第12話 お目付け役

 アルヴィンが事務所で書類仕事に勤しんでいると、ミアが現れた。

 心做しか、微かに嬉しそうである。


「社長、最初の定期便が来ました」


 それを聞いてアルヴィンも笑顔になる。


 カーティスタウンはまだまだ持続可能的ではない。

 必要な物資と人材は外部から供給されなくては生活できない。


 そんな貧弱な“社会”に対する救いの手が来たのである。

 これは笑顔にならざるを得ない。


「――そうか! 出迎えに行こう」


「はいっ!」


 アルヴィンはミアと連れて、意気揚々と港へと向かった。

 途中の道はさらに道らしくなっていた。


 ……………………。


 …………。


 港に到着すると、奇妙なザワツキを感じた。

 見れば、魔界に相応しくない華美な服装の男がいる。

 神経質そうな顔、恰幅の良い体型、そしてメイドを2人従えている。


 明らかに社員ではない。


 アルヴィンはこの男についてよく知っていた。

 ワインバーグ伯爵ことジェローム――アルヴィンの叔父にあたる人物だ。

 まさか魔界で見かけることになろうとは全く思っておらず、驚いた。


 親戚とはいえ――だからこそ――アルヴィンとの関係は微妙なところだ。

 アルヴィンの父が王に即位したのは長兄だったからである。

 つまり、ジェロームも生まれる順番が違えば、王になれたかもしれなかった。


 あまり関わりたくはないが、この状況で放置するわけにはいかないだろう。


「これはこれは叔父上ではありませんか――」


 アルヴィンは嫌な予感がするのを押し殺して、笑顔で話しかけた。


「おお、アルヴィン! いやぁ、船旅は辛いねぇ」


 ジェロームも見知った人物を見つけたためか、笑顔になる。


「ええ、全くです。それで、その様な船旅をしてまで、わざわざ魔界まで?」


 努力しても、つい嫌味がにじみ出てしまう。

 言った直後に若干後悔する。

 だが、幸いにもジェロームは気にした様子はなかった。


「ふむ、実はね――」


 ジェロームはそう言った後、アルヴィンの隣に控えているミアに気がついた。


「君は……ラブキン卿の……」


 ミアの顔をジロジロと見ながら言った。


「はい、娘のミアでございます。公社では社長秘書を努めております」


 ミアは澄ました顔で答える。


「おお、そうか。父上は君のことをとても心配していたよ」


 ジェロームはニコニコしながら言った。


「それはそれは……」


 ミアは愛想笑いを浮かべる。

 宮廷で身に付けた悲しいテクニックだ。


「――おっと、私が魔界に来た理由だったかな。この度、私は魔界開拓公社の“監察官”に任命されてね」


「監察官――?」


 アルヴィンは眉をひそめる。

 公社にそんな役職は存在しない。

 国王や閣僚、そして議会がその役割にあるといえなくはないが、ほぼアルヴィンの独裁に近い状態だったはずだ。


 ウィンズレッド商会が送り込んでくる可能性がないわけではないが、それならジェロームを選ばないだろう。

 一体どういうことなのか……?


「何でも、すでに8人も社員を死なせてしまっているとか……?」


 その言葉にアルヴィンの心が痛む。


 報告しているのだから、知られているのは当然だ。

 だが、ここでそれを持ち出してくるということは……?


