第10話 瘴気の中で

 3日の休息期間の後――

 探索班は再度、カーティスタウンを発った。


 またしても険しい森の中を進む。

 今回はあの下界に挑むということで、さらに装備は充実し、気合いも入っている。

 5日間を掛けて、一行は下界を見渡せる崖上までやって来た。


「それで、下に降りる道というのは?」


「こっちだ……」


 一行はトーマスの案内に従い、崖下に通じる道を下った。


「果たして、これを道と呼んでいいのでしょうか……?」


 クラリッサが愚痴る。

 それほどに過酷で険しい“道”なのである。

 しかも、下がるに連れて重圧感のようなものを感じるのだった。


 悪戦苦闘の末、なんとか、下まで降りきった。

 この上、戻ることを考えるとゾッとする。


「何とかなりはしたものの、そこそこ大変だったね。他の人たちがちゃんと進めるかどうか、かなり心配だよ」


 アルヴィンは頭を抱える。


「険しい道を進むというのは、下手な魔物と戦うよりよっぽど危ねぇかもしれん」


「手間を掛けてでも道を整備して、通りやすくする必要がありますね」


「とにかく、ここから下界探索開始だね」


 広い荒野を進む中、一行は奇妙な痕跡を発見した。


「この地面、焦げている――?」


 明らかに黒く焦がされた地面――それも広範囲だ。


「火を吐く魔物でもいるのでしょうか?」


「かなりの火力だよ?」


 興味深く観察している2人に対して、トーマスは深刻な顔している。


「これは――おそらくドラゴンだな……」


「――ドラゴンだって!?」


 アルヴィンは目を丸くした。


「伝説の生物の代表格ですね」


「お伽噺の中でどのくらい強かったのか詳しくは知らねぇが、魔物の中でも桁違いの強さだ」


「とりあえず、ここはドラゴンの縄張りテリトリーということでしょうか?」


 クラリッサはやや不安げに問う。


「ドラゴンというのはデカくて、空を飛ぶ。つまり、広範囲に渡って活動しているはずだ。だから、遭遇する確率は低いかもしれん……」


 トーマスの言葉は、まるで自分自身に向けているかのようだ。


「どうすれば、勝てると思う?」


 アルヴィンはさりげなく問う。


「――戦う気か!?」


 トーマスは目を丸くした。

 彼からすれば正気を疑うレベルの発言なのだ。


「いや、魔界を開拓する以上、避けては通れない時が来ると思うんだよね~」


「それはそうかもしれんが……」


「それでどう?」


 アルヴィンはしつこく問う。


「う~む、こちらの戦力を向上させるしかあるまい。品質の良い魔晶石を使えば、魔術の威力が高まるだろう」


 トーマスは渋い顔をしながら言った。


「なるほど、それはわかりやすくていいね!」


 アルヴィンはガッツポーズする。


「わかりやすい方法がそれくらいしかないということだ」


 トーマスは呆れた様子だ。


 ……………………。


 …………。


 一行はさらに進み、紫色の霧のようなものすぐ近くまで接近した。


「――さぁて、お目当ての瘴気だぜ~」


 いくら見返りリターンが期待できるとはいえ、危険な領域に近づいて喜ぶのは奇妙ではないか……?


