第02話 水源確保
やがて一行は無事に清流に辿り着いた。
水面が日光を反射してキラキラと輝いている。
「ほら見ろ、ちゃんと着いただろ?」
トーマスは誇らしげに言った。
「ええ、そうですね……」
だが、安堵したのも束の間のこと。
よく見てみれば、水場には先客がいた。
3人は音を立てないように、ゆっくりと茂みに身を隠す。
「なんだ、あの動物は!? オオカミのように見えるが、あんなに大きい訳がないッ!!」
アルヴィンは目を見開いて言った。
体高が自身と同じくらいあるオオカミがいるのだ。
「散々教えただろう? あれが魔界の危険な生物――『魔物』だ」
トーマスがそう言った直後、オオカミがアルヴィンたちの方を向いた。
「グアルルルルルルルルルルルルッ!!」
獲物と認識したからか、縄張りを守ろうとしてか、その目には鋭い殺意が宿っている。
他の者より魔界に慣れているからであろう、トーマスがいち早く反応した。
「――気付かれたッ! すぐに『強化』しろッ!」
各々が身に着けている腕輪の石が輝く!
「しっかりと連携しろよッ!」
トーマスの言葉に2人は力強く頷いた。
「グォオオオオオオオオオオオオッ!!」
オオカミがすごい勢いでトーマスの方へ突っ込んできた。
トーマスは慌てず、武器を持っていない左掌を突き出す。
一瞬にして、トーマスとオオカミの間には岩壁ができた。
――ドゴッ!!
「キャヒン!!」
オオカミはそのまま壁に激突して怯んだ。
この好機を逃すことはできない。
「聖騎士サマ、蔓で動きを止めろッ!!」
「わかりましたッ!!」
突如として、地面から蔓が生え出した。
一瞬にして成長し、オオカミに絡まる。
オオカミは身動きが取れない。
「今だ、社長! やれッ!!」
アルヴィンが持つロングソードの刃が炎に包まれる。
「てやあああああッ!!」
燃え盛る刃を、勢い良くオオカミの首筋に振り下ろした。
紅蓮の閃光がオオカミの首を通り抜ける。
蔓は消え、オオカミは赤い血を流しならが倒れ、そのまま動かなくなった。
3人の華麗な連携が魔物を倒したのだ。
彼らが身に着けている腕輪には『魔晶石』と呼ばれる特殊な石が嵌め込まれている。
この腕輪は『魔晶輪』と呼ばれ、『魔術』と呼ばれる特異な能力を使用するための道具である。
魔術を使う人間を『魔術師』と呼び、行使できる魔術は各々の適性によって様々だ。
「ふぅ……初めてにしては、まぁまぁだな……」
トーマスはやや安堵した様子で言った。
「魔物は恐ろしいと聞いていましたが、魔術を使えば大したことはありませんね」
クラリッサは涼しい顔をしている。
「3人掛かりで倒して調子に乗るな」
トーマスは眉間にシワを寄せて言った。
「敵の能力は把握できました。この魔物でしたら、私1人でも十分対応できるでしょう」
クラリッサはやはり涼しい顔をして返した。
「今のオオカミ1匹で魔物を知った気になるのは違うぞ。さっきは条件が良すぎる」
「条件――?」
「あのオオカミは、魔物の中では弱い部類である上に、都合よく1匹でいることは少ない」
「それは……」
「何度も言っているが、帰還者の多くが今回の参加を拒否している」
「その方々の魔晶石への適合性が低いのではないでしょうか?」
クラリッサが指摘した通り、魔晶石への適合性には個人差がある。
そもそも、多くの人には適合性が皆無だ。
「確かに俺たち探索班は魔晶石への適合性が高い者の集まりだ。だが、魔晶石も魔界の物だということを忘れるな」
アルヴィンたちが身に着けてる魔晶石は、帰還者たちが持ち帰ったものだ。
自分たちの力の源が魔界と言うなら、その魔界はどれほど恐ろしい場所なのだろうか?
