第03話 拠点構築

「さぁ、まずはテントの設営からだ。訓練通りに班ごとで協力してやろう!」


 号令に従い、社員たちは大急ぎで動き始めた。

 探索班と警備班は周辺の警戒している中、他の班は簡易的な生活環境の構築を行う。


 まずは、地面を整える。

 比較的拠点建設に向いた場所を選んではいるが、それでも岩や植物など障害になるものを取り除かなくてはならない。


 それが終わった場所ではテントを設営に進む。

 ハンマーで杭を打ち込み、骨組みを固定していく。

 防水加工された天幕を広げ、渡り網を結ぶ。


 一方、人間には食事が必要だ。

 簡易的な調理場の設営が始まった。

 

 重要なのは、焚き火台である。

 テント設営のために除去した石を円形に並べ、その中心に薪を置く。

 鍋などをかけるために鉄製のフレームも設置した。


 調理台は持ち込んだもの置いただけ。


 本国で散々行った訓練のおかげで、最低限の設営はスムーズに完了した。

 社員たちはひとまずの安堵を得た。


          *


 さて、夕食時が近づく。

 先程アルヴィンたちが倒したオオカミであるが、食べるためには調理しなくてはならない。

 調理班の出番だ。


「さぁってと、そろそろ夕食の準備を始めないとなァ~♪」

 

 班長であるエドワード・クックは帰還者である。

 元は宮廷料理人だったが、こだわりが強いために料理長と喧嘩をし、宮廷を飛び出した。


 その結果、トーマスと同じ魔界探検隊に料理人として参加することになった。

 まさに、今回の任務に相応しい料理人といえる。


 エドワードは肉質について調べた。

 残っている食材を思い出しながら、どう調理するかを考えた。


「班長、どうします?」


 班員たちがエドワードの指示を待っている。


「筋張っているからしっかり煮込んだ方が良さそうだな。シチューにしよう」


「「了解っす!!」」


 エドワードは華麗な包丁さばきで肉を切り分ける。


「肉を軽く焼いておけッ!」


「うぃっす!」


 指示された部下は巨大な鍋に肉を入れて強火でさっと焼いた。

 香ばしい匂いが立ち上がる。

 ちなみに、社員の数が多いので大きな鍋を2つ使っている。


 別の班員が切ったポテトやニンジンを鍋に放り込んだ。

 鍋にたっぷりの水を入れ、沸騰させる。

 瓶詰めされていたトマトソースを注ぎ、糖蜜を加える。


 火加減を調整しながらじっくり煮込む。

 最後にエドワード特製調味料と塩で味を整えれば完成だ。

 エドワードは味見をして深く頷いた。


「さぁ、晩飯だッ! 鍋の前に並べッ! 温かいうちに食えッ!」


 エドワードは社員たちに向けて叫んだ。

 社員たちは作業を中断して、鍋の前に並ぶ。


 調理班は社員たちの器にシチューをよそっていった。

 シチューを食べると深いコクと旨味が感じられた。

 社員たちはこの料理を大絶賛した。


 この評価にエドワードは満足し、やはり魔界こそが自分の活躍の場だと確信した。


          *


 次の日は見張り台の建築が行われた。

 ここは魔界――いつどんな脅威が訪れるかわからない。

 魔界でなくとも、見張り台の建築は必至である。


「――とはいえ、ここは森の中だぜ? あまり高いと葉っぱに遮られて見通しが悪いぞ」


 トーマスはいつも通りに眉間にシワを寄せて言った。


「樹々の間を見通せるように調整するしかないね。2つの見張り台が互いにカバーし合うようにするんだ」


 アルヴィンは苦笑いしながら言った。


 ここからは樹木の伐採や運搬など、腕力が重要な場面が増えてくる。

 魔術による身体強化が活きてくる。


 まずは、場所の選定し整地を行った。

 同時に木材の調たちを行う。

 ここでは木材には困らなかった。


 切り出した木材を組み上げる。

 ロープで固定し、枠組みを完成させる。


 床板を張り、梯子を設置。

 屋根や作成し、雨の日に備えた。

 最後に警鐘を備える。


 やはり、訓練のおかげでわずか1日で完成した。


          *


 拠点の構築は続く。

 倉庫、桟橋、宿舎、食堂、鍛冶場――必要な施設は多い。


 そもそも、今建てている施設は仮のものである。

 いずれはよりしっかりとしたものに建て替える予定だ。


 とりあえず、次に必要なのは倉庫と桟橋である。

 この2つはセットである。


 忘れてはならないのが、彼らが乗ってきた2隻の船はまだ待機しているのだ。

 まだ降ろすべき荷物が大量にある。

 大量の荷物を降ろすためには桟橋が必要であり、降ろした荷物を格納する倉庫も必要というわけだ。


 とはいえ、ここまで恐ろしいほどに順調に進んできた。


「いや~順調だね~」


「まだ3日だぞ。心配するな、すぐに何か起こる。特に魔物のことならどれほど注意しても足りない」


「別に戦うのが目的じゃないからね。このまま何も起こらないでほしいなぁ」


 アルヴィンとトーマスはそんな呑気な会話していた。


 ――カンカンカンカンカンカン!!