「それじゃ、突撃~♪」


 アルヴィンはそう言って、意気揚々と瘴気の中に足を踏み入れた。

 トーマスとクラリッサも続く。


 不自然な重圧感を感じる。

 ここに入ることは危険であると強く本能が告げる。

 それを理性と根性で抑える。


「さぁて、魔晶石はどこかな? 魔晶石ちゃん待っててね~♪」


 アルヴィンはキョロキョロと見渡す。


「どっちに行けばいいのかは、自然とわかるはずだぜ?」


 トーマスはニヤりと笑う。


「なるほど……」


 アルヴィンはすぐに理解した。

 なぜかはわからないが、ある方向から“存在感”のようなものを感じるのだ。


「ここには植物がほとんど生えていません。わずかに育っている植物も奇妙な色をしています」


 クラリッサの言う通り、周囲にあるのはほとんど土と石と岩である。

 わずかに生えている植物は、赤や青や紫といった不自然な色をしている。

 圧倒的な死の世界だ。


「おそらく瘴気の影響だろうね」


 アルヴィンは興味深そうに周囲を観察する。


 少し間探すだけで、目的のものを見つけることができた。

 大きくて角張った透明な石が地面から生えている。


「これが魔晶石の鉱床だ」


 トーマスはとても嬉しそうに言った。

 それだけ魔晶石には価値があるのだ。


「どうやって採掘するのでしょうか?」


 クラリッサは戸惑う。

 あらゆる活動を想定して訓練してきたが、採掘の練習はやらなかったのだ。


「そりゃ、こうするに決まっているだろ?」


 トーマスはそう言って、ハルバードを構えると鉱床に叩きつけた。

 鉱床に亀裂が入る。


「なんか、ハルバードを痛めそうだね。実際は魔術で強化しているから大丈夫だろうけど」


 アルヴィンは苦笑する。


「そんな乱暴なやり方でいいのでしょうか?」


 クラリッサは少し眉をひそめた。


「魔術を使うためにそこまで大きな塊が必要なわけじゃないから、いいんじゃないかな?」


 アルヴィンは腕輪を見ながら言った。

 結局のところ、腕輪に嵌め込むために小さく加工されるのだ。


「残念ながら俺たちが身に着けているヤツの方が質がいい。それでも、ないよりマシだろう」


 そう言った後、トーマスは振り上げた腕をピタリと止めた。


「なんか、嫌な予感がするぜ……」


「あそこに人影が……?」


 瘴気の中はやや視界が悪い。

 それでもクラリッサが指差した方向には確かに人影のようなものが見えた。


「ゴブリンかな……? まさか人間……?」


 アルヴィンたちは様々な想像を巡らせながら、武器を抜いて見構える。


 徐々に近づいてくる人影。

 その正体を最初に理解したのはクラリッサだった。


「あれは――人間の骨です!」


 現れた人影には、あるべき皮膚がなかった。

 その下の筋肉もなく、ただ白い骨が服を着ている。

 それが立って動いており、手には剣を握っている。


「筋肉を失っているのに、どうして動けるのかな?」


 アルヴィンは戸惑っている。


「魔界にまともな理屈を求めるなッ!!」


 トーマスは叫んだ。


「いやいや、やっぱり、魔界を開拓には“理解”が大切だと思うんだよね……」


「無事に拠点に帰ってから、じっくり“理解”しろ。できるものならなッ!!」


「そうする……」


 様子を窺っていると、すぐにもう1体骸骨が現れた。

 手には槍を握っている。


 突如、トーマスが激しい動揺を見せた。


「サイラス、グレアム、お前たちなのか……?」


「骸骨の知り合いでもいるのかい?」


 アルヴィンは困惑する。


「そうじゃないッ!! あいつらが身に付けているものに見覚えがある。剣を握っている方がサイラスで、槍を握っている方がグレアム、瘴気に殺されたやつらだッ!!」


「なんだって!?」


 突如、骸骨たちがこちらに向かって走り出した。


 ――カキン!!


 サイラスの斬撃をアルヴィンも剣で受け止める。


「ぐっ――筋肉もないのにすごいパワーだ」


「てやああああああああッ!!」


 クラリッサが横からサイラスを斬りつけようとするが、俊敏な動きで躱されてしまう。


「骨しかないだけあって、身軽ですね……」


 クラリッサは皮肉を呟いた。


「これならどうかな!」


 アルヴィンは火炎弾をぶつけて怯ませる。

 そこから烈しい連続斬撃に繋げ、グレアムはバラバラになった。


「やったッ!!」


 アルヴィンはガッツポーズをする。

 だが、クラリッサの表情が険しくなる。


「気をつけてください! 全く力が失われていません!」


 クラリッサが叫んだ。

 その言葉は正しく、サイラスは再び繋がって、立ち上がった。


不死身アンデッドかな……」


 アルヴィンは苦笑いする。

 ここは瘴気の中、長期戦は圧倒的に不利だ。

 アルヴィンは逃走を視野に入れ始めた。


 一方で、トーマスはグレアムと戦っていた。

 やはり、異常な再生能力に苦戦していた。


「まったく――死んでからしぶといというのは皮肉なもんだぜ」


 グレアムが火の球を投げつけてくる。

 咄嗟にトーマス壁を作って防いだ。


「生きている時には魔術が使えなかったくせによォ……!」


 トーマスは悔しそうに叫んだ。

 その直後、クラリッサがグレアムに近づいていることに気がついた。


「危ないぞ、聖騎士サマ! 下がれ――」


 そう言って、トーマスは違和感を覚えた。

 サイラスがいない!?

 気配も感じない!!


 クラリッサがグレアムに触れると、グレアムは崩れて動かなくなった。


「どういうことだ!?」


「回復しました」


 クラリッサはさらりとそんなこと言った。


「――なんだと!?」


 トーマスは自分の耳を疑った。

 それほど、クラリッサの回答は意外過ぎた。


「回復してみたらどうなるのかと試してみたところ、動かなくなりました。それでもう1体の方も同じ方法で対処しました」


「そんな方法があったのかよ……」


 トーマスは感心しつつも脱力して言った。

 回復魔術は癒やすもの、味方に使用するもの、そんな思い込みがあったのだ。


「まぁ、普通は思いつかないよね」


 アルヴィンは苦笑いする。


「とりあえず、こいつらは拠点に連れ帰って埋葬してやりたい。聖騎士サマ、葬儀を頼む」


「わかりました」


 トーマスが肩を震わせているのを、アルヴィンは見逃さなかった。


「トーマス、なんて言ったらいいか……」


 アルヴィンは言葉に詰まる。


「ふん、そんな顔するな。俺たち全員、最初から覚悟していたことだ。そして、今回もな――」


 トーマスそう言って、強がってみせるのだった。


「それにしても、瘴気かぁ……死ぬだけでなく、魔物になってしまうなんて怖いなぁ……」


「やはり、魔界で活動する社員は適合者に限定したのは正解でしたね」


 探索班は骨と装備をジェームズタウンに持ち帰り、クラリッサの主導で葬儀と埋葬が行われた。

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