「はい、残念ながら……」


 何とかその言葉を絞り出した。

 直後、割って入る人物があった。


「――てめぇ、社長が何か間違ってるとでも言うのかよ?」


 トーマスである。

 いつにも増して険しい顔をしており、今にも掴みかからんという雰囲気だ。


「――ん? 君は……?」


 ジェロームは怪訝な顔をする。


「探索班のトーマス・ウォーカーだ」


 トーマスは堂々と名乗った。


「口を慎みなさい。帰還者だとか持て囃されているようだが、傭兵風情が調子に乗ってはいけないよ?」


 ジェロームは冷たい声で言った。

 どうやら、トーマスについては知っているらしい。


「んだとぉ――」


 何かを言い返そうとするトーマスを、アルヴィンは制した。

 それを見て、ジェロームは満足そうな顔を見せる。


「アルヴィンは聡明だがまだ若い。ここは私が側で見守らせてもらおう」


 ジェロームはとても自信ありげだ。

 この段階でアルヴィンは確信した。

 ジェロームが魔界に来たのは彼自身が画策したことだと。


「それについて、父上――国王陛下の許可はあるのですか?」


 アルヴィンは一縷の望みを賭けて言ってみた。


「もちろん、これが任命書だ」


 ジェロームはニコニコしながら紙を手渡した。

 アルヴィンはそれに目を通す。

 間違いなく、国王の署名の入った正式な書類だった。

 

「確かに……。では、カーティスタウンまで僕がご案内させていただきます」


 アルヴィンは渋々そう言った。


「ほう、社長自らとは恐縮ですな」


 ジェロームは若干厭味ったらしく言った。

 王弟ともなれば、アルヴィン自らが相手をするしかないだけだ……。

 それをジェローム自身も理解していることだろう。


「――ミア、僕は叔父上をご案内する。ここのことは任せたよ。あ、トーマスは自由に使ってくれていいから」


「お、おい……?」


「万事お任せください」


 そう言うと、ミアは戸惑うトーマスを連れてアルヴィンの側を離れた。


 ミアに任せておけば、とりあえず安心だ。

 本当は、こっちを任せたいのだが、それはできない……。


「――さて、カーティスタウンに向かうと聞いたが、馬車は……?」


 ジェロームはキョロキョロと見渡す。

 この一言で、アルヴィンは自分の認識がまだ甘かったことに気付いた。

 

「……ございません。馬の導入自体まだでございます」


 アルヴィンは何とかその言葉を絞り出した。

 

「何だと? 馬車がない? それで大丈夫なのか?」


 ジェロームは心底意外そうな顔をしている。


「大丈夫ではないから、馬を持ち込んでいないのです」


 アルヴィンは少し呆れ気味に答えた。

 

「――何!? どういうことだね?」


 ジェロームはさらに意外そうな顔をした。


「馬より大きなオオカミがゴロゴロいるのです。僕たちが持ち込むような貧弱な動物・・・・・は、魔物たちからすれば格好の餌です」


「馬が貧弱とな!?」


「そうです」


 どうしてこんなことを説明しないといけないのだろう。

 公社の社員には常識過ぎることなのに……。

 

