第21話 決戦

 トーマスとクラリッサが足止めをしてくれている間、アルヴィンたち走り続けた。


「よし、ストーム――ドラゴンはちゃんと待っていてくれたよ」

 

 ストームの姿を確認し、アルヴィンはようやく少し安堵することができた。


「だ、大丈夫なのか……?」


 ジェロームは怯えながらなんとか近づく。


「大丈夫ですよ」


 アルヴィンはそう答えたが、実は懸念がある。

 クラリッサに何かあれば、ストームがどうなるとわからないということだ。

 それでも、今はストームが頼りなのだ。


 そのことをジェロームにバレないようにミアに耳打ちした。

 ミアは少しの言葉で理解してくれた。

 さすがだと、あらためて感心した。


 本来ならば、クラリッサの代わりに自分が足止めしたほうが合理的ではあった。

 だが、あの状況でクラリッサを説得している場合ではないのも事実である。


「じゃあ、この地図に従ってカーティスタウンまで、全力で帰ってほしい。そっち・・・のことは任せるから、こっち・・・のことは任せてよ」


 そう言って、ミアに地図を渡した。


「承知いたしました」


 ミアはいつも通りに自身に満ちた表情でそう言った。

 それを見て、アルヴィンは勇気が湧くのを感じた。


 ミアとジェロームはストームに乗り込む。

 ジェロームが臆して、多少手間取った……。

 ストームはミアとジェロームを乗せて、空へと昇る。


 問題なくカーティスタウンへと向かっている。

 それを見届けて、アルヴィンは走り出す。

 トーマスとクラリッサの下へ。


 ……………………。


 …………。


 アルヴィンが合流した時、すでにウェインは倒されていた。


「無事に倒せたみたいだね」


 アルヴィンは少しだけ安心した。


「だから、そう言いました」


 クラリッサはさも当然といった口調だ。


「だが、旅団のヤツらはまだまだいるぜ?」


 トーマスは様子を伺っていた旅団員たちを睨む。

 戦力の差に気がついている旅団員たちはずるずると後退していく。


 ――その時、凄まじい気配が接近するのを感じた。


「いよいよ、大ボスのご登場かな……?」


 男が現れた。

 大柄な男だ。

 男はアルヴィンたちを鋭い視線で観察する。


「――久しぶりだな、ヴィクター・バークダイン」


 トーマスはそう切り出した。

 目の前の大男こそ、バークダイン旅団の長、ヴィクター・バークダインなのである。


「久しいな、トーマス・ウォーカーよ。上手く王子に取り入っているではないか」


 バークダインは笑いながらそう言った。


「地位と名誉を得るためには、高貴な人に気に入られるのが早道だからな」


 トーマスは露悪的に返した。


「それは確かに正論かもしれん。だが、その地位も名誉も所詮は分け与えられたものに過ぎぬ。私はその源泉をいただくぞ!」


 バークダインは憤怒の表情で言い放った。


「さすがはヴィクター、相変わらず尖ってるじゃねぇか。その考え方自体は嫌いじゃねぇ。むしろ憧れるぜ!」


 トーマスは笑いながら言った。


 バークダインの計画自体はつい最近始まったものだ。

 だが、それはやり方がわからなかっただけである。

 根本となる思想はずっと変わっていない。


 人の上に立ちたい――貴族よりも、王よりも――ただ、その一心で生きてきた。

 だれも自分の上には立たせない。

 それだけがバークダインという男のすべてであった。


 常人はそんなことを考えないし、ちょっと思ったりしても、何もできない。

 バークダインの性格が、才能が、時代が、執念が、運命が、彼を導いた。

 ここまで運んできた。


「さて、旧交を温めているとこに割り込んで悪いけど、一応名乗っておこうかな。僕はエルヴェネラ王国魔界開拓公社の最高責任者、アルヴィン・エルヴェネラだ」


「教会騎士にして公社の社員、クラリッサ・アークライトです」


「ならば、こちらも名乗らねば無作法というもの。私はバークダイン旅団を率いる者、ヴィクター・バークダインだ」


 バークダインは堂々と名乗った。

 その様は、人の上に立つ器であることを、これ以上ないくらいに雄弁に語っていた。

 少しでも気を抜けば、バークダインの気迫に負ける――アルヴィンはそう思った。


