第24話 捕獲大作戦

 社長であるアルヴィンの下には日々、様々な要望が届く。

 居住環境に関してから、食事内容まで、その内容は様々だ。

 それらについて、実現可能性や優先順位を日々判断し続けている。 


 中でも最近多いのが、『馬がほしい』である。

 ブリゲードタウンとの間は距離があり、馬の必要性が強くなってきたのだ。


「そろそろ、馬を入れてみようと思うのだけど、どうかな?」


 馬というのは陸上では便利な移動手段であるが、海上では大きな荷物だ。

 高いコストを払って魔界まで運んできても、すぐに魔物のエサになってしまってはしょうがない。

 だからこそ、今まで導入を見送ってきたのだ。


「そうですね……。魔界で馬を導入するための問題点は解決されていません」


 少しの時間、ミアはどうするべきか考えた。


「いっそ、馬、あるいはその代替となる動物を魔界で探してみてはいかがでしょう?」


「そういえば、馬に似た動物の目撃証言はちらほらあるね」


「ええ。話では、角の生えた馬――らしいですね」


「伝説の『ユニコーン』とか?」


「聞くところによると、角は2本らしいですよ?」


「じゃあ、『バイコーン』……?」


「伝説を無理やり当てはめるのもいかがなものかと……」


 ミアは苦笑する。


「それもそうだね」


 釣られてアルヴィンも笑った。


「近づこうとすると、稲妻のような素早さで逃げるとか……。今までは深く追求しませんでしたが、探索の対象としてはいかがでしょう?」


「そうだね。クラリッサの力があれば上手くいくかもしれない」


 ……………………。


 …………。

 

 早速、アルヴィンはクラリッサの下へ行き、事情を説明した。


「――ということなんだけど、どうかな?」


「私の魔術を使えば、一時的には人間に対して従順にすることができます。その間に慣らせば魔術を解除しても家畜として使役できるでしょう」


 クラリッサは淡々と説明した。


「ストームもそのうち慣れるのかい?」


「いえ、ドラゴンは難しいでしょう。私が魔術を解除した瞬間、暴れ出すと思います」


「それは……残念だね……」


 これは、クラリッサに“何か”あればドラゴンが解放されてしまうということを意味しており、かなりのリスクだ。

 それでも、ドラゴンはあまりに便利なので、飼っているのだ。


「おそらく、馬に近い魔物でしたら大丈夫でしょう」


「問題は、どうやって捕まえるかだね。いや、それ以前にどうやって見つけるか……」


「それもアテがあります」


「ホントかい!?」


「ええ、お見せしましょう。来なさい」


 クラリッサがそう言うと、1羽の青い小鳥がやって来て、彼女の掌の上に止まった。


「この子たちに探させます」


「この子“たち”ということはたくさんいるの?」


「ええ、20羽ほど、同時に操作できます」


「それはすごい!」


「小さいですからね。私のキャパシティーも占有しないんですよ」


「なるほど……」


「とりあえず、これから小鳥を集めて、探索させます」


「集める?」


「ええ。この子を媒介として、同種に対して魔術を連鎖的に伝染させていていきます」


「すごいね……。えーっと、探す対象だけど、必ずしも馬じゃなくてもいいんだよ。ロバとかラクダとか、乗るのに適した動物なら何でも試してみたい。逆に馬であっても、あまりにも巨大過ぎたら困るからね」


