第11話 墓標に想う

 カーティスタウンに帰還した次の日――

 その日もまた・・・・・・、アルヴィンは墓地へと向かった。


 探索で留守にしている場合を除いて、毎日足を運んでいるのだ。


「すまない――いずれは石でできたちゃんとした墓標にするからね」


 10基の木製の墓標に向けて、アルヴィンはそう呟いた。

 死者たちに向き合っている間だけ、影の存在は小さくなる。


 しばらくすると、後ろで人の気配がした。


「――毎日お墓参り、よく飽きませんね……」


 よく知った声に反応して振り返る。

 案の定、声の主はクラリッサであった。


「犠牲者が出たことをそれほどまでに悔いているのですか?」


 彼女は冷たい視線と共に問う。

 

「――そうだね」


 アルヴィンは正直に答えた。


 トーマスに言われた通り、人前では堂々と振る舞うようにしている。

 だが、完全に吹っ切れたわけではない。


「あとさ、サイラスとグレアムも埋葬したじゃない?」


「しましたね……。それがどうかしましたか?」


「結局、僕らの探索も、僕の知らない無数の犠牲によって支えられていたんだなって……」


 アルヴィンは気付いてしまったのだ。

 自分の責任の隠された重さに。


「それは奇特ですね。古来より王侯貴族は戦争に明け暮れているというのに……」


 王侯貴族を非難するために言っているのか、アルヴィンを励ましているのか、その意図は読み取れない。


「そういうのが嫌で、魔界に期待したはずだったのだけど――」


 アルヴィンは苦笑いしながら言った。


 そもそも、どうしてアルヴィンは魔界に挑むのか?

 それは、自国の民を争いから守るためである。


 それなのに、すでに争いで死なせてしまった。

 その矛盾がアルヴィンを苦しめる。


 魔界開拓は“投資”である。

 ただし、資金だけでなく、人命も贅沢に突っ込んでいるのだ。


 特に魔晶石はいかなる宝石よりも価値があるためできるだけ独占しておきたい。

 魔晶石と適合者を多く揃えて戦場に投入する――そのアドバンテージは計り知れない。


 もはや戦争すら行う必要がなくなる。

 それほどに強力な抑止力だ。


 圧倒的な戦力で自国と民を戦争から救う。

 それこそ、アルヴィンの望みである。


「人と戦うか、自然と戦うか、それだけの違いですよ」


「その違い、とても大事だよ」


「どちらにせよ、犠牲となる人間は出ます」


 すべてを見透かすような、鋭く、透き通った視線。


「敵が人間じゃないのは大きい」


「それには同意します。ですが、他の国々も魔界を狙い始める――いえ、すでに狙っているでしょう。結局は人と戦うことになりますよ」


「残念ながらそうなるだろうね……」


 アルヴィンはとても悲しそうな顔をしている。


「これは試練なのです。『約束の地』に至るための――」


 クラリッサは今までとは打って変わって、喜々とした様子で言った。


「クラリッサは、本当に約束の地が魔界にあると信じているのかい――?」


 アルヴィンは怪訝な顔して訊ねた。


「信じているも何も、天啓を授かりましたので」


 クラッリサは真っ直ぐな瞳で答えた。

 真偽はともかく、この話自体は彼女が入社する前から聞いている。


 かつて人類は『楽園』で暮らしていたという。

 だが、ある時、『楽園』に魔物が溢れ、人々は外界へと離れていったという。

 この『楽園』こそが『約束の地』であり、いずれ神に選ばれし指導者が人々を率いて『楽園』を取り戻すという伝説がある。


「そうだったね。羨ましいよ」


 皮肉でも何でもなく、アルヴィンの偽らざる気持ちだった。

 そしてそれは、天啓を受けたことに対してではなく、迷いがないことに対してである。


 信じる者は救われる――という言葉がある。

 これは信仰によって神が救ってくれるという意味ではない。

 信仰によって寄る辺を得たこと自体が救いであるということだ。


 だから、アルヴィンは思った。

 自分にも『天啓』がほしいと。

 それがないのは、自分が相応しい人物ではないからなのか?


