第20話 黒炎
「う~~~ん、どうしようかなぁ……」
アルヴィンは悩んだ。
目の前の男は、カーシュやボーレンより明らかに強い。
だから、たった1人で自分たちの前に立ち塞がるのだ。
ミアとジェロームを庇いながら戦うべきか……?
数の優位を活かして何とかミアたちを逃がせないものか……?
そんなことを考えていると、クラリッサが前に出た。
「皆さんは目的の場所まで逃げてください。ウェイン卿の相手は私1人で十分です」
いつも通りの涼しい顔だ。
「やっぱりそうだ! てめぇはオレは舐めてやがる!」
ウェインは怒声を放った。
「舐めるも何も、剣術の腕は私の方が上でしたが?」
「そういうのが舐めているんだ! だが、そういうのをひっくり返してしまうのが、魔界ってものだぜ!」
「俺も付き合うぜ」
トーマスも前に出て、そう言った。
「そうですか。まぁ、好きにしてください」
クラリッサはまるでどちらでも関係ないという口ぶりだ。
「おいおい、全員逃さねぇって言ってるだろッ!!」
そう言ったウェインに、クラリッサの蔓が絡みつく。
「さぁ、社長は2人を連れて逃げてくださいッ!!」
クラリッサは叫んだ。
「わかった!」
アルヴィンは走り出す。
その後をミアとジェロームが追う。
「こんなもので俺を止められるか!」
ウェインの身体が黒い炎に包まれて、蔓はたちまち燃え散った。
「火の魔術を使うのか!? だが、それにしてはおかしいぜ!?」
トーマスは困惑している。
見た目だけではない、普通の火とは性質が異なるのだ。
「おうよ、俺の火は普通の火じゃねぇ! 生命を燃やす黒い火だ! 死の炎だ!」
「生命を燃やす火……だと!?」
「アークライト卿、お前の魔術は生命を操る魔術だな? まさに俺の餌食よ」
ウェインは得意げに言った。
「なるほど、俺が残ってよかったな」
トーマスも得意げに言った。
「とりあえず、誰も逃さねぇよッ!!」
ウェインはアルヴィンたちの方へと向かおうとする。
アルヴィンたちは一番遅いジェロームに合わせている。
放っておけば追いつかれてしまう!
「お前の相手はオレたちだ!」
トーマスは鉄球を発射する。
「ぐっ――!!」
ウェインは素早く躱すが、足止めにはなった。
「俺の魔術は鉱物だからな。お前さんに燃やされる心配はないぜ」
トーマスはニヤリと笑う。
「まぁ、人質に逃げられても、大した問題ではないな。最終的に全員ぶっ倒せばいいだけだッ!」
ウェインは改めてクラリッサとトーマスに向き直った。
その時、遠くから多数の灯りが近づいてきたことに気がついた。
「ちっ、追手か……」
トーマスは険しい顔をする。
拠点から追手が出てきたのだ。
「ウェイン卿は私が倒します。トーマスさんはあっちをお願いします」
クラリッサはそう言い放った。
「何を言ってるんだ? 俺の魔術の方が相性がいい」
「いえ、元教会騎士の不始末は私が付けます。それに、相性も問題ありません」
「聖騎士サマがそう言うんなら、信じるぜ!」
そう言って、トーマスは多数の灯りの方へ向かっていった。
「おやおや、お仲間は逃げてしまったなぁ~」
ウェインは煽る。
「問題ないと言っています」
クラリッサは涼しい顔をしている。
「アークライト卿――いや、クラリッサ! 今度こそオレの女になれよ! オレが口を利いてやるから心配するな」
過去に何があったのか――ウェインはそんなことを言った。
「断ります。私は神に身を捧げた者です」
クラリッサは毅然とした態度で返す。
「その澄ました顔が気に入られねぇな~!」
ウェインは怒りを顕にしながら、黒炎弾を投げつけた。
クラリッサは素早く後ろに跳躍し、逃れる。
黒炎弾が爆発した跡では、すごい勢いで草が枯れていった。
「まるで、濃縮した瘴気ですね」
クラリッサは冷静に観察している。
「いつまで逃げ切れるかな? この黒炎は夜の闇に紛れるからなァ!」
ウェインの言う通り、黒炎は闇に溶けて視認性が悪い。
だが、クラリッサは相変わらず涼しい顔をしている。
「あなたは剣術だけではなく、魔術の方も中途半端ですね」
「なんだとォ! 死ねいッ!!」
ウェインは怒りと共に、黒炎弾を連続で投げるが、クラリッサは危なげなく躱す。
「視認性は悪いですが、禍々しい気配が濃厚すぎます。無意識に避けてしまうレベルですね」
「おのれェ……当たりさえすれば……」
ウェインは歯軋りしながら言った。
「それでは、避けませんので是非当ててみてください」
クラリッサは両腕を広げてアピールした。
舐められた怒りと好機が来たという喜びが、同時にウェインに押し寄せる。
その感情と共に、渾身の黒炎弾を放つ!
