒めても何も出ませんよ。神と教会を賛美しなさい」


 そう言ってクラリッサは去っていった。


          *


 ここまではただの準備である。


 エドワードが公社に入ったのは単なる金銭欲や功名心によるものではない。

 美食を――魔界ならではの新たな美食を求めてである。


 現状でも社員たちの評判は上々だ。

 だがそれは、魔界という特殊な場所にしては――というバイアスが働いているのだ。


 そうではない!

 魔界にしては――ではない!

 魔界だからこそ――を目指しているのだ!


 今、エドワードの目の前には多数の鍋が火に掛けられている。

 それぞれで異なる組み合わせから出汁を取っているのだ。


 一方で、乾燥させた植物の葉や実を混ぜてみたりもする。

 新しい香辛料を調合しているのだ。


 調理班は時間に余裕があればいつもこういうことをやっている。

 これまでかなりの試行錯誤を繰り返したが、エドワードは納得しなかった。


 魔界の素材はクセが強い傾向にあるからだ。

 だが、なんとかそのクセを利用できないかと研究を続けてきたのである。


 エドワードは出汁を小皿に入れて味見していく。

 そして衝撃が走った。


「――――!? これだ! この旨味だ!」


 エドワードが叫んだことで周囲の班員たちが振り返る。

 今まで見たことがない反応だ。

 エドワードは最も近くにいた班員に出汁を飲ませてみた。


「――――!? これは!? 材料は何ですか!?」


 エドワードは材料の書かれたメモを見せた。


「なるほど、あのキノコを使っているのですね。確かに焼いて食っても結構美味いですからね」


 この出汁を元にして、ソースを作ろうと思った。

 このキノコが本国の食文化に大きな影響を与えたのはしばらく経ってからである。


 ……………………。


 …………。

 

 幾多の試作の果に、それは完成した!

 芳醇な香り!

 圧倒的な旨味!

 強烈なコク!

 野性的ながらも上品な不思議な味!

 これこそが自分たちが求めていたもの!


「これだ! これこそが俺が求めていた“魔界の味”なんだ!」


 エドワードは自身の感動を言葉にした。


「すごいソースができましたね! これを作った料理を今日の夕食に出しましょう!」


 班員の1人はそう提案した。

 だが――


「バッキャロー!」


 エドワードは怒鳴った。


「え? まだ足りないのですか?」


 班員は困惑する。


「そうじゃねぇ、これほどの料理は特別な日に出さないとな」


「特別な日? ――あ!」


「おうよ、『収穫祭』よ! その日までに料理の詳細を詰めないとな」


「収穫祭でしたら新鮮な野菜がたっぷり使えますね」


「そのためには野菜料理に向けて、ソースをチューニングする必要があるな」


 こうして、調理班はさらなる料理の研究に勤しむのであった。

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