「わかっています。見つけたらお知らせします。探索の準備をしてお待ちください」


「それじゃあ、待っているよ」


「はい。ただし、何日掛かるかはわかりませんが……」


「ま、まぁ、よろしく……」


 次にアルヴィンはトーマスの下を訪れた。

 トーマスは例の開けた場所でハルバードを振るっていた。


「――ということで、今、クラリッサに探してもらっているんだ」


「聖騎士サマはそんなことまでできるようになったんだな……」


 クラリッサの能力の便利さに唖然とする。


「とりあえず、探索の準備をしておいてね」


「まぁ、期待しないで待っておくぜ」


「期待はしなくても準備はしておいてね」


 そう言って、アルヴィンは事務室に戻っていった。


 ……………………。


 …………。


 3時間ほど経過して、クラリッサが事務室に現れた。


「見つけました」


 彼女は簡潔にそう言った。


「もう!?」


 アルヴィンは目を見開いた。

 ミアもすぐに理解して驚いた様子を見せた。


「運が良かったですね。これも神のお導きでしょう」


 成果を誇るでもなく、さも当然といった様子は実に彼女らしい。


「どんな動物?」


「ヤギですね」


「――大きさは?」


「乗馬用の馬程度です。一般的にヤギに乗ることができない理由は、体格が小さいからです。ですが、この体格なら乗れるでしょう」


「目撃されていた、角の生えた馬というのは、大きなヤギかも知れないね」


「『ユニコーン』や『バイコーン』の正体も、実は牛の一種ではないかという説があります」


「いいけどよ、ヤギに跨る騎士っていうのも違和感が……」


 トーマスは眉をひそめる。


「それは僕らの知るヤギが小さいからさ。乗ったら意外といい感じかもよ? それに、あるものを活用するのが僕らさ」


 アルヴィンは笑顔で言った。


「そうだな……」


 トーマスは納得したらしい。


「じゃあ、すぐに行こう!」


 アルヴィンたち探索班は“魔界の馬”こと大きなヤギを求めて、発ったのであった。

 場所や魔晶石ではなく、魔物を対象とした初の探索である。


 ……………………。


 …………。


 クラリッサの先導で森の中を進む。

 今回の目標はカーティスタウンから遠くないらしい。

 荷物が軽くて済む。


「そろそろです」


 その言葉で、身が引き締まる。


「あれじゃないかな?」


 アルヴィンは前方を指差した。

 50メートルほど先に何か動物がいる。


「デカいヤギだな」


 クラリッサがあらかじめ告げていた通り、体高は乗馬用の馬ほどであるが、ヤギとしては大きい。


「メェ~~~~♪」


 鳴き声はやはりヤギだ。

 呑気に草を食んでいる。


「とりあえず、ゆっくり近づこう」


 ヤギまで10メートル程度まで近づいたところで、ヤギの急にこちらを向いた。

 次の瞬間、ヤギが――消えた。


「姿が消えただと!?」


 アルヴィンはヤギがいた場所に駆け寄り、地面を観察した。


「いや、足跡がある。ものすごい速さで移動しただけだよ」


「捉えました、200メートル程度移動しています」


 クラリッサはしれっと言った。

 それを聞いて、アルヴィンとトーマスは目を見開いた。


「嘘だろ!? この森の中をそんな速さで!? 別個体じゃねぇか!?」


「いえ、同一個体です。噂通り、稲妻のような速さですね……」


 さすがは魔界といったところか。


「と、とりあえず、近くに行こう」


 アルヴィンたちは樹にぶつからない程度の速さで走り出した。


 ……………………。


 …………。


「トーマス、ちょっと訊いていい?」


「なんだ?」


「あのヤギっておそらく魔界ならではの種類だと思うのだけど、魔物なの?」


 魔界ならでは危険な生物を『魔物』と呼んでいる。

 あのヤギは逃げるだけ攻撃はしてこない。


「そんなの人間が勝手に区別しているだけだ。会議で自由に決めろ。あと、俺は魔物博士じゃない」


「そうだね」


「そろそろです」


 クラリッサの言葉で、アルヴィンたちは速度を落とす。


「見つけた!」


 アルヴィンがそう言うと、ヤギは首を上げて、耳を動かした。


「あれは警戒してやがるのか……?」


 トーマスは苦々しい顔をする。

 アルヴィンは背嚢から何かを取り出した。


「一応、リンゴとかニンジンとか、馬が好きそうなものを持ってきたのだけど……」


 エサを手に持って近づいてみる。

 ヤギは多少興味を示したように見えたが、またしても神速で去ってしまった。


「また逃げられたか……」


 トーマスは肩を落とす。


「一般的にヤギというのは好奇心が強いから、あそこまであからさまに逃げるとはね」


 アルヴィンは意外そうだ。


「魔界ですから、私たちが知るヤギよりも警戒心が強いのでしょう」


「でも、動きが見えるようになってきたよ」


 アルヴィンは笑みを浮かべる。

 彼らは再び、ヤギのいる方向へ走り出した。


 ……………………。


 …………。


 またしてもヤギが見える位置までやって来た。

 しかし、ここからどうすればいいのか?


「さて、何か作戦がねぇとな」


「僕に考えがある」


 アルヴィンは両の掌にそれぞれ火球を作り出す。


「まさか、それでダメージを与えて動きを止めようってか? さすがに乱暴だぜ」


 トーマスは呆れた様子だ。


「いや、違うよ」


 そう言って、アルヴィンは火球を投げた。

 2つの火球は弧を描いて、ヤギの向こう側に着弾し、爆発した。


 驚いたヤギは、反射的にこちら側に走ってくる!

