第04話 闇夜の襲撃者たち
上陸から1ヶ月が経過した。
努力の甲斐があり、最低限必要な施設がほとんど完成した。
上陸地点近くの海岸には桟橋が設けられ、港として機能するようになっている。
「よし、これでほとんど社員はテント暮らしから解放されるね!」
アルヴィンは宿舎を見て嬉しそうに言った。
現状では粗末なものだが、それは仕方ない。
宿舎は4人部屋で構成されている。
個室はない。
ちなみに、社長の部屋だから特別ということはない。
社長も含め、部屋のメンバーは男女別であることを除いて、完全にランダムに決められた。
ここでは指示系統としての上下はあっても身分の上下はないという強いメッセージだった。
――とはいえ、これは開拓初期だからであり、いずれ格差が生まれるだろうということは、アルヴィン自身も予想している。
「と・こ・ろ・で――礼拝堂はいつ建てられるのでしょうか?」
クラリッサがどこからともなく現れ、上目遣いで訊ねた。
「――魔界に神はいない。いるのは悪魔ばかりだ」
近くにいたトーマスが皮肉を飛ばすと、クラリッサはギロリと睨んだ。
「神は、常に、私たちと共にあります! あと、私は、社長に、訊いているのです!」
クラリッサが珍しく感情的になっている。
彼女が見せた意外な一面に、周囲の人々は少し驚いた。
「礼拝堂を作っても司祭様がいねぇなァ~?」
トーマスはさらにクラリッサを煽る。
「私がいるではないですか!」
クラリッサは力強く自分の顔を指さした。
「そういえばそうだったね」
一般的に騎士というのは王侯貴族によって叙されるものであるが、クラリッサは教会に騎士として叙された『教会騎士』という身分である。
さらに、彼女の場合は司祭にも叙されている。
教会騎士と司祭の両方に叙されている者を『聖騎士』と呼び、教会が影響力を持つ地域ではかなり身分の高い人物とされる。
「だから……作れますよね? れ・い・は・い・ど・う♡」
手を組んで祈るような仕草をしながら懇願する。
誇り高き聖騎士とは思えない猫撫で声だ。
「――いや、まぁ、まずは生活優先ということで……」
アルヴィンは何とかクラリッサを宥めると、ミアを連れてその場を離れた。
「実際のところ、どうされるのですか? 小さな村でも礼拝堂はありますからね」
ミアは少しだけ心配そうに訊ねた。
「さっき言った通りだよ。生活できなきゃ礼拝も儀式もないよ。でも――葬儀だけはあるかもね」
アルヴィンは肩を竦める。
「その冗談は――笑えないですね……」
ミアは苦笑いしながら言った。
その後、ミアと分かれて、王子には全く相応しくない粗末な“自宅”へと帰った。
満足気な笑みを浮かべながら、粗末なベッドに転がった。
*
「魔物が来たぞぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「助けてくれぇええええええええええええええええ!!」
そんな叫び声を聞いて、アルヴィンは飛び起きた。
窓の隙間から光が差し込んでいないところを見ると、まだ夜中らしい。
まずは魔術で身体強化を行い、夜目が効くようになった。
さらに火球を創り出し、松明代わりにした。
これらを合わせることで、昼間と遜色のない視界を確保できる。
部屋にいる他の社員たちはパニックに陥っていた。
「急いで武装して、適合度の高い者は警戒しながら外に出るんだッ!!」
アルヴィンはそう叫んだ。
急いで装備を整えて建物の外へ出れば、周囲は阿鼻叫喚であった。
「キキーーーーーーーーーーッ!!」
その魔物たちは二足歩行であり、ぱっと見た感じでは人間のようにも思える。
だが、灯りに照らされた肌の色は緑であり、顔の形状はコウモリに似ている。
何よりその行動は凶暴ッ!!
棍棒などの武器を持ち、獰猛に社員たちを襲っている。
そして、最も重要なのは、数が多いということだ。
少なくとも20体以上はいそうだ。
社員たちも剣などの武器を手にして必死に抵抗している。
「――遅いぞ、社長」
トーマスはすでに戦っていた。
「すまない。それで、コイツらが報告にあった『ゴブリン』かい?」
アルヴィンは魔物を斬り伏せながら訊ねる。
「そうだ。1体なら
トーマスはハルバードで敵を貫きながら答えた。
ちなみに、魔物の名称は伝承やお伽噺などから借りている。
「――どうなっているのですか!?」
クラッリサも困惑しながら戦いに加わった。
「聖騎士サマはようやくご登場か? 喜べ、魔界の恐ろしさのほんの少し理解できるぞ」
トーマスは意地の悪い笑顔を浮かべながら言った。
「コイツらがゴブリンらしいよ」
「ゴブリンというのは、あのお伽噺の!?」
「あくまで名前を取っただけで、こいつらは俺たちが前回の調査で見つけた新種の生物だ」
雄叫びと、悲鳴と、悍ましい奇声。
本拠地の至る所で激しい戦闘が行われている。
夜間に奇襲されて劣勢だった公社だったが、徐々に体制を立て直して優勢になっていた。
「キキーーーーーーーーーーッ!!」
まだ生き残っているゴブリンたちは闇の向こうへと去っていった。
「ゴブリンたちが……逃げていっているのでしょうか……?」
クラリッサは訝しげだ。
「なかなかの引き際だね」
アルヴィンは苦々しい顔をしている。
気のせいか――
少し離れた場所に一際大きなゴブリンがいたような気がした。
「とりあえず、何とかなったみてぇだな……」
「いや、これからだよ。クラリッサ、重症者の回復を! 優先順位は任せるッ!」
「わかりました」
クラリッサが倒れている人の傷口に掌を近づけると、急速に治っていく。
彼女は強力な回復能力を持っているのだ。
「――まだ警戒を怠らないように! 警護班以外は、怪我人の手当をするんだ!」
アルヴィンは叫んだ。
動ける社員たちは必死になって対応した。
動けない社員たちは必死になって耐えた。
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