第22話 決着

「だが、剣は折ったぜ!」


 トーマスはニヤリと笑う。


「なぜだ!? なぜ、私の邪魔をする!? 私は人類の頂点に立たなくてはならないというのにッ!!」


 バークダインは叫んだ。

 それは純然たる魂の叫びだった。


 今まで見せなかった弱気な態度に、アルヴィンたちは困惑する。

 確かに、武器の破壊に成功したとはいえ、これで勝負がついたわけではない。

 バークダインの恐ろしさはこんなものではないはずだ。


「なぜって言われても……それはとても難しい問題だね。まぁ、強いて言うなら、生まれの違いってヤツかな?」


 アルヴィンが何とか捻り出した答えがこれだった。


「アルヴィンよ、お前も兄たちより早く生まれていれば、次の王になれたはずだった――そう思っているのではないのか?」


 バークダインは苦々しい表情で訊ねた。


「そんなこと言われても、兄上たちより遅く生まれたのが僕だし、結構自由にやらせてもらってるし……」


「真面目に答えるヤツがあるか!」


 トーマスは呆れている。


「何をモタモタとしているのだ。お前・・は我の依代だというのに……」


 バークダインは突然、意味のわからないことを言った。

 これまでの言葉は、同意はできなくても言葉の意図は理解できたのだ。

 そして彼は不自然なほど落ち着きを取り戻した。


「何だ? 追い詰められてアタマがおかしくなったのか?」


 トーマスは動揺して強がりを言った。


「いや、そんな嬉しい状況じゃない気がするよ」


 アルヴィンは一層険しい表情になった。

 厳しい魔界での戦いで、アルヴィンの直感力は磨かれていた。


「さぁ、魔界の支配者に相応しい力を見せてやろうッ!!」


 バークダインから感じ取れる魔力がさらに大きくなった。

 それと共に、バークダインの大柄な身体がさらに大きくなり、服が弾け飛んだ。

 全身が毛深くなり、鋭い爪と牙が伸び始めた。


 この男は強がりは言わない。

 本当に強いからだ。


「何だ――あれは!?」


「まるで魔物だぜ」


「伝説の“狼男ライカンスロープ”のようです」


 この“変身”に3人は驚愕した。

 未だ見たことがないタイプの魔術だからである。


 変化している間に攻撃しなかったのは、ひとえに警戒していたからである。

 まるで、巨大で底の見えない大穴を覗いているような恐怖感。

 ただ睨みつけるだけで精一杯だった。


「――待たせたなァ」


 口の形状が変化したからかどうかはわからないが、バークダインの声は低く、不気味になっていた。

 そのことがより恐怖心を煽る。


「た、ただの見かけ倒しだぜ……」


「本当はわかっているのだろ? 我の力を――」


「ぐっ――」


 バークダインの言葉にトーマスは押し黙る。

 探索班のメンバーは魔力を感知する力にも優れている。

 だからこそ理解できてしまう、相手の強さを……。


「それでも、僕らは負けるわけにはいかないッ!!」


 アルヴィンはそう叫びながら、火球を投げつけた。

 渾身の一発である。


 その瞬間――バークダインは前方へと動いた。


「はああッ!!」


 手で火球を弾き飛ばし、そのままアルヴィンに接近。

 虚を突かれたアルヴィンは、対応が遅れた!


 ――ダシュッ!!


 バークダインの強烈な一撃を受けて、アルヴィンは吹っ飛んだ。

 今度はアルヴィンが深い傷を負ったのだ。


「止めだああああああああッ!!」


 バークダインは倒れているアルヴィンに高速で接近しようとする。

 トーマスは鉄の壁を作り出して、行く手を阻む。

 しかし、バークダインの鋭い爪は、鉄の壁すら切り裂くのであった。


 それでも、その間にクラリッサがアルヴィンの回復をすることに成功。

 アルヴィンは立ち上がった。


「ほぉ、中々の回復魔術ではないか。だが、魔力も無限ではない。はてさて、どこまで耐えられるかな?」


 そして、これまで以上に激しい戦闘が行われた。


 姿を変えたバークダインは華麗な立ち回りを捨て、力任せな攻撃が目立つようになった。

 だがそれもまた、バークダインの優れた戦闘センスの現れである。

 