 奇跡的な反射神経で、トーマスはヤギに跳び乗った!


 さらに驚いて走り回るヤギ。

 振り落とされないように角に掴まるトーマス。


「うぉおおおおおおお、止まれぇええええええッ!!」


 叫ぶトーマス。


余計な荷物・・・・・を背負ったおかげで、自慢のスピードが衰えてるよ!」


「私が触れさえすれば……」


 トーマスとクラリッサはなんとかヤギとアルヴィンを追跡する。


 壮絶な追いかけっこの末、クラリッサは蔓を巻き付けることに成功。

 それと同時に、ヤギは嘘のように大人しくなった。


「し、信じていたぜ、お前ら……」


 トーマスは倒れ込んでぐったりとした。

 クラリッサがすぐに回復する。


「さて、僕らの華麗なチームワークのおかげで、魔界のヤギを捕獲することができたね!」


「華麗……だったか……?」


 トーマスは訝しんだ。


「とりあえず、このままカーティスタウンに連れて戻って、馬具ならぬヤギ具を作ってもらおうか」


「ところで、名前はどうするんだ? いつまでもヤギと呼ぶわけにもいかんだろ?」


 トーマスに言われ、アルヴィンは少しの時間考えた。


「ふむ……稲妻の如き速さ――『ライトニング号』と名付ける」


「いい名前じゃねぇか」


 こうして、アルヴィンたちはライトニング号を連れて戻ったのである。


 ……………………。


 …………。


 さて、カーティスタウンに戻ってからも大変である。

 彼らは動物飼育の訓練は行っていない。

 しかも、今から飼育するのは未知の魔物である。


 アルヴィンはすぐに飼育班を組織し、ヤギ小屋と放牧場の設営を指示した。

 そして、技術班に装具の作成を依頼した。


          *


 捕獲から2週間経過した。

 技術班の驚異的な能力で、早くも装具が完成した。

 早速調教の開始である。


「うわあああああああ、速すぎるぅううううう!!」


 早速、落馬ならぬ落ヤギするアルヴィン。

 トーマスとクラリッサは急いで駆け寄る。


「お、おい……大丈夫か?」


「なんとかね……」


 さすがに身体強化しているので、大事には至ってない。


「ヤギのトレーニングしているのか、乗り手のトレーニングしているのかわからねぇな」


 トーマスは苦笑いした。


「両方です。私たちの知る馬とは、加速度、最高速度、共に桁違いですので、同じ感覚で乗ることはできません」


 クラリッサは真面目に語る。


「まぁ、根気良く練習していこうよ」


 アルヴィンは再びヤギに跨った。

 そして、すぐにヤギに振り落とされた。


          *


 およそ1ヶ月の努力の結果、アルヴィンたちは十分に乗りこなすことができるようになった。


 ここで試しに操作魔術を解除してみることにした。

 牧場の中には、馬術で使われるような障害物が置かれている。

 

「解除しました」


 関係者一同、じっとライトニング号を見守る。

 ライトニング号は呑気に草を食んでいる。

 ちなみに、ヤギはすごい量の草を食べるので、周囲はかなり禿げている。


 アルヴィンが跨るが、振り落とそうとはしない。

 牧場の中を軽く走り回る。

 順調そうだ。


「行くよ!」


 次々と障害を飛越していく。


「これなら、馬術大会に出ても勝てますよ」


 クラリッサは少しだけ嬉しそうだ。


「こいつが馬ではなく、デカいヤギだという問題さえなければな」


 トーマスは笑いながら言った。


 一連の飛越を終了し、アルヴィンはヤギから降りた。


「この調子でもう何頭か増やしていこう。ブリゲードタウンにも厩舎を作らないとね」


 ヤギの活用に手応えを感じたアルヴィンはそう言った。


「やれやれ、これじゃ探索班じゃなくて捕獲班か調教班だな」


 トーマスは苦笑いする。


「探索の方はお休みで、しばらくはヤギの捕獲と調教に専念しよう」


 アルヴィンは力強く言った。


「これ、ずっと俺たちがやるのか?」


「ずっとじゃないけど、当分は……」


 こうして、当面の間はヤギを追いかけ回すことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る