 神は何も答えてはくれない。

 よく考えたら、会ったことも見たこともなかった気がする。

 結局のところ、アルヴィンは自分自身と仲間たちを信じるしかないのだ。


 アルヴィンは強い心を持つ人物だ。

 それでも、魔界という過酷な環境に対しては十分ということはないだろう。


「それはそうと、死者よりも神を参っていただきたいですね」


 クラリッサは厭味ったらしく言った。

 実用性のある施設を優先する方針により、カーティスタウンには未だにちゃんとした礼拝堂はない。

 聖職者である彼女には許しがたいことなのだろう。


「ああ、そうだね。そろそろ礼拝堂の建設に入るよ」


 それを聞いて、クラリッサは目を見張った。


「――それはよかったです♡」


 クラリッサは満面の笑みを浮かべて言った。

 彼女は一見すると無表情だが、実はそうではない。

 時々、非常に印象深い表情を見せるのだ。


「まぁ、完成しても司祭はいつも留守なんだけどね」


 アルヴィンは苦笑いする。


「ええ、それは残念ですね。本国から別の司祭を呼び寄せるのも手ではありますが……」


「そういえば、“万人司祭”なる考え方があるじゃないか?」


「それは悍ましい異端です。儀式は教会に選ばれし司祭によるものでなくてはなりません」


 クラリッサは冷たい声で言った。

 それは厳格な教会の聖職者の顔だった。


「ですが――祈るだけでしたら、各人が自由に行えば良いでしょう。つまり、礼拝堂は必要ということです♡」


 そう言って、クラリッサは満足気な様子で去っていった。


「やれやれ――万人祭司主義者は社員の中にもいる。揉め事が起きないように気をつけないと――」


 アルヴィンは静かに呟いた。


          *


「――ふん! とりゃッ!!」


 トーマスは人気のない場所で1人、ハールバードを振るっていた。

 

「訓練に励むのは感心だけど、拠点から離れるのは感心しないね」


 アルヴィンはどこからともなく現れると、ニヤニヤしながらそう言った。


「1人で身体を動かしたくなることはある」


 トーマスはぶっきらぼうに答えた。

 この行動はトーマスにとっては単なる訓練以上の意味があるのだろう。

 聖職者が神に祈ることに近いのかもしれない。


「まぁ、トーマスなら大丈夫かもね」


 アルヴィンは笑う。


「信頼してもらえて嬉しいが、あくまでこの辺りだからだ」


「ああ、魔界は油断ならないよね」


 前回の探索を思い出す。

 魔物、瘴気――そして、不死者アンデッド――魔界は恐怖で満ちている。


「俺は――多くの仲間を失った。今回もすでに失い始めている。俺自身も死ぬかもしれない……」


「それでも来たのは、地位を得るためだったね」


「――ああ、前はそんなことを言ったっけな」


 トーマスは少しばつが悪そうに言った。


「――え? 嘘だったの?」


 アルヴィンは意外そうな顔をした。


「いや、嘘ではない。最初はそれがすべてだった。だが、今の俺は魔界に囚われているのだ」


 トーマスははっきりと言った。


「なるほど」


 アルヴィンはすぐに理解した。

 つまり、“最初”に魔界に来た時は、純粋な向上心によるものだった。


 傭兵というのは目先の金のために戦う職業だ。

 金銭のために命を賭けて命を奪うというのはあまりに悲しい。


 そんな世界から抜け出したかった。

 もっと名誉と誇りのある世界に行きたかった。


 それが、トーマスが魔界調査団に参加した理由だ。

 だが、やはり、魔界は厳しかった。

 大事な仲間を次々と失ってしまった。


 そして、代わりに魔界に対する執着を与えられた。

 多くの帰還者たちが開拓への参加を拒んだが、トーマスは違った。


 この違いがなぜ生じたのか?

 はっきりとはわからないが、トーマスが魔晶石に対する高い適合性を有することと何か関係あるのかもしれない……。


「俺は、魔界に勝ちたい。失ったものを取り戻すことはできないが、せめて埋め合わせたいと思う」


 トーマスは力強く言った。


「――ああ、一緒に勝とう」


 皮肉なことにすでにアルヴィンも失い始めていた。

 トーマスの気持ちを理解しやすくなっていたのだ。


「――ところで社長、お偉いサンたちの中で、魔晶石についてはどう受け止められているんだ?」


 突然、トーマスはそんなことを訊ねた。


「有力な兵器として関心を集めているのは事実だね。その上で肯定的な人たちと否定的な人たちが分かれているよ」


 アルヴィンは苦笑いしながら答えた。


「否定的なヤツなんているのか?」


 トーマスは心底以外そうな顔をする。


「自分、もしくは親類に適合者がいないと否定的になりやすいよ。血統の優位性が否定されるからじゃないかな?」


 どういう人間に魔晶石に適合性があるかどうは、試してみるまでわからない。

 ただ、身分が高いから適合する可能性が高いということはない。

 ある意味において魔界は“平等”なのかもしれない。


「なるほど……」


 トーマスは呆れと納得の入り混じった声で言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る