王立魔界開拓公社へようこそ!
森野コウイチ
第01話 公社上陸
大航海時代が始まり、すでに200年以上が経つ――。
世界の全容がわかりつつある今なお、全く未知の大陸があった。
恐るべき生物――『魔物』たちが跋扈し、人類を拒むその大陸を人々は『魔界』と呼ぶ。
これは、魔界へ挑戦する人々の開拓精神の物語である。
その果てに待つのは栄光か、それとも――。
*
澄み渡った空の下、赤毛の青年ボートから降りると内陸方向へと歩き出した。
上品さと動きやすさを両立した服を着ており、腰には時代遅れのロングソードを差している。
砂浜を踏みしれば、ザクザクと子気味の良い音を立つ。
「これで、いよいよ僕も魔界の大地に立ったということだね」
青年はとても――とても、感慨深そうに言った。
その視線の先には森が広がっている。
これまで見たことがないような巨大な樹木が散見され、それが魔界に来たという実感を与える。
ちらりと後ろを振り返れば帆船が2隻浮かんでいる。
片方は先程まで自分が乗っていた船だ。
桟橋がないので接岸できず、乗員たちはボートに乗り換えて上陸している。
穏やかな潮風がそよぐ。
赤毛の男の名はアルヴィン・エルヴェネラ。
エルヴェネラ王国の第三王子であり、『エルヴェネラ王国魔界開拓公社』の最高責任者もである。
「――おい、社長!」
呆れた様子でそう呼びかける声。
無骨で貫禄のある男がアルヴィンの隣に並んだ。
男の名はトーマス・ウォーカー。
大柄な体躯に相応しいハルバードを背負っている。
年齢はアルヴィンより一周りほど上だろう。
その厳つい風貌から、彼のこれまでの人生を察することができる。
「ここで達成感を得てもらっては困る。ここまではただの船旅だ。本当の苦労はここからだぞ」
トーマスは険しい顔で腕組しながら言う。
アルヴィンは立ち止まると、トーマスの方を向いた。
「いや~、船旅も結構キツかったけどね。さすが“帰還者トーマス”――魔界の厳しさをよく知っているということだね」
アルヴィンは爽やかな笑顔でそう返した。
それを見て、トーマスの顔がさらに険しくなる。
「その帰還者たちの半数以上が、開拓への参加を拒否していることを忘れるな――」
トーマスは眉をひそめ、あらためて警告した。
航海技術が発達したとはいえ、海には様々なリスクがある。
この魔界には、それとは比べ物にならないほどの危険があるということなのだ。
「――でも、あなたはまた来てしまった」
アルヴィンは挑発するような笑みを浮かべる。
それに対して、トーマスは鋭い視線を返した。
アルヴィンと異なり、トーマスが魔界に上陸したのは初めてではない。
トーマスはかつて魔界から生きて帰ってきた『帰還者』の1人である。
今回の開拓計画も、帰還者たちの持ち帰った情報を基に立てられている。
この
「王子であるお前さんにはわからないかもしれないが、一介の傭兵が地位と名誉を得るまたとない機会なんだ。悪いか?」
トーマスは傭兵だった。
目先の金のために、雇い主の栄誉のために、ただ人を殺し続ける日々だった。
当然ながら、明日をも知れない命だ。
どうせ命を賭けるなら、
魔界開拓で功績を立てることができれば、立身出世は十分に期待できる。
それだけの可能性が魔界には眠っているのだ。
「いや、そのハングリー精神は買うよ。成果が出れば、僕の騎士にしてあげよう」
アルヴィンは相変わらず笑顔でそう返した。
トーマスの気持ちをどこまで深く理解しているのだろうか……。
「確かにそれでも大出世だが、できれば“お父上”の騎士だともっと嬉しいなぁ~」
当然、王子の騎士より王の騎士の方が格上である。
また、アルヴィンは王になる見込みがほぼないため、王位継承による格上げも期待できない。
だが、それをわざわざ本人対して言ってしまうのが、トーマスの粗野なところである。
「――まぁ、一応は推薦はしてあげるよ」
トーマスの礼を失した要求をアルヴィンは特に咎めなかった。
アルヴィンは礼儀や形式よりも能力や成果を重視する人物だからである。
それゆえ上流階級の間では浮いた存在だが、庶民からの人気は高かったりする。
「さすが社長、わかっているじゃねぇか」
トーマスはわざとらしく笑った。
「もちろん、それなりの成果が必要だよ?」
アルヴィンはそう言って念を押すのだった。
「成果か、さもなくば死か――それが魔界だろう」
トーマスはそう返した。
時間が経過するに従って次々と人々が上陸し、最終的にその人数は100人を超えた。
生まれも年齢も性別もバラバラだが、全員が同じような腕輪を身に付けている。
彼らは皆、エルヴェネラ王国魔界開拓公社の社員である。
これから魔界に住み、開拓し、挑み続ける覚悟を決めているのだ。
その中から、
「――社長、ご無事で何よりです」
そう言った彼女はミア・ラブキン――社長秘書兼代理である。
アルヴィンとは別の船に乗っていた。
貴族の娘であり、高いレベルの教育を受けている。
それなのになぜ使用人服を着ているのか?
