第06話 逆襲

「――思っていたより早く見つけられたね」


 アルヴィンの言う通り、それらしき場所はすぐに見つかった。

 大きな洞窟の入口で、明らかに飾り付けがされている。


 材料は――魔物の骨のようだ。

 おそらく、自分たちが狩った獲物の大きさを誇示しているのだろう。

 ある意味で高度な知性の現れともいえる。


「まぁ、向こうから見つけられたんだ、逆もしかりってやつだぜ」


 トーマスはため息をつきながら言った。


 今にして思えば、拠点の建設中にもっと周囲を探索していれば、ゴブリンに気がつけたのかもしれない。

 ただ、そんなものは後知恵もいいところだ。


「よく考えてみれば、洞窟というのは全方位壁に囲まれて、高い防御力を持っているね」


 アルヴィンは値踏みするように洞窟の入口を見ている。


 魔界の開拓が進めば、拠点が増えていく。

 どういう場所に拠点を築くべきか、考えずにはいられない。


「まぁ、あんな暗くて湿気た場所に住みたくねぇけどな」


 トーマスは苦笑いしながら言った。


「ゴブリンは夜に襲ってきたってことは、おそらく夜行性だよね?」


「つまり、今から攻め入れば夜襲ということになるな……」


「それは好都合だね。よし、行くよ」


 アルヴィンとトーマスは洞窟の中に足を踏み入れた。

 一気に気温が下がって湿度が上がるのを感じる。

 炎の球が空中に浮かんで行き先を照らす。


「ほぉ~、やっぱりその魔術は便利だな」


 トーマスは感心する。


「炎で照らせるのはすぐ近くだけだね。ちょっと離れた位置は強化した視力が頼りだよ」


「奇襲をするには不都合極まりないが、仕方ねぇな」


 アルヴィンたちは注意深く進む。

 足音が反響し、暗闇の中に吸い込まれる。


 少し歩くと、ちらりと動く影があった。


「何かいたぞ」


「わかってる」


 アルヴィンたちは身構える。


「キイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」


 洞窟の中に悍ましい奇声が響き渡った。


「何だ!?」


「はは、見つかったらしいね……」


 アルヴィンは苦笑いした。


 最初から起きていてのか、侵入者の気配で目覚めたのか。

 いずれにしろ、この次に起こることは容易に想像できる。


「しょうがねぇ、切り替えていくぞッ!!」


 アルヴィンたちは身構える。

 すぐに暗闇の中から多数の影が飛び出てきた!

 ――ゴブリンだ。


「キシャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 ゴブリンたちが奇声を響かせて襲いかかる。

 その手には棍棒やら切れ味の悪そうな刃物やらが握られていた。


「これでも喰らえッ!!」


 アルヴィンは掌から火炎弾を放ち、ゴブリンたちをまとめて燃やす。

 だが、ゴブリンたちはまだまだやって来る!


「昨晩の礼をしないとなぁッ!!」


 トーマスは2本のダガーを上手く扱って、次々と敵を倒していく。


「まだ出てくるかな?」


 アルヴィンはボヤきながらも、次々と敵を燃やしたり斬ったりしていく。


「コイツらは数が取り柄だからなぁ~」


 トーマスは苦笑いした。


 ……………………。


 …………。


 激しい戦闘の果て、ゴブリンは出てこなくなった。


「――打ち止めか?」


 トーマスは周囲を見渡しながら言った。

 何十体分のゴブリンの死体が転がっている。

 逃げ出した数も多い。


「……気を付けて進もう」


 アルヴィンはそう言って歩き始め、トーマスもそれに続いた。


「なんか、やべぇ気配がするぞ」


「奇遇だね、僕もだよ」


 用心深くその気配のする方へ進む。

 やがて、比較的広い空間に出た。


 そこには、身長3メートルはあろう大型ゴブリンがいた。

 その体格に見合う大きな棍棒を握っている。

 そして、多数のゴブリンがその周囲に控えていた。


 アルヴィンたちは多数の殺意の視線に晒される。


「こいつがゴブリン共の親玉ということか……? デケぇ……」


 トーマスは苦笑いしている。

 逃げ出したゴブリンたちはこの“親玉”の下に集合したのだ。


「この空間で戦うのなら、長い武器でも良さそうだね」


 アルヴィンたちはダガーを仕舞うと、いつもの武器を構えた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 その咆哮が号令となって、ゴブリンたちが一斉に襲いかかってきた。

