第07話 農業開始
ゴブリンの襲撃から1週間が経過した。
頭部を比較したところ、大型ゴブリンは別種ではないかというのが暫定見解だ。
とりあえず、『トロール』と名付けられた。
一種の共生関係にあったのだろうと推測される。
さて、持続可能的生活のためには、農作物の生産は欠かせない。
いよいよ農業の準備に入った。
農業班は現状15人で構成されている。
これまでは建築などの手伝いに駆り出されていたが、いよいよ本業開始だ。
班長はルイーザ・クレインという中年の女だ。
丸い眼鏡をかけており、理知的な顔をした農学者だ。
魔晶石への適合性があると知った時、ルイーザは狂喜した。
未知の大地に挑めることを心から楽しみにしていたのだ。
まずやることは農地の選定である。
ルイーザは拠点のすぐ近くの開けた土地を農場に決めた。
「ここが農業に適していますね。まずは整備しましょう」
農業班のメンバーたちは、ルイーザの指示の下、鍬などを握って作業を始めた。
まず、重要なのは雑草や石などを取り除くことだった。
ある程度耕したところで、ルイーザは一定の広さごとに区画分けをした。
1つの区画に1種類の農作物を植える計画である。
そして、各作物ごとに合わせて畝を調整した。
「ようやく下準備が終わりましたね。ここからがお楽しみの種蒔きですよ」
トマト、カボチャ、コーン、レタス、エンドウなどの種を蒔いた。
ポテトは種芋を植えた。
種の上には丁寧に土を被せた。
「さて、皆様お疲れ様でした。これからは水やり、そして、雑草や害虫対策の日々ですね」
ルイーザはニコリと微笑んだ。
「魔界の害虫ってもしかして……」
班員の1人が眉をひそめながらそんなことを言った。
「う~ん、それはどうでしょうか……? 飛んでいる蝶は普通の大きさです。魔界といえども、何でも大きいとはいえません」
ルイーザはそう答えた。
何にせよ、やってみないとわからない。
魔界は未知なのだから。
*
次の日、農地にアルヴィンとクラリッサがやって来た。
正確には、アルヴィンがクラリッサを強引に連れてきたらしい。
「――やぁ、クレイン博士」
「これはこれは、社長にアークライト卿」
「……どうして私が農地に連れてこられたのですか?」
クラリッサは困惑している。
「いや、ほらさ、クラリッサって植物の蔓とか操ってるわけじゃない?」
「……そうですね」
クラリッサは仏頂面で答えた。
何やら面倒な予感がしたからだ。
「つまり、種を高速で成長させることもできるんじゃないの?」
「……できなくはないないですね」
「そうやって成長した植物ってすぐに消えちゃうの?」
その疑問はもっともだ。
普段戦闘時に見せる蔓は、必要がなくなったらすぐに塵と化して消えていたからだ。
「単に成長を早めただけでしたら存続できる見込みが高いです。そうではなく、無から生み出した場合はすぐに消えます」
クラリッサは簡潔に答えてくれた。
「なるほど。例えば、これをここに植えて――」
アルヴィンはそう言いながら、耕された土に種を植えた。
「――これを成長させたいんだけど?」
「しょうがないですね……」
クラリッサは呆れた様子を見せながらも、土に右掌を置くと、徐々に掌を上げ始めた。
恐るべきことに、植物が掌の高さまで育っているのだ。
最終的に1メートルほどの高さになり、すごい勢いで実り始めた。
「――ごく普通の小麦ですね」
クラリッサはつまらなさそうに言った。
「いや、これはすごいよ!」
一方でアルヴィンは感激している。
「素晴らしい能力です!」
ルイーザも絶賛している。
「まさか、私に農業までやれとおっしゃるのですか? 私には司祭という――」
「ちょっと違うよ。農業の中心はあくまで農業班が行うんだ」
「そうですよね。やはり普通に育てるのイチバンです」
そう言って去ろうとするクラリッサの腕を、アルヴィンががっしりと掴んだ。
クラリッサはギロリと睨むが、アルヴィンはその視線を笑顔で受け止める。
「だけど、新しい種を見つけた場合は、どう育つかクラリッサの魔術ですぐにわかるんだよ!」
「それは素晴らしい!」
ルイーザは感動している。
「僕はクラリッサの魔術はもっと可能性を秘めていると思うんだよね」
「まぁ、私は天啓をいただいていますからね」
クラリッサは鼻息を粗くした。
「そういえば、小麦は時期を大きく外しているので植えませんでしたが、来年には植えたいですね。来年があれば――ですが」
ルイーザは空を見上げながら言った。
魔界の“来年”はあまりにも遠い。
*
ゴブリンの襲撃から2週間が経過した。
本日は船の出港日だ。
多くの社員が見送りに向かった。
アルヴィンも海岸へと向かっていた。
往来が頻繁なためか、すでに道らしきものができ始めている。
「初めて通る時は、かなり緊張したのにな」
アルヴィンは苦笑いした。
森を抜ければ、帆船が2隻見えた。
自分たちがここまで乗ってきた船だ。
波も風も穏やか、出港にはもってこいである。
アルヴィンは桟橋の端に向かった。
「おう、社長。わざわざお見送りたぁ、恐れ入る」
船長は笑いながらそう言った。
「それじゃ、船長、頼んだよ」
アルヴィンは桟橋から、船長に言った。
「社長こそ、ご武運を!」
船長はアルヴィンにそう返した後、くるりと船の内側を向く。
「よぉし、おめぇら、出港だぁ!!」
「「アイ、アイ、サー!!」」
船長の大声に対して、船員たちは負けじと大声で応える。
どんどんと陸地から離れる2隻の船を、多くの社員たちが手を振る。
その姿が見えなくなるまで、彼らは見送り続けた。
本拠地を確保したことで、魔界開拓の最初の段階はクリアした。
その報告のために船は本国へ戻るのである。
また、“脱落者たち”も同乗する。
これ以上魔界に挑むことができないと戦意喪失した者たちを本国に送り返すのだ。
――そして、本国で新たな人材と物資を乗せて、再び魔界へと出港するだろう。
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