「なるほど。それでは、移動はどうする?」


「開拓した範囲が限定的である上に、公社には貴人という概念がございません。ですので、ご足労願います」


「むう……仕方ない」


 この場は何とか納得させたアルヴィンだったが、この先のことを考えると頭が痛くなった。

 ジェロームは――魔界についての理解が足りない。

 それでいて、上流階級気分のままやって来ている。


 とりあえず、一行はカーティスタウンに向けて歩き始めた。

 アルヴィン、ジェロームの後ろには2人のメイドが付いてくる。


「いや~、使用人は2人までにしろって言われて困ったよ」


 ジェロームはやや嫌味ったらしく言ったが、アルヴィンは心の中で本国の担当者に感謝した。

 2人――絶妙な人数だ。

 ワインバーグが単身で来た場合、世話係を社員から出さなくてはならないし、使用人が多すぎるとそれはそれで対応が難しい。


「ご不便をおかけしております。ですが、カーティスタウンに個人的な使用人を受け入れる余裕はございません。現に、社長の僕にもおりません」


「なんと! 本当か?」


 ジェロームは目を見開いた。

 最上流階級である王子に使用人が付いていないなど前代未聞だ。

 ましてや、それを当の王子自身が決めたのだから。


「――本当です」


 アルヴィンは堂々と答えた。

 とにかくジェロームには驚きの連続だった。


 アルヴィンとしては別に驚いてほしくなかった。

 この程度は予習するなり予測するなりしてから来てほしかった。

 できれば来ないでほしかった。


 ああ、イライラする……。


「かなり歩きにくいな。道くらい整備できんかったのか……」


 予想通り、ジェロームは道に対して文句を言った。

 こんな予想は的中してほしくなかった。


「僕たちが最初に来た時に比べて随分歩きやすくなりましたね」


 ……………………。


 …………。


 そして、一行はカーティスタウンに到着。

 そこでジェロームの驚愕はさらなるものとなった。


「――何だ、この町は!? これが兄上の――国王の名を冠した町なのか?」


「はい、『カーティスタウン』です」


「いや、町というより田舎の農村みたいではないか!?」


 それを聞いて、アルヴィンの眉がピクリと動いた。


「叔父上、それは“田舎の農村”を舐めすぎです」


 さすがにアルヴィンの言葉にも棘が出てくる。


「なんだと?」


「まず、どんな村にもそこそこ立派な教会堂がございます」


「それはそうだろ」


「カーティスタウンでは、ようやく教会堂の建設を始めました。それも木造りの簡易的なものです」


「なんと!?」


「加えて、農村というのは毎年農作物を生産しております。ですが、ここでの農業は始めたばかりです」


「ふむ……」


 続いて、事務所やら食堂やらを案内し、最後に向かったのが宿舎である。

 元々、予備ということで誰も住んでいない部屋があったので、そこを提供することにした。

 

「――この部屋が空いておりますので、お使いください。4人部屋ですので、丁度いい感じでしょう」


「何となく予想はしておったが、未だかつて見たことがない酷い部屋だ」


 もはや怒りすら湧かないという様子だ。

 そして、それはアルヴィンも同じこと。

 なぜ、2人して不機嫌にならなくてはならないのか……?


「このレベルで生活をしている者は、本国にいくらでもおりますが……。僕もミアも同じような部屋を使っております」


 アルヴィンは若干厭味ったらしく言った。


「か……可能なのか?」


 ワインバーグは完全に慄いている。


「雨風を凌げれば、とりあえず大丈夫かと。あと、僕の場合は探索班も兼ねていますので、野営することも多いですね」


「お前……自ら先陣を切って探索しているのか?」


「魔晶石に対する適合性が最も高い僕が、探索班を率いるのは当然のことです」


「――となると、ここはどうしているんだ?」


「ミアに任せています。彼女は優秀ですよ」


「そ、そうか……。ところで、この街にはまともな防壁もないようだが、大丈夫なのか? いや、実際に何人も死んでいるのだろう?」


 痛いところを突かれて、アルヴィンが眉をひそめる。


「一般的な防壁というのは人間や普通の動物を想定したものです。魔界の生物は強力かつ多様性に溢れており、生半可な防壁では全く安心しかねます。それよりは見張りに注力し、素早い対応を可能にしております」


 これについてはアルヴィン自身も迷っているところだ。

 だが、自信がある振りをしなければならない。

 この状況では特にそうだ。


「しかし、防御に優れたと地形上に築けば良かったのではないのか?」


 次々と繰り出される“指摘”――

 もちろん、アルヴィンは負けるわけにはいかない。


「それは具体的にはどこでしょうか?」


「いや、わからないが……」


「はい、そうです。最適な場所を特定するためには、魔界に対する調査を進めなくてはなりません。ですが、そのためには拠点が必要です」


「それが、このカーティスタウンだと?」


「はい」


 アルヴィンは堂々と答えた。

 自信があろうがなかろうが、そうするしかないのである。


「うーむ」


 このまま“防御”を続けるのはマズい――

 アルヴィンは反撃に転じようと試みる。


「とりあえず申し上げたいのは、何もないところから短期間でここまで築き上げたことを褒めていただきたい――ということですね」


 アルヴィンはジェロームの目をじっと見つめる。

 

「……まぁ、他の部分もじっくり見せてもらおうか」


「……よろしくお願いいたします」


 そして、ここからアルヴィンのもうひとつの戦いが始まった。

 如何に自分の否を認めず、かつ、相手の機嫌を損ねないかという理不尽極まりない戦いである。

 下手をすれば、ジェロームに公社を奪われかねない。

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