第05話 夜明け

 そして、夜が明けた。

 カーティスタウンの至る所に、ゴブリンの死体が転がっている。


「8人か……くっ!」


 アルヴィンは怒りに任せてゴブリンの死体に刃を突き刺した。

 強い自己嫌悪がアルヴィンを襲っていた。


 8人――ゴブリンの襲撃で死亡した人数である。

 そして、今回の開拓の最初の犠牲者たちだ。


 これまでも社員たちが魔物に襲われることは何度もあったが、何とか撃退してきた。

 怪我人は出たが、死亡者は出さなかった。

 だが、それもここまでだ。


「気にするなとまでは言えんが、これが魔界だ。受け入れるしかない」


 帰還者であるトーマスの言葉は重い。

 彼はこれ以前に多くの仲間を魔界で失っているからだ。


「これが……魔界……」


 アルヴィンは俯きながら呟いた。

 

「今度はこちらが攻める番ではありませんか!?」


 クラリッサは語気を荒くして言った。


「ヤツらの巣がどこにあるかわかるのかい?」


 ロングソードの刃を布で拭きながらアルヴィンは訊ねた。


「あれだけの数で来たのです。足跡が辿れるとは思いませんか?」


「ふむ……それはいけるかもしれないね。すぐに準備に取り掛かろう」


 アルヴィンはそう言って、ロングソードを鞘に納めた。


「ちょっと待て」


 動き出そうとしてる仲間たちを、トーマスが呼び止めた。


「どうしたんだい?」


 アルヴィンは怪訝な顔をする。

 これ以上何か問題があるというのか?


「聖騎士サマの調子が悪そうだ」


 ――あった。


「いえ……私は……大丈夫です」


 クラリッサはそう言うが、フラフラとしており、いつもの凛とした佇まいを失っていた。

 そう、魔術の行使は気力と体力を消耗するのだ。


 仲間の不調を見落としていたことで、アルヴィンはさらに強い自己嫌悪感に襲われた。


「気付かなくてすまない。確かに回復魔術をかなり使ったからね。部屋で休んでおくように」


 アルヴィンはそう指示を出した。


「わかり……ました……」


 クラリッサはしぶしぶ了承しながら、弱々しい足取りで部屋に戻っていった。


「まだ問題がある。やつらの巣は、洞窟である可能性が高い」


「なるほど――確かにコウモリみたいな顔しているからね」


 足元のゴブリンの死体を睨みながら言った。


「広さにもよるが、洞窟の中では、俺が使っているハルバードのような長い武器は使いにくい。社長のロングソードも微妙だな。長めのダガーを持っていくのが良いだろう」


 トーマスはそう提案した。


「わかった。物品班に用意させよう」


 こうして、彼らは大急ぎでゴブリン討伐の準備をした。


「さぁ、行ってくるよ! 仲間たちの仇を討ち、僕らの安全を確保するッ!!」


 アルヴィンは勇ましく宣言した。


「「公社万歳! 開拓万歳!」」


 万歳の声に送り出されて、2人はゴブリンたちの足跡を辿り始めた。

 クラリッサの予想通り、足跡は途切れることなく続いていた。


          *


 カーティスタウンからある程度離れた場所で、アルヴィンは口を開いた。


「――ねぇ、トーマス。僕は何を間違ったのかな……?」


 それは、前向きな姿を見せ続けたアルヴィンからは考えられない、弱々しい声と言葉だった。


「――ん?」


 意味がわからず、トーマスは訊き返した。


「もっと防御を固めておくべきだったのか、そもそもあの場所に拠点を築くべきではなかったのか……」


 これは、あの場所に拠点を築くと決めた瞬間から、ずっと心の片隅で引っ掛かり続けた問題だった。

 それでも、多大な労力をつぎ込む以上、自信のある振りをしていたのである。


「何か意見があれば、とっくに言っている。強いて言うなら、魔界に来たことが間違いだ」


「それは――認められない」


 アルヴィンは必死にその言葉を絞り出した。


 そう――それだけは認められなかった。

 魔界にはそれだけの可能性が眠っているからだ。


 自分たちが魔界を開拓しなければ、いずれは他の国がそれを行い、利益を得るだろう。

 それは自国の利益を損なうということなのだ。


「聖騎士サマなら『礼拝堂を作らなかったから』だとか言いかねないな」


「本当にそうかもしれない」


「おいおい、真に受けるなよ。何度でも言うぜ、魔界に神はいないってな!」


「すまない……」


「違うやり方を取っていたところで、違う悲劇に襲われただけじゃないのか? ましてや魔界は未知の領域、万全な備えができるという考えが間違っている」


 アルヴィンがいかに必死に魔界への対策を考えていたか――トーマスはそれを理解していた。

 だから、こう言うしかないのだ。


「仲間を大切にすることは大事なことだ。だがな、リーダーは堂々としていなくちゃならねぇ」


 トーマスはアルヴィンのことを最善のリーダーとして認めている。

 身分に依らない最適な組織構成という戦略を聞いた時には心底感動を覚えたものだ。

 唯一の懸念点は、目的地が魔界であることだった。


「そうかな……そうかも……」


 アルヴィンの瞳に少しだけ力が戻った。

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