それをトーマスは忘れていなかった。
「それはそうですが……」
クラッリサは言い淀む。
「あと、俺たちは最もヌルい場所を選んで上陸している。つまり、先に進めばもっと恐ろしい魔物に出くわすのは確実ってワケだ」
これまで多くの悲惨な失敗を糧にしてようやくここまで来たのである。
結局のところ、魔界について大口を叩ける人間などいないのだ。
帰還者であるトーマスも例外ではない。
トーマスが言っているのは“無知の知”に近い。
一方、2人の会話をよそに、アルヴィンは川の水を飲んでいた。
「う~ん、運動の後の水は美味しいなぁ」
アルヴィンは呑気にそんなことを言った。
「社長、毒見は私の役目です!」
クラリッサは慌てて注意する。
「――ああ、そうだったね。ごめんごめん」
アルヴィンはわざとらしく上辺だけで謝った。
クラリッサは毒に強く、また有毒性を判断する能力がある。
未知の場所を開拓する上でこの上なく有用な能力だ。
「まぁ、俺はかなり飲んだけど生きているぞ。とはいえ、社長自ら毒見とは関心しないがな」
トーマスは微かに笑いながらそう言うと、同じように水を飲んだ。
クラリッサも同じように水を飲む。
川底の石がこれ以上ない程、はっきりと見えた。
「確かにこの水は安全ですね――」
クラリッサは少し安堵した様子で言った。
「それはよかった。順調に水場確保、これは幸先が良いなぁ」
アルヴィンは公社特性小型時計を見ながら言った。
一方でクラリッサは先程倒したオオカミの死骸を見ていた。
「ところで、あのオオカミの死体はどうしますか? 食べるのでしょうか?」
「俺はそいつと同じようなのを何度も食ったことがある。その俺が生きているから、おそらく大丈夫だ」
「もちろん食べるよ。僕らはここにあるものを食べるしかないのだから」
アルヴィンは真剣な表情で言った。
「もっともな話ですね」
未知の食材に対して、不安がないわけではないが、それでも納得せざるを得ない。
「まぁ、獣肉なんてだいたいは焼けばなんとなる」
トーマスは笑いながら言った。
「我らが料理長がなんとかしてくれるから、そこは安心していいよ」
「そうだな!」
ここには人間の生活基盤が存在しない。
持ち込んだ食料は有限である以上、現地で獲得しなくてはいけない。
それが魔界で生きるということ。
それが魔界を開拓するということ。
今までの常識は捨てなければならない。
問われるのは柔軟に対応する力だ。
「それで結局、本拠地はここでいいのか?」
トーマスは確認する。
本拠地の位置は今後の開拓を大きく左右する重大事項だ。
慎重な判断が求められる。
だからといって、のんびりと選定することもできない。
本拠地がなければほとんど身動きが取れないのだ。
決定するアルヴィンの責任は重大だ。
しばらく周囲を歩き回る。
周囲を観察するアルヴィンの視線は鋭い。
「理想的な水源と木材資源があって、地形的にも本拠地を設営するのに適している。みんなを呼んでこよう」
アルヴィンは悩んだ末に決断した。
そして、探索班は上陸した浜辺に“成果”を持ち帰ったのであった。
*
探索班に案内されて社員たちは水場に到着した。
オオカミの死骸の大きさにどよめく社員たち。
彼らを制し、アルヴィンは両腕を広げて話し始めた。
「さて、僕らはここに拠点を築く。重要なのはスピードだよ。早く宿舎、倉庫、工房を建てて、サスティナブルに近い生活を始めないといけない」
ここには畑も牧場もない。
持ち込んだ食料が尽きる前に生産活動を始めなければいけない。
アルヴィンはそれを考えているのだ。
「しばらくは最初はテントで生活することになるけど、できるだけ早く置き換えていこう! 幸い、ここには建材として使えそうな樹木が多い。条件は悪くない、訓練通りやれば大丈夫だよ!」
「「おおーーーっ!!」」
アルヴィンの演説に社員たちが
宿舎を建設するまでに時間がかかることを見越して、多数のテントを持ち込んでいるいるが、長期間それで生活するわけにはいかない。
「魔界だから当然、魔物に襲われることもある。その場合、身を守ることを優先して、探索班や警備班のような戦闘能力の高い者たちを頼ってほしい」
アルヴィンはどうすれば社員の生存率を上げられるか考えた。
その答えが、魔晶石の適合者だけを送り込むというものである。
当然、適合度の違いはあるが、多少低くても助けを得るまで耐えぬくことはできるのではないか――と期待しているのだ。
「そして――この本拠地の名前は『カーティスタウン』とする」
アルヴィンがそう発表すると社員たちから歓声が上がった。
「「カーティスタウン万歳! 公社万歳! 国王陛下万歳!」」
その名は、国王カーティス5世にちなんで命名されたからである。
彼らは、ここをその名に恥じない場所にしようと誓った。
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