飛来する黒炎弾!
それをクラリッサは掌で受け止めた。
「バカめ! 触れたら最後、お前の命を燃やし尽くすぞ! 謝るなら今のうちだぜ?」
勝ち誇るウェイン。
だが、黒炎はすぐに消失してしまった。
「バ、バカなッ!?」
「あなたに魔晶石の声は届かなかったようですね。あなたの黒い炎は私の回復で容易に消すことができます」
「何だとッ!?」
ウェインは慄く。
黒い炎はクラリッサには無力ということなのだ。
「こうなったら、こっちで勝負だ!」
ウェインはロングソードを抜いて、斬りかかる。
クラリッサも剣を抜いて応戦する。
「……くっ!?」
ウェインはクラリッサに押されている。
「だから言ったでしょう? 私の方が剣術は上だと――」
クラリッサはウェインに切っ先を向けながら言った。
その視線は氷のように冷たい。
「こうなったら――」
ウェインはそう言って、拠点の方に走り出した。
「トーマスさんが危ない!」
クラリッサは慌てて追う。
トーマスはすでに死体の山を築いていた。
彼の戦闘技術は優れているが、本来は多勢に無勢で勝てるわけはない。
それが戦いの掟である。
だが、魔術を使えば、その法則はひっくり返るのだ。
旅団員たちもトーマスの実力を知り、腰が引け始めている。
そこに、ウェインとクラリッサが合流する形になった。
「なんでこっちに来た!?」
トーマスが怒鳴る勢いで問う。
「あちらに訊いてください!」
クラリッサはイライラした様子で答えた。
「フハハハハハハ! これは好都合! 貴様の仲間がオレのために死体の山を用意してくれていた!」
ウェインは上機嫌な様子でわけのわからないことを言う。
困惑するトーマスとクラリッサだったが、すぐに意味に気がついた。
周囲に瘴気が充満している。
「さぁ、死体たちよ! 立ち上がれ!」
ウェインの言葉に呼応するかのように、死体たちが立ち上がり始めた。
まだ生きている旅団員たちは恐怖のあまり後ろに下がってしまう。
「これは……瘴気の
トーマスとクラリッサは下界でのできごとを思い出した。
どんなに攻撃されても立ち上がり襲いかかる恐怖の魔物。
「お、知ってやがったのか? じゃあ、コイツらの恐ろしさもわかるよな?」
「ああ、よぉく知ってるぜ」
ウェインの予想に反して、トーマスもクラリッサも慌てる様子がない。
どうせすぐに思い知ると高を括るウェインだった。
「オレの敵を倒せ!」
死体たちがトーマスとクラリッサに襲いかかる。
トーマスはハルバードを振るって応戦するが、クラリッサは回復魔術を使う。
回復された死体は倒れてもう動かない。
クラリッサは次々と
あっという間に
「何っ!? オレの下僕たちが……?
ウェインは狼狽えて、そんなことを口走った。
「聖騎士サマほどの回復魔術が使えるやつは珍しい。予想通りバークダインは同じタイプの魔術師なのか」
トーマスは納得した様子で呟く。
「死者を弄ぶとは……! あなたは教会騎士どころか、生きるのにふさわしくありません」
クラッリサは冷たく言い放った。
その言葉にウェインは背筋が寒くなったが、それを押し殺す。
「てめぇが勝手に決めるじゃねぇッ!! オレは生き抜くッ!! 生き抜いて、栄光を手にするッ!!」
ウェインは叫んだ、恐怖を紛らわせるために。
「私が決めました! あなたは終わりです!」
クラリッサはウェインに斬りかかる。
ウェインは必至に抵抗するが、クラリッサの方が実力は高い。
「うぉおおおおおおおおおおおおお!!」
「やぁあああああああああああああ!!」
ついに、ウェインはクラリッサに斬り伏せられた。
「このオレが……こんな所で……」
「そんなあなただからですよ。感謝してください、あなたがこれ以上の醜態を晒すことはなくなったのですから……」
クラリッサの視線はいつにも増して冷たかった。
「勝手に……決めるな……」
それが、ウェインの残した最後の言葉だった。
「こんなのがよく教会騎士になれたな……」
トーマスは呆れながらウェインの死体を見下ろしている。
「残念ながら、聖職者は貴族の子女の受け皿となっています。逆に言えば、貴族の子女ならなれてしまうのです。もちろん、教育は施しますが、どうにもならない者たちがいるのです」
クラリッサは歯がゆそうに説明した。
当然、彼女自身も貴族の生まれである。
「ちっ、結局は生まれかよ」
トーマスは苦々しい顔をするのだった。
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