 しかし、ゴブリンとの戦いにかなり慣れてしまった2人の敵ではない。


「せりゃああああああッ!!」


「おりゃああああああッ!!」


 あっという間に倒し、残る敵は大型ゴブリンのみとなった。


「さぁ、手下はいなくなったよ?」


 アルヴィンはニヤニヤ笑いながら言った。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 言葉は通じていないだろうが、煽っているという意図だけは伝わったらしい。


 大型ゴブリンは棍棒で力任せに殴りかかってきた。

 アルヴィンたちは華麗に躱す。


 ――ドガアアアアアアン!!


 代わりに大型ゴブリンの超パワーを受けた地面には巨大なヒビが入った。


「恐ろしいパワーだな……洞窟を崩さないでくれよ……」


 ここで2人が考えたことは自然に一致した。


「「危ないからさっさと倒す!!」」


「僕らは負けないッ!! これでも――喰らえええええッ!」


 アルヴィンはより強力な火炎弾を投げつけた!

 火炎弾は大型ゴブリンにぶつかると同時に爆発!

 だが、大型ゴブリンは構わず攻撃してくる。


「今度は俺だぁああああああッ!!」


 そう言いながら、トーマスは大型ゴブリンに飛び掛かる。

 ハルバードによる渾身の一撃をお見舞いしようとしたが、棍棒で弾かれてしまった。

 ゴロゴロと転がるトーマス。


「やるじゃねぇか……」


 トーマスは苦笑いしながら起き上がる。


「僕が気を引くから、足元を狙って!」


「わかったぜ!」


 アルヴィンは大型ゴブリンの上半身に向けて、火炎弾を連続して投げた。

 あくまで撹乱目的のため威力は抑えてあるが、大型ゴブリンの注意は上半身付近に集中する。


 ほぼ同時にトーマスが敵の懐に飛び込んだ。


「うぉおおおおおおおおおおおおッ!!」


 足を斬りまくる!

 たまらずに大型ゴブリンは膝を突いた。


「――この瞬間を待っていたよッ! うりゃあああああああああッ!!」


 アルヴィンの渾身の一撃の燃える刃が大型ゴブリンの頭部を胴体から切り離すッ!!

 大型ゴブリンの胴体は血飛沫を撒き散らしながら倒れた。


 豪快な音が周囲に反響し、やがて静寂へと向かう。


「やったな、社長!」


 トーマスが喜びの声を上げる。

 アルヴィンとトーマスの華麗な連携が、この強敵を打ち破ったのだ。


「それで、ここからどうするんだ? このまま帰るだけか?」


 一息つくこともなく、次の行動について考えている。


「せっかくだから、このまま頭部を持ち帰ってたち討伐成功の証としよう」


 そう言って、アルヴィンは大型ゴブリンの頭部を布に包んだ。


「しっかし、外から勝手に来た奴らに殺されて晒されて、こいつらも不憫だよな」


 敵を倒したことで、一気に冷静さが戻ってきた。

 そもそも、どうして自分たちはゴブリンたちと戦わなくてはならなかったのか?

 自分たちが彼らの領域に踏み入ったからではないのか?