「早速本題に入るけど――そちらによる我が社への攻撃、看過できない。これ以上続けるというのなら、お前たちはさらに命を落とすだろう」


 アルヴィンは堂々と宣言した。


「お前たちが私に従えばそれで済むのだ。死人が出るのはすべて貴様の責任だ、アルヴィン・エルヴェネラッ!!」


 バークダインの言うことはまったくのデタラメでも、一定の説得力がある。

 本気で信じているからこそ生まれる力なのだ。


「何を勝手なことをッ!」


「勝手なのは貴様らだ! 先祖の功で民衆の上に立ち、好き勝手しやがって!」


 これを言われると、アルヴィンとしては辛い。


「選挙でもして、平民の中から王が選ばれれば満足なのかい?」


 アルヴィンはそう言って煽った。


「私が求めているのは自由だの平等だの公平だのそういた生温いものではないッ! 私の勝利だッ! 大事なのは、私が上に立てるか――ただこの一点だけだッ!!」


 バークダインは吠える。


「やはり、単にお前が身勝手なだけだッ!!」


 アルヴィンは怒りと共に叫んだ。


「どうなんだ、トーマス? お前は本当に王子の下でいいのか?」


「ヴィクターよ、社長の人望を甘くみてもらっては困るぞ。お前は人の上に立とうとするが、社長は人の前に立つんだ」


 トーマスは堂々と答えた。


「なるほど、王子だけは絶対に殺さねばならないようだな。安心しろ、部下たちは私のために働いてもらう」


 もちろん、実際にそうなったら断る社員も多いだろう。

 そして、そうなればその者たちの命が危ない。

 だからこそ、アルヴィンたちは絶対に負けられないのだ。


「いーや、殺されてやらないよッ!! 社員たちも渡さないッ!!」


 アルヴィンはわざとらしく笑いながら言った。


「さて、ここから魔界の支配権を賭けた壮大な戦いが始まるだろうが、このレベルの戦闘力がぶつかり合えば周囲もただではすまないだろう」


 バークダインは突然、そんなことを言い出した。

 その意味をアルヴィンはすぐに理解した。


「それで、場所を移そうという話かい?」


「話が早いな。仮にお前たちが勝った場合でも、施設は残っている方が良いだろう?」


 つまり、カーシュとボーレンが提案したことと同じなのだ。


「……そうだね」


「では、決まりだ。着いて来い」


 そう言って、バークダインは歩き出した。

 アルヴィンたちも黙って後を追う。


 ……………………。


 …………。


 しばらく歩き、開けた場所でバークダインは足を止めた。


「……ここら辺りで構わないか?」


 バークダインは問う。


「いいよ」

 

 アルヴィンの返事を聞いて、バークダインは2本のロングソードを抜いた。


「さぁ、始めようか! 私は魔界に選ばれた男だ! この力に絶望するがいい!」


 バークダインはそう言い放った。


「やってるやるぜ!」


「対戦、よろしくお願いいたします」


 そして、魔界の支配者を決める戦いが幕を開けた。


 3人が一斉にバークダインへと斬りかかる。

 バークダインは同時に相手をするのは2人なるように上手く立ち回り、攻撃を受け流していく。


 あまりにも卓越した戦闘技術!!

 歴戦の傭兵は伊達ではなかった。

 その上で、魔晶石への適合度もとてつもなく高いのだろう。


「――ふんぬッ!!」


 バークダインの強烈な蹴りがトーマスを吹っ飛ばした。

 だが、その直後、クラリッサの蔓がバークダインに絡みつく。


「――今だッ!!」


 好機とばかりにアルヴィンが斬りかかるが、動きは途中で止まった。

 蔓がアルヴィンに絡みついているからだ。


「私と同じタイプの魔術!?」


 クラリッサは目を丸くした。

 いや、察してはいたのだ。

 ドラゴンを操る者がいること、ウェインの言葉……。


「やはり、貴様が私のドラゴンを奪ったのか!?」


 バークダインもやや驚いた様子だ。


「よくご存知で……」


 無表情に戻ったクラリッサはそう返した。


「だが、私の方が遥かに“上”だッ!!」


 バークダインは笑う。

 彼を縛っていた蔓は急速に枯れていく。


「瘴気を纏っているのですか!?」


 クラリッサは驚く。

 これはウェインが使っていた魔術と同類、自分とは真逆のタイプのものだ。

 バークダインという男の底知れなさを思い知る。

 