 変身したことによって、頑丈さが遥かに増した。

 その上で、回復魔術もある。

 つまり、攻撃に徹した方が有利だと判断したのだ。


 その判断は正しかった。

 アルヴィンの火球やトーマスの鉄球で怯みすらしない。

 クラリッサの蔓も軽く引き千切ってしまう。


 アルヴィンたちはわずかな隙を見つけては攻撃を繰り返したのである。


「ハァハァ……さすがに変な使命感を背負うだけのことはあるね」


「どうするんだよ、アイツ、無敵か!?」


「いえ、傷の治りが遅くなっています」


 クラリッサはいつものように無表情のまま言った。


「アイツの力も有限なんだ、勝ち目はあるよ!」


 アルヴィンは、そう言って仲間たちを鼓舞した。


「そうだよな、無限なんてあるわけないぜ!」


 トーマスも強がりを言う。


「ははは、消耗しているのはむしろお前たちの方ではないか?」


 バークダインは裂けた口で笑った。

 この指摘は的を得ている。


「喰らえ!」


 バークダインはそう言って火炎弾を投げつけた。


「なにッ!?」


 目を見開きながらも、トーマスが鉄の壁を作って防御する。


「社長と同じ、火の魔術を使ってきやがった……」


「“魔王”たる我にとって、造作もないことだ。次はこうだ!」


 高圧の水流がアルヴィンを襲うが、間一髪で回避した。


「今度は水の術らしいね……」


「なんでもアリかよ」


 アルヴィンたちは、攻撃パターンを分析することで、相手に対応している。

 だが、新しいパターンを次々出されていては、それは難しい。

 あらゆる意味で、最強の敵であることに間違いなかった。


 ……………………。


 …………。


 あまりにも長い戦い。

 もうすぐ朝日が登るだろう。


「なぁ、俺たち勝ってるのか?」


「ど、どうでしょうか……?」


「相手も消耗しているはずだ! トーマス、クラリッサ、なんとか“隙”を作ってほしい」


 アルヴィンは疲労困憊の状態で言った。


「わかったぜ」


「わかりました」


 同じく疲労困憊のトーマスとクラリッサは答えた。


 詳しい理由を訊くことはしなかった。

 アルヴィンを信じるしかないからである。


 クラリッサの蔓がバークダインに絡みつく。

 当然、バークダインは高濃度瘴気を纏って枯らそうとする。


「――何っ!?」


 蔓が枯れないことに驚く。


「紫の蔓――まさか!?」


「その蔓は瘴気に対する耐性がかなり強いのです」


 さらに、トーマスが続く。


「鉄杭連射だぁああああああッッ!!」


 ついに、鉄の球ならぬ杭を生成し、飛ばす。

 バークダインに鉄杭がドカドカ刺さる。


「ぐあああああああああああッッ!!」


 ついに、バークダインが苦悶の声を上げる。

 だが、この魔術ですら、アルヴィンのための“お膳立て”に過ぎなかった。

 

 アルヴィンはポケットに入っているすべての魔晶石を取り出すと、掌に乗せて火球を作り出した。

 次の瞬間――火球にヒビが入った。

 固体ではないはずの火球が割れる――?


 割れた火球から炎の鳥が生まれた!!

 炎の鳥はアルヴィンの手から離れるとものすごい勢いでバークダインに向かう!


「勝負だッ! いけえええええええええええええッッ!!」


 アルヴィンは叫んだ!

 バークダインはなんとか蔓を引き千切って、炎の鳥を受け止める。


「ぬおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 ――ドオオオオオオオオオオオオオオン!!