「ははは、そうだね。でも、お土産の1つもないと締まらないからね。使わせてもらおう」


 そう――“敵意”や“怒り”はあれども、“憎しみ”はなかった。

 憎むには――互いを知らなすぎたのだ。


「というか、どうしてコイツだけ極端にデカいんだ?」


「そういう種族なのか、異常個体だったのか、もしかしたら別種の可能性もあるよね」


 冷静になると様々な疑問が湧き上がってくるものだ。


 ……………………。


 …………。


 そして、アルヴィンとトーマスは本拠地に帰還した。


「社長たちが戻ってきたぞおおおおおお!!」


 アルヴィンたちを確認した社員たちが歓声で出迎えた。


「社長、成果の方はいかがですか?」


 社員たちの表情には、期待と不安の両方が強く現れていた。


「成果は――コレだよ!」


 アルヴィンは包みを解いた。


「「うぉっ!?」」


「ゴブリンの頭!?」


「デケェ……!!」


 姿を見せた大型ゴブリンの頭部を見て、社員たちは一瞬驚いたが、すぐに状況を理解した。


「この通り、親玉を含めてゴブリンたちを殲滅した! 仲間たちの敵を討ったよ!」


 アルヴィンは両手を広げて堂々と告げた。


「さすが社長!」


「ざまぁ見やがれ!」


「「公社万歳! 開拓万歳! 社長万歳!」」


 社員たちの万歳コールが巻き起こる。


「まずは犠牲者たちを弔おう――」


 アルヴィンは盛り上がる社員たちを制してそう言った。


 カーティスタウンの外れには、白い花が咲き乱れる美しい場所があった。

 アルヴィンたちはそこに墓地を設けることにした。


 葬儀と埋葬はクラリッサが中心となって行った。

 途中、泣き出す者も少なくなかったが、アルヴィンはずっと無表情だった。

 

          *


 その日の夜――


「――さぁ、今夜は宴だ!」


 アルヴィンは努めて明るい表情で言った。

 そして、アルヴィンの指示に従って、取っておきの高級酒が振る舞われた。


「「うぉおおおおおおおおおおお!! 社長最高ぉおおおおおおおおおおお!!」」


 社員たちはアルヴィンを賛美する。


「せっかくの酒は飲まねぇのか?」


 宴の最中、トーマスはアルヴィンに訊ねる。

 アルヴィンは社員たちと同じような金属製のカップを持っていたが、中身は酒ではない。


「君だって、そのカップの中身はお茶だろ?」


「当然だ。まぁ、全員で酔っ払うなど、正気じゃねぇよ」


 ここは魔界――ゴブリンの巣を1つ潰したからといって、何も安全ではない。

 次の瞬間にも、魔物が現れるかもしれない。


 適合性が高ければ、身体強化で急速に酔いを覚ますことはできる。

 しかし、わずかな時間が命取りになるかもしれない。


 探索班はそれがよくわかっているから、誰に指示されるでもなく、酒を口にしていないのだ。


 ――と、思われていたのだが、例外が1人いた。

 クラリッサである。


「あ~な~た~は~神を~信じ~ますか~?」


「も、もちろんです!」


「ほんとぉ~ですか~? 嘘つきは、魔界行きですよぉ~?」


 しかも、絡み酒だった。


「ち~な~み~に~、お酒というのは実は毒ですからね! 私が言うのですから間違いありません!」


「は、はい……」


 楽しげな雰囲気の中、明らかに気を落とした女がいることにアルヴィンは気がついた。

 彼女は調理班のメンバーだ。


「どうしたんだい?」


 アルヴィンは話しかけた。


「社長……私……もう無理です。本国へ帰りたい……」


 女は悲痛な面持ちで訴えた。


「それはどうしてかな?」


 なんとなく察しはついていたが、あえて訊ねてみた。


「私が甘かったんだです。調理班だから危険性は低いと思って……。でも、ゴブリンが目の前に来て……私はなんとか助かりましたけど……」


 女は泣きながら語った。


「やれやれ、どうして魔晶石への適合性が必要なのかわからなかったのか?」


 トーマスは呆れた様子で言った。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 女はただ泣きながら謝るだけだった。


「トーマス、彼女を責めることはないよ。人間の想像力なんてそんなものさ」


 アルヴィンはそう言ってトーマスを諌めた。

 そもそも、アルヴィンはこういう事態は想定していた。

 

「まぁ、そういうものかもな……」


 トーマスはしぶしぶ納得したらしい。


「わかったよ。しばらくしたら船が本国へ戻るから、一緒に帰るといい。そして、これまでの賃金を受け取るんだ」


「ありがとうございます、ありがとうございます、社長!」


 女の顔は少しだけ明るくなった。


 他人が自分やトーマスのように強いとは限らない。

 ここでもまた魔界開拓の厳しさを痛感したアルヴィンだった。


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