 アルヴィンは自身に絡みついた蔓を必至に燃やそうとするが間に合わない。

 バークダインがアルヴィンを斬ろうとした瞬間、トーマスが割って入った。


「社長は殺らせねぇよッ!」


「いや、殺らせてもらうッ!」


 睨み合う2人。


「やあああああああっ!」


 横からクラリッサが斬りかかるが、バークダインは軽く受け止める。

 3人は一旦、バークダインから距離を取った。


「僕たち3人掛かりでここまで苦戦するとは……。これほどまでに強いのか!?」


 アルヴィンは驚嘆を隠しきれない。


「使っている魔晶石の品質は私たちが使っているものとそれほど変わらない気がします」


「つまり、適合度が僕らより高いということだね」


「そもそも、ヴィクター・バークダインは戦闘の天才と呼ばれた男だぞ。剣はもちろん、あらゆる武器の扱いに精通している」


 元の高い戦闘力と圧倒的な魔術適正が掛け合わさり、バークダインの戦闘力は前人未到の領域に突入していた。


「それでは私たちが勝っているのは数だけということでしょうか?」


「数って言い方は温かみがないね。“絆”だよ」


 ここに来て、冗談を言うのがアルヴィンらしい。


「本来数というのは戦いにおける最も重要な要素だったはずなのにな……」


 トーマスは苦笑いした。

 先程は多数の旅団員たちを圧倒していたはずなのに、今度はその真逆の状況に陥っているのだ。


「どうだ? そろそろ格の違いについて理解できた頃だろう? 王子の命を差し出せば、残りは助けてやってもいいんだぞ?」


 バークダインは余裕の笑みを浮かべる。

 己の勝利をまったく疑わない、堂々たる態度だ。


「断るッ! てめぇのことは嫌いではねぇが、どちらを選ぶかと問われたら、俺は社長を取るぜッ!!」


 トーマスは堂々と言い放った。


「私もお断りします。現在の王は教会によって認定されています。それを否定することは認めません」


 クラリッサは毅然として言い切った。


「支配の構造を変える、これ以上に大事なことがあるか? そもそも、トーマス、お前はこちら側のはずだが?」


 バークダインは心底不思議そうに言った。


「すまんが、俺はお前ほど純粋じゃねぇんでな!」


「ふむ……ならばそっちの女、教会の方は問題ない。この力があればどうとでもなるぞ」


「あまりにも不敬な発言、絶対に許せません!!」


「まぁ、僕としては、お前を支配者にしたくないのは間違いないね」


「くくく、仕方あるまい。ならば、まとめて始末するだけだ。それではラウンド2を始めよう!」


 バークダインは少し残念そうに、だが楽しそうに、そう宣言した。

 この男――戦いを楽しんでいる。


「鉄球連射をお見舞いしてやるッ!!」


 トーマスは多数の鉄球を創出し、連続で射出した。

 常人では受けることも避けることもできない――致命傷が約束された技だ。


 だが、バークダインはすべての鉄球を両断した。

 両断された半球は、ことごとくバークダインを避けた。

 バークダインがそうなるように斬ったからである。


 それでも、ここで僅かながら隙が生まれたことをアルヴィンは見逃さなかった。

 ポケットから魔晶石を取り出すと、軽く空中に放り投げ、それを斬った。


 ――ズバアアアアアアアアアアアアアアアン!!


 強烈な光の斬撃が、その剣ごとバークダインを斬り裂いた!


 これは、魔晶石を破壊エネルギーに変換して攻撃するという大胆な新技である。

 救出作戦開始の直前に開発に成功したのだ。


「――ぐはっ!!」


 さすがのバークダインもよろめく。

 その傷は深そうだ。


「やったぜ、ざまぁ見ろ! これが社長の力だ!」


 トーマスは勝利を確信したが、クラリッサの表情は険しい。

 

「――いえ、まだです」


「さすがは同じタイプの魔術師、わかってるではないか……」


 バークダインは楽しそうにそう言った。

 傷口が光り、流血がピタリと止まった。

 つまりは、回復魔術である。


「困ったなぁ……」


 アルヴィンは苦笑いした。

 とっておきの一撃で大ダメージを与えても、あっさりと回復されてしまったのだ。

 この男に勝てるのだろうか……?

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