第08話 大境界を目指して

 船を見送り、探索班は本格的に調査活動を開始した。

 彼らの本来の任務は、地理的調査である。

 ただ、その過程で魔物と戦うことが多いから、戦闘班としての側面も持っているのだ。


 彼らが地図を埋めている間に、カーティスタウンでは施設の充実が進められる予定である。

 いずれは探索班の調査結果をベースに、次の拠点が設けられるだろう。


 出発前にブリーフィングが行われた。


「まずは、試験的な探索として『大境界』まで行くつもりだよ」


 アルヴィンはそう説明した。

 魔界には『上界』と呼ばれる領域と、『下界』と呼ばれる領域があり、その境界を『大境界』と呼んでいる。


「まだ、『下界』には下りないってことだな?」


 トーマスはそう確認した。


「そうだね」


「ふむ、魔界に慣れるにはそのくらいから始めた方がいいだろう」


「どれくらいで到着するのでしょうか?」


「行きで5日、往復10日ってところだな」


「かなり遠くまで行くのですね」


「いや、足場が悪いから時間が掛かるだけで、意外とそれほどでもないぞ」


 トーマスは苦笑いしながら言った。


          *


 そして、彼らはカーティスタウンを発った。

 川に沿って進む。


「結局、私たちが出発するまでに礼拝堂の建設は開始されませんでしたね」


「そうだね……」


 クラリッサの恨み言をアルヴィンは軽く流した。


「それにしても、荷物が多いですね。私、剣より重い物を持ったことはないのですが――」


 3人は革製の背嚢を背負っており、その中には食料と様々な道具が詰め込まれている。

 当然のことだが、本国でも同じ内容の背嚢を背負って探索する訓練はやっていた。

 しかし、危険な魔界を進むのは精神的な負荷が違うのだ。


「馬とか魔物の格好の餌だからな。守りきれる自信はねぇ」


 トーマスが苦虫を噛み潰したような顔で言った。


 重い荷物を運びたい時にはやはり馬である。

 人間も運んでくれる素晴らしい動物だ。


 だが、ここは魔界。

 迂闊に馬を投入することはできない。


 以上の高度な判断によって、馬は魔界へと連れてこなかった。


 もちろん、人間の荷物持ち係を連れても同じことだ。

 魔界での探索では、戦闘員がすべてを兼ねるのである。


「結果として、僕らは十分な食料を持っていない。どこかで何かを調達しないとね」


「何かとは何でしょう?」


「それは“何か”だよ」


 アルヴィンは意地の悪い笑みを浮かべた言った。


「――ところでよぉ、社長が本拠地を離れていていいのか?」


 トーマスは怪訝な顔をして訊ねる。


「ミアがいるから大丈夫だよ」


 アルヴィンは笑顔で答えた。


「確かに社長代理だけどよ……そんなんでいいのか?」


 ちなみに、社長代理とは別に副社長が本国にいる。

 公社はウィンズレッド商会という民間企業の協力を得ており、副社長は商会が指名した人物だ。


「彼女は優秀だよ。むしろ、社長業については彼女が主に担当するようにしていくつもりさ」


 アルヴィンは自分のことのように誇らしげだ。


「マジかよ。正直、最初はアイツのこと、社長の愛人だと思っていたぜ……」


 それを聞いて、アルヴィンは3秒ほど沈黙する。


「――あははははははは、彼女は優秀だから愛人も務まるかもね」


 アルヴィンは腹を抱えて笑っていた。


「愛人に“優秀”って表現を使うのか?」


 トーマスは戸惑っている。


「大事だよ――とってもね」


 アルヴィンは含みがある言い方をした。


「上流階級っていうのは無駄に面倒らしいな」


 トーマスも何か察したらしい。


「――とはいえ、今の魔界開拓にそんな余裕はないから認められないよ。たとえ、社長の僕でもね」


 アルヴィンは肩を竦めて言った。


「なるほどなぁ~」


 トーマスは感心する。

 やはり、アルヴィンは一般的な王侯貴族とは違うのだ。


「僕はね――魔界では“適材適所”を大事にしたいと思っているんだ」


 アルヴィンは遠い目をして言った。


「身分も人種も問わない実力主義――まるで海賊だな」


 トーマスは苦笑いする。


 海賊というのは一般社会からの逸れ者たちで構成されている。

 だからこそ、常識からはかけ離れた文化が育ったのだ。

 

「本国――というか、世界中のほとんどの国では、どういう職に就くかはだいたい生まれで決まってしまうね」


「まったく――嫌な世界だぜ……」


 トーマスは苦々しい顔をする。


「まぁ、それはそれで社会が安定するというメリットもあるのだけど、魔界ではそうはいかない」


「さっきの愛人の話にも通じるが、送り込める人数が限られているからだな?」


「そうだね」


 アルヴィンは強く頷く。


「ちなみに、公社で一番適応度が高いのは誰か知ってるかい?」


 突然、アルヴィンはそんなことを訊ねた。


「俺――と言いたいところだが、社長だろうな」


 トーマスは少しだけ悔しそうに言った。


「……正解。そんな僕が積極的に危険な役割を引き受けるのは合理的だよ」


 つまり、アルヴィンは王子という生まれによって仕方なく社長という立場を引き受けているが、適性を重視すれば探索班に属して危険の最前線に飛び込むべきというのだ。

 だが、そんな合理的な選択ができるのも、アルヴィンが社長であるからという皮肉なことである。


「まぁ、僕が一番適応度が高いのは皮肉なの話だけど、こうも思うんだ――世界にはもっと逸材が眠っているじゃないかってね」


 アルヴィンは笑いながら言った。


「ド田舎の農村とかか?」


「そうだね」


「ははは、そりゃ皮肉だぜ」


 そんな会話をしながら森の中を進む。


 突然、トーマスが足を止めた。


「どうしたんだい?」


 アルヴィンが問う。

 トーマスの視線は高い位置を見ている。


 次の瞬間、トーマスはハルバードを構えつつ高く跳躍した。


「うりゃっ!!」


 着地したトーマスのハルバードは巨大なヘビを刺し貫いていた。


「こいつが上から襲ってくるところだったぜ」


 トーマスはそう説明した。


「助かったよ」


「さすがトーマスさんですね」


「魔界では、戦場以上に危険を察知するセンスが求められる。これは今晩の食事にしよう」


 トーマスは刺さったヘビを外すと、肉を切り取って袋に入れた。

 背嚢に保存食料を詰め込んでいるが、日数を考えると十分とは言い難い。

 現地調達を期待せざるを得ないのだ。


「ヘビというのは食したことがありませんね……」


 クラリッサが若干不安そうに言った。


「実は僕もなんだ。まぁ、こういうのは慣れが重要だね」

 

 そして、一行は再び『大境界』を目指して歩き出した。

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