第17話 新たな腕輪

 しばらくして、部屋の扉が開く音がした。

 足音が、アルヴィンに近づいてくる。


「エドワードたちに食事を用意してもらった。来い」


 トーマスはぶっきらぼうに言った。


「後でいいよ」


 アルヴィンは投げやりに答えた。


「ダメだ。冷めるぞ」


 トーマスは強く言った。

 アルヴィンは黙って身体を起こした。


 トーマスに連れられて、アルヴィンは食堂に向かう。

 本来の食事時間からズレているからであろう、利用者は少ない。


 テーブルには、3人分のベイクドビーンズとパンが用意されていた。

 クラリッサは先に席に着いている。

 アルヴィンとトーマスも席に着いた。


「「神よ、この食事に感謝いたします」」


 食前の祈りが行われた。

 ちなみに、やらないとクラリッサがキレる。


「ドラゴンも悪くはねぇけど、やっぱり、エドワードの料理は美味ぇなぁ~♪」


 トーマスは若干わざとらしく笑顔を作る。


「そうだね……」


 アルヴィンはとりあえず同意する。

 だが、今の彼には味なんてわかっていない……。


 クラリッサは涼しい顔をしてガツガツ食べている。


「それにしても、『バークダイン旅団』か……。まさか、こっちでもその名を聞くとは……」


 トーマスが意味ありげに呟いた。


「何か知っているのかい?」


 アルヴィンは問う。


「ヴィクター・バークダインという男が率いる『バークダイン傭兵団』というものがあった。戦場で共に戦ったこともある」


「それがどうして魔界に来ているのですか?」


 ようやくクラリッサが手を止めて、そう訊ねた。


「それは知らん。いつからか海賊になったという噂を聞いた」


「そのバークダインというのはどういう男なんだい?」


「ヴィクターは一言で言えば、“野心家”だったな。目先の金より、ずっと大きなものを目指していた。そういう意味では俺に似ているかもしれないが、もっと純度が高いだろう」


 トーマスの言葉からは微かだが、憧れのようなもの感じられた。


「なるほど」


「結局、彼らはどうして強いのでしょうか?」


「強い理由はいくつか考えられるね。質が良い魔晶石を使っている、適合度が高い、戦闘技術が高い――この3パターンかな」


 アルヴィンは指を3本順番に立てながら言った。


「傭兵団でしたら、戦闘技術があるのは納得ですね」


「質の良い魔晶石なら持って帰ってきたぜ。これで戦闘力の底上げを図れる」


 トーマスはニヤリと笑う。


「これで彼らと渡り合えるのでしょうか?」


 クラリッサは不安そうだ。

 そもそも、敵の強さを直接確認したわけではない。

 あくまで伝聞だ。


「それはやってみないとわからん!」


 トーマスは自信を持って答えた……。


「この後、技術部に渡して腕輪にしてもらうよ」


「それで社長、結局どうするんだ?」


「戦うに決まってるじゃないか」


 アルヴィンは明確にそう答えた。


「そりゃそうなんだけどよ、ミアと叔父上サマはどうするんだ……?」


「どうもしない――というより、どうもできない」


「それは……諦めるということでしょうか?」


 クラリッサは試すような――いつもよりさらに冷たい視線を向けた。

 だが、アルヴィンは狼狽えるよう様子を見せない。


「そこまで単純じゃないよ。まず、ヤツらのアジトがどこにあるのかわからない。探しに行くことも危険だね」


「……だから、どうもしないと?」


「とりあえず、こちらからは仕掛けない。次に相手が来た時に迎え撃つよ」


「確かに近いうちに来るだろうな」


「彼らを倒し、その所持品からアジトの手掛かりを得る。そこに賭ける。何か異論はあるかな?」


 アルヴィンは問う。

 その瞳には、確かな覚悟の炎が灯っていた。


「いや、俺も似たようなことを考えていた」


「他に妙案が思いつきませんので、従います」


「あと、これはあくまで僕の予想だけど、彼らはそこまで人質を“活用”してこない気がする」


「ああ、俺もそんな気がする」


「どうしてでしょうか?」


 クラリッサは意外そうな顔をして訊ねた。


「強さに自信があるからさ。本来は僕ら全員が人質みたいなものだからね。ミアと叔父上はついでみたいなものさ」


「確かに……ヤツらは前回の襲撃でかなりの自信をつけているハズだ」


「何やら希望的観測のような気もしますが、そう考えるしかないようですね」


 こうして、探索班の間では合意が形成された。


「それじゃ、この方向で各所に伝達するよ」


「ところでよ、社長と聖騎士サマは人を殺したことはあるか?」


 突然、トーマスはそんなことを訊いた。


「ないよ」


「ありませんね」


 2人とも自信満々で答えた。


「社長はともかく、聖騎士サマもペーパーナイトかよ」


 トーマスは肩を竦める。


「何か問題でもあるのですか?」


 クラリッサはギロリと睨む。


「あるぞ。これからは人間との戦いになる。そこで躊躇いがあっては一大事だ」


「なるほど、それはそうだね」


「殺人童貞、処女のお前たちに言っておく。絶対に躊躇うな! 敵は魔物だと思え!」


「……ああ、わかったよ」


「それで、トーマスさんはさしずめ娼婦ということでしょうか?」


 クラリッサは真顔で訊ねた。


「例えに細かいこと言うなッ!!」


 アルヴィンは自身の不安を押し殺し、勝利のために動き出したのである。

 そして、その覚悟は社員たちにも共有されていくのであった。


          *


 殺された社員たちの葬儀と埋葬を行った後、公社はバークダイン旅団との戦いに備えて動き出した。


 先程の探索で得た魔晶石を技術班に渡した。

 より強力な腕輪を作ってもらうためである。

 これはすぐに完成した。


 探索班の3人は新しい腕輪をいち早く装着した。

 力が溢れるのを実感する。


「これで戦力を大幅に増強できたね」

 

「これなら旅団に対抗できるかもな」


 アルヴィンたちは大きな自信を得た。


「あとは、使い方についても、研究の余地があるかもしれません」


 探索班に続き、警備班を中心に可能な限り新しい腕輪に交換していった。

 それから、探索班と警備班は訓練に没頭した。


 主な目的は2つ。

 新しい魔晶石の力に慣れること。

 そして、新しい技を編み出すことである。


 今度は負けない――その想いが、公社をとてつもなく強くするのであった。

 決戦の時は近い。

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