一説にはよれば、個人的な使用人を連れて来ることができないため、自分のことは自分でするという覚悟の表れだとか。
「ミアこそ無事で良かったよ」
アルヴィンは笑顔でそう返した。
「早速ですが、社長。これよりどういたしましょうか?」
ミアはそう言って指示を仰ぐ。
「とりあえずは、拠点設営の場所の選定だね」
「拠点には水場が必要だ。幸い、良質な清流が近くにあるぞ」
「じゃあ、そこの確認に行こうか。お~い、クラリッサ!」
アルヴィンが呼ぶと、その人物はすぐに現れた。
「――お呼びでしょうか、社長」
黒を基調としたシックな服装を身に纏い、流れるような銀髪が印象的な女――名前はクラリッサ・アークライト。
その美しさと気品には神聖さすら覚える。
アルヴィンと同じく、腰から伝統的なロングソードを下げている。
「ああ、そうだ。僕たち『探索班』の出番だよ。これから水場の調査と確保を行う」
アルヴィンは内陸方向を指さしながら言った。
この魔界で大勢が無闇に動くのは危険すぎる。
よって、少人数で構成された『探索班』が先に偵察し、ルートの安全を確保することになっている。
現状のメンバーはアルヴィン、トーマス、そしてクラリッサだ。
アルヴィンは、公社の最高責任者であると同時に、探索班のリーダーも兼任している。
ちなみに、他には『物品班』『建築班』『調理班』『農業班』『技術班』――といった班が存在する。
「わかりました」
クラリッサはやはり無表情のまま、シンプルにそう返した。
「僕たちが探索に出ている間に、優先度の高い物資を船から降ろしておいて」
アルヴィンはミアにそう指示を出した。
「承知いたしました」
探索班は素早く装備を整える。
今回は短い距離の予定のため、水と食料はそれほど持たない。
「え~っと、僕たち探索班が様子を見てくるからね。皆はここで待機していてほしい」
アルヴィンは大きな声で社員たちにそう伝えた。
「「お気をつけて!!」」
社員たちはそう叫んだ。
「――それじゃ、僕がいない間のことは任せたよ、ミア」
「いってらっしゃいませ。万事、この私にお任せください」
ミアは深く頭を下げつつ、自信に満ちた声で言った。
「ゴードン、みんなの安全は任せたよ」
「ああ、任してくれ」
ゴードン・ストックデイルはそう答えた。
この男は『警備班』の班長である。
トーマスと同じ帰還者であり、似たような雰囲気を醸している。
「よし、最初の探索に出発だ!!」
社員たちに見送られて、探索班は内陸方向に向けて堂々と歩き出した。
*
トーマスの案内に従って森に入る。
陽の光が植物の葉に遮られ薄暗い。
「当然のことですが、やはり道がないというのは歩きにくいですね……」
クラリッサが無表情のままボヤいた。
生い茂る草と、張り巡らされた木の根が、彼らの歩みを阻害しているのだ。
「まぁ、しばらくすれば、自然と道ができるんじゃねぇか? 開拓が上手くいけばだが――」
何度も同じルートを通ることで、自然と地面が踏み固められ、“道”となる。
一度できた道はさらに人を呼び、発展していくのだ。
一行は足元に注意しながら周囲もしっかりと観察する。
魔界にはどんな危険が潜んでいるかわからないからだ。
最大限の警戒は進む者たちを疲弊させる。
「この紫色の光は何だろう――ホタルかな?」
アルヴィンが言う通り、周囲には紫色に淡く燐光する何かが無数に浮かんでいる。
「そいつは『魔力』そのものじゃないかと俺は思っている。魔界ではよく見かける光景だ」
トーマスは深く気にする様子も見せずに言った。
「確かに、周囲から薄っすらと魔力を感じるね」
アルヴィンは燐光する何かに向けて手を伸ばすが、それを掴むことができず、手の隙間からふわりと逃げていく。
「――今更で恐縮ですが、そもそも『魔力』とは一体何なのでしょうか?」
クラリッサはやや遠慮がちに訊ねた。
「『魔術』を使うためのエネルギーを便宜上、そう呼んでいるだけで詳しいことは何もわかってないね」
アルヴィンは肩を竦めながら答えた。
クラリッサもまともな回答が返ってくるとは期待していなかった。
ただ、それでも問わずにはいられなかったのだ。
「まぁ、これだけは言えるぜ。魔力を制するものが魔界を制するってな」
「魔界どころか、世界を制するかもよ」
「はぁ……」
ニヤニヤ笑う男2人を横目に、クラリッサは静かにため息をついた。
それでも、2人の言っていることは決して大げさではないことは理解していた。
「それにしても、葉が緑ではない植物が結構ありますね」
周囲を観察すればするほど、異様さに気付く。
赤や青や紫といった、通常ではあまり見かけない葉の色がここでは比較的多い。
「魔力の濃い場所ほど、そういうのが増えるぞ」
「さすが魔界だね~」
そんな会話をしながら――道なき道を進んでいった。
不安材料は多かったが、暑くも寒くもないのは救いだった。
「ところでトーマスさん、本当に方向は合っているのでしょうか?」
クラリッサは不安気に訊ねる。
「そこは心配するな。まあ……ちょっとぐらい違っても、川というものは長いからな――」
トーマスは茶化すでもなく言った。
「はぁ……」
クラリッサはまたしてもため息をついた。
――ギャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
突然、森の中に不気味な笑い声が響いた。
「なんだッ!?」
「敵でしょうか!?」
アルヴィンとクラリッサは身構えるが、トーマスは落ち着いている。
「ただの鳥の鳴き声だ。魔界で生活したきゃ慣れるしかない」
トーマスは肩を竦ませながら解説した。
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