 爆発した。

 アルヴィンたちは吹っ飛ばされる。


 クラリッサに回復してもらい、何とか立ち上がった。

 代わりにクラリッサが倒れた。

 

 そして、アルヴィンたちが見たのは、倒れているバークダインだった。

 すでに、狼男ライカンスロープではなくなっていた。


 用心しながら近づく。


「“魔王”が来た……」


「なんだって!?」


 バークダインの奇妙な言葉にアルヴィンは驚きを隠せなかった。

 だが、今になってみれば心当たりはあった。


 例えば、バークダインの不可解な言葉。

 例えば、バークダインの様々な魔術。

 不自然だった。


「ここからが本当の戦いだぞ……」


 そう言って、バークダインは事切れた。

 激しい戦いに決着が着いたのだ。

 それを告げるがごとく、朝日が差し込む。


「とりあえず、勝てたね」


「ああ、勝ったぜ!」


「神のお導きです」


 3人は勝利の喜びを分かち合った。

 何か釈然としない気持ちはあったが、それを押さえつけた。

 今はそうすることしかできなかった。


「それで、ここからどうするんだ?」


 トーマスは訊ねる。


「人質を救出すること優先して、他のことはあまり考えてませんでしたね……」


 クラリッサは珍しく苦笑いした。


「実は考えていたりするのか?」


「いや、考えていないよ」


 アルヴィンも苦笑いする。


「問題は旅団員たちだな……」


 トーマスは悩む。

 数が多いので、見逃すとしても罰するとしても問題なのだ。


「一般的に、海賊は処刑するべきだけど、見逃してもいいかな」


 アルヴィンはあっさりとそんなことを言った。


「それでいいのか?」


 トーマスは怪訝な顔して確認する。


「僕は人を殺すのが嫌いなんだ。それに勿体ない」


「まぁ、確かに魔界に適応しているということだからな」


「とりあえず、旅団の拠点に行くとしよう」


 ……………………。


 …………。


「君たちの首魁であるヴィクター・バークダインは討ち取った! 今後は僕たちの管理下に入ってもらう。逆らわなかれば身の安全は保証する!」


 アルヴィンたちは到着するなり、そう宣言した。

 もはや、襲い掛かってくる者はいなかった。


 アルヴィンの決断により、旅団員たちは公社に入ることを認められた。

 もちろん、それを望まない者もいたので、腕輪を没収した上で退去を認めた。

 また、この拠点は『ブリゲードタウン』と名付けられた。


          *


 こうして、アルヴィンたちはカーティスタウンに堂々と帰還した。

 帰りは徒歩とはいえ、時間が掛かったことを除いて特に問題はなかった。


 カーティスタウンに到着すると、真っ先にミアがアルヴィンに抱きついて泣き出した。


「ぐすっ……アルヴィン様……」


 その姿に社員たちは少し驚いた。


「おやおや、苦労をかけたね……」


 そう言ってアルヴィンはミアの頭を優しく撫でた。

 ストームも近くに控えていた。

 相変わらず大人しくしている。


「おお、アルヴィン……勝てたのか?」


 ジェロームが問う。

 いつの間にか、彼らしい上等な服装に着替え直していた。


「ええ、当然ですよ」


 アルヴィンは爽やかな笑顔で堂々と答えた。


 そして、アルヴィンは社員たちに語った。

 旅団との戦いの結末を――旅団員たちを仲間に迎え入れたことを――。


 社員たちはこれを受け入れた。

 信頼するアルヴィンの決断だからだ。

 ジェロームも特に文句を言わなかった。


「社長、とりあえずメシにしましょうや!」


 エドワードが言った。

 調理班は限られた材料で最高の料理を用意した。


 高級酒も振る舞われた。

 今回だけは特別にクラッリサの禁酒令は解除された。

 その代わり、トーマスが責任を持って見張ることとなった……。


「アルヴィンよ、ワシは……本国へ帰ろうと思う。あちらでは伝えておくよ、彼らはとても良くやっていると。ブリゲードタウンのことも納得させよう」


 宴の最中、ジェロームはそんなことを言った。


「叔父上……ありがとうございます」


 その言葉通り、ジェロームは次の定期便に乗って、本国へと帰還していった。

 彼と入れ替わるようにして、新たな社員たちカーティスタウンに入ってきたのである。


 バークダイン旅団との戦いが終わっても、魔界開拓公社の活動はまだまだ終わらない。


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