第16話 バークダイン旅団
一行はカーティスタウンのすぐ近くまで帰ってきた。
もはや脅威となるものはほぼないだろう領域である。
だが、アルヴィンたちはそこで違和感を覚えた。
急いで中に入る。
建物が損壊している様子はない。
「――社長!!」
アルヴィンたちの姿を確認した社員たちが集まってきた。
尋常ではない焦燥感が見られる。
「何かあったのかい?」
アルヴィンは動揺を抑えながら問う。
「敵が来た――」
近くの男が答えた。
ゴードン・ストックデイル――警備班の班長である。
トーマスと同じ、元傭兵で帰還者だ。
その表情は酷く怯えているようである。
そして、ゴードンは語りだした。
あの時――何があったのかを――。
*
アルヴィンたちの不在時――。
それは突然、巨大な影と共に空からやって来た。
絵画でしか見たことがない、伝説の生物――ドラゴン。
――カンカンカンカンカンカン!!
警鐘が鳴り響く中、それは悠々と、中央広場に降り立った。
その背から若い男と女が軽快に降りて歩き出した。
「――なんだなんだ!?」
社員たちは驚き、武器を構えながら、遠巻きに眺める。
「いやぁ、ようやく堂々とオジャマできるね」
「コソコソ偵察するのはアタシの性に合わねぇっつーの!」
男と女はそんな会話をした。
この会話からすると、過去に隠密で偵察したこともあるのだろう。
「あなたたちは誰なのですか!?」
ミアは大急ぎ近づいて問う。
男と女は立ち止まった。
2人からはとてつもない、存在感――プレッシャーを感じられた。
「やぁ、ボクの名前はジミー・カーシュ」
男は名乗った。
高身長の優男だ。
頭にはバンダナを巻いている。
「アタシはアン・ボーレン」
女も名乗った。
赤い癖っ毛にテンガロンハットを被っている。
腰には2丁の拳銃。
「突然だけどさぁ……イチバンエライヒトを出してくれないかな?」
カーシュは楽しそうに言った。
「私はミア・ラブキン――社長代理です。社長は只今留守にしております。ご要件があれば私が伺いますが?」
急いで現れたミアは努めて冷静に答える。
警備班のメンバー6人が静かに2人を取り囲む。
もちろん、全員が武器を持っている。
「いやね、そんな大層なハナシじゃないんだケドね、ボクら『バークダイン旅団』に恭順してくれない?」
――10秒にも及ぶ沈黙が流れた。
「――意味がわかりかねます。そもそも、『バークダイン旅団』というのは何でしょうか?」
ミアは眉間にシワを寄せながらも、何とかその言葉を絞り出した。
「そうだねぇ……。元々は傭兵団だったんだケド、魔界へ来て、魔晶石を見つけたんだよね。それで、これを独占したいんだよね」
カーシュはさらりと、とんでもないことを言った。
「ジミー、アンタ――そんなこと話しちゃっていいの?」
ボーレンは呆れた様子で言った。
恐ろしいことにこの2人――全く緊張してるように見えないのである。
まるで住み慣れた街を散歩しているかのような、そんな気楽さを感じさせるのだ。
よほど自分たちの能力に自信があるのか?
それとも交渉のためのブラフか?
「ダイジョーブ、ダイジョーブ。結局、魔界のハナシはこれに行き着くから」
カーシュはニコニコしながらボーレンに言った。
「それもそっか」
つまり、目的自体は公社と同じである。
この場合は同じだからこそ、相容れない。
「それで、本当はアンタらみたいなのは全部始末しないといけないんだけど、それもちょっとモッタイナイと思うんだよね。それでどうだい?」
カーシュは改めて問う。
その表情は内容に反して笑顔である。
「丁重にお断りさせていただきます。魔界の支配者は弊社社長の他にはおりません」
即答だった。
アルヴィンに相談するまでもない。
「おお~、思った以上に強く出たねぇ~」
態度はわざとらしいが、驚いているのは事実だろう。
「それじゃ、アンタたち、痛い目を見るわよ?」
ボーレンは周囲をギロリと睨みつけた。
社員たちはそれに気圧される。
「――警備班! 躊躇なく排除してください!」
恐怖を振り切って、ミアは命じた。
「やるぞッ!」
ゴードンの号令で、取り囲んでいた警備班のメンバーたちが一斉に飛びかかった。
――ダンダンダン!
銃声が連続したかと思うと、飛びかかったはずの警備班のメンバーたちは倒れた。
ボーレンの両手にはそれぞれ拳銃が握られていた。
「――どういうことですか!? あの拳銃は毎回弾を込めなくても撃てるのですか!?」
ミアは狼狽えている。
どうみても普通のフリントロック式拳銃にしか見えない。
魔界では到底通用しない代物だ。
「う……う……」
倒された者たちの中で、班長であるゴードンだけが辛うじて動いている。
しかし、とても戦える状態ではなさそうだ。
「どうする? まだやる?」
ボーレンはニヤニヤしながら、ガンスピンアクションを披露する。
「やるに――決まっているじゃないですか!!」
ミアはそう叫ぶと同時に、魔術で“水の蛇”を放った。
蛇はボーレンに向かって高速で伸びたが、直前で止まる。
「なっ――!?」
――ピキ。
蛇は――凍っていた。
まるで氷を彫って作られたオブジェのようである。
――バリン!
すぐに砕けた。
「水を使う魔術師みたいだけど、ボクの方がゼンゼン上だね」
カーシュは誇らしげに言った。
次の瞬間、カーシュは消えたかと思うと、ぐったりとしたミアを抱えていた。
「殺してはいないよ。“社長代理”らしいからね。人質として価値がある」
カーシュはミアの頬をプニプニと突っつきながら言った。
ミアの腕輪を外し、大きな麻袋を広げると、その中に彼女を押し込んだ。
社員たちはただ見ていることしかできなかった。
「近い内にまた来てあげる。その時の返答次第でアンタたちの運命は決まるわ!」
ボーレンはそう叫んだ。
「さて、今回はここらで退散するかな。その前に――」
カーシュは隠れているジェロームの方を睨んだ。
「そこで隠れているオッサン、出てきな! アタシらは身分の高いヤツが嫌いでね。下手に逃げ隠れすると殺しちゃうかもよ?」
「――ヒ、ヒィ……ッ!!」
ジェロームはおずおずと姿を現した。
*
「――というわけで、ミアと監察官は連れ去られた。言い訳っぽくなるが、これ以上どうしていいかわからなかった。私は傭兵として打算で戦ってきた。誇り高い騎士のように命を賭けられなかったんだ。すまない」
ゴードンは申し訳無さそうに言った。
「いや、それでいいんだ。下手に損失を広げることはない」
アルヴィンはゴードンを責めなかった。
ただ、表情はとても悔しそうだった。
「疲れたからしばらく休むよ。詳しいことは後で――」
アルヴィンはそう言うと、少し弱々しい足取りで宿舎の方へ向かっていった。
残された者たちは黙って見送る。
「――あ? これ、また慰めないといけないヤツか?」
「神を信じていていれば、何も迷うことはないというのに……」
トーマスとクラリッサはため息をついた。
誰もいない部屋に戻ったアルヴィンは、荷物を置くとすぐにベッドに転がった。
「――ミア……」
天井を眺めながら、大事な仲間の名前を呟いた。
ついに、魔界で敵対する勢力が現れてしまった。
そしてそれは、思っていたよりかなり早かったのである。
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