 社員たちが倉庫を建てている最中に警鐘が鳴った。

 短い間隔で鳴るのは、敵襲を表している。

 カーティスタウンに戦慄が走る。


「――魔物だああああッ! でっかいイノシシが来たぞおおおおッ!」


 見張り台の上の社員が叫んだ!


 樹々を薙ぎ倒し、イノシシがすごい勢いで突っ込んでくる。

 体高2メートルぐらいの巨大イノシシだ。


 このままではせっかくの拠点がめちゃくちゃにされてしまう。

 絶対に止めなくてはならない!


「――トーマス、クラリッサ、やるよッ!!」


「おうよ!」


「わかりました!」


 アルヴィンたちは身体強化をし、大急ぎでイノシシの方へと向かう。


「これで自滅しなッ!!」


 トーマスは岩の壁を作り出した。


 ――ドガン!!


 しかし、イノシシはその壁を突き破って突進を続ける。


「マジかよッ!?」


 トーマスは驚きを隠せない。

 そのまま、クラリッサに向けて突っ込む。


「――聖騎士サマッ、避けろッ!!」


 トーマスは慌てて叫んだ。

 だが、当のクラリッサは重心を下げて受け止める構えを見せた。

 いくら身体強化しているからといって、あの突進力に対抗できるのか――!?


 ――ドォン!!


 聞いたこともないような衝突音が走った。

 そして、周囲の予想に反してイノシシは止まったのである。

 

「つ、蔓で自分を固定しているだとッ!?」


 トーマスは目を見開いた。


 クラリッサは蔓で自分を・・・地面に固定していたのだ。

 普通に考えれば、敵を拘束するための技――これを自分に使うという発想の逆転である!

 魔術によって強化することで、自分自身の身体が耐えられるようになっているから可能な荒業だ。


 さらに蔓は増えて、イノシシの方も拘束する。

 この好機を逃すアルヴィンとトーマスではなかった。

 アルヴィンとトーマスはそれぞれ左右からイノシシを斬る――ッ!!


 クラリッサはイノシシを拘束していた蔓を消した。

 イノシシは血しぶきを出しながら、倒れた。


「やった! 社長たちがやったぞッ!」


 社員たちが手を取り合って喜びと安堵を表した。


 このイノシシは調理班によってローストボアとなった。

 今回も大好評だった。


「所詮、こいつらはただのでっかい動物だ。魔界の恐ろしさはこんなものじゃない」


 帰還者であるトーマスはそんなことを言う。

 そして、その言葉は間もなく現実となるのであった。


          *


「うーん、どうしたものか」


 エドワードは悩んでいた。


 今回倒したイノシシはあまりにもデカすぎた。

 目の前にはまだイノシシの肉がたっぷりと残っているのだ。

 

「ハムやソーセージは手間も時間も掛かる。とりあえずはベーコンにでもしておくか」


 そう考えたエドワードは早速調理に掛かった。


 まずは肉にしっかりと塩を刷り込む。

 カーティスタウンは海が近いので塩の使用に遠慮がいらない。

 この工程は班員たちに任せて、エドワードはスパイスの調合をしていた。


 当然、スパイスの原料は本国から持ち込んだものだ。

 だが、いずれは魔界で新たなスパイスを発見したいと密かに思っていた。


 スパイスをまぶしたら、塊ごとに清潔な布で包む。

 桶に詰めて、重りとなる石を乗せる。

 こうすることで余計な水分が抜けるのだ。


「今日は疲れたぞ。続きは明日だ! 後片付けに入れ!」


「「うぃっす!!」」


 エドワードの指示で、班員たちは後片付けを始めた。


 ハム、ソーセージ、ベーコン――

 王宮ではこれらの加工肉は完成した状態で納品されていた。


 だが、ここでは自分たちで作ることになる。

 本国からの支援に頼ってばかりではいられないからだ。


 さらに今回のように魔物を狩ることもある。

 そして、必ず一時的余る肉というのが出る。

 そのままでは肉は簡単に腐ってしまう。


 なんとかして後で食べたい――そういう情熱が生み出した先人たちの知恵があるのだ。

 それを活かさない手はない。

 活かさない余裕はない。

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