idol

hiromin%2

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 真っ昼間の喫茶店で、まず青年は、長ナスがどれほど性的かを老人に熱弁しました。

「見てくださいよ、すらりとしたカーブ、そしてわずかな膨らみを! まるでハイティーンの生足のようじゃないですか」

「それにしては、青すぎるがなあ」

「魅力が分からないのですか、残念だなあ。年を取るとやはりエロスの感受性が鈍るんでしょうかね?」

 青年は老人を小ばかにしました。

「日本人誰に聞いても長ナスが性的だなんて言わないと思うが」

「そんなことは無いですよ、僕のような性の冒険者はいくらでもいらっしゃると思います」

 青年はずいぶん誇らしげに言った。

「ナスが性的かどうか、そんな事はくだらなくてどうでも良いんだが、本当に君はこれから、長ナスをガールフレンドに見立てるのかい?」

「訂正させてください、長ナスは僕のガールフレンドそのものになるのです」

 青年は澄んだ瞳で断言したが、老人にはそれが奇妙だった。

「今日僕はそれを宣言したかったのです。僕は人間の女性と恋愛するのをあきらめました。いや、新たな可能性を模索するべきだと確信したのです」

「現代は多様性の時代でしょう? だから人間との愛に固執する考えすら、時代錯誤だと考えたのです。だからこそ僕は野菜との革新的な恋愛の在り方を模索しようと思っています」

 青年は多様性を悪い方向に解釈しています。老人はあきれ顔でした。

「別に愛の形は人それぞれで良いと思うが、話を聞く限りだと、別段野菜にフェチズムがある訳でも無いんだろう? 君は女性大好きじゃないか。どうして無理に野菜を性的対象として見ようとするんだ」

「あなたは年寄りだから、もうすぐ死んでしまうでしょう? でも僕は数十年も生きなければならないんですよ。だから、その長い期間を愛無しで生きていくことには耐えられないんです」

「君はまだ二十歳だろう? この先ガールフレンドができる可能性なんていくらでもあるじゃないか。そう悲観するな」

「じゃあ、もしできなかったとしたらどうするんですか!」

 青年は目を血走らせ声を荒げました。老人は苦い顔をしました。

「リスクマネジメントですよ、これからの人生で起こるリスクは、事前に対処しなければならないんですよ」

「ガールフレンドができなくて焦る気持ちも分かるが、冷静になって考えてみないか」

「三日三晩考えたんですよ!」

 青年は興奮して、老人の話に耳を貸そうとしません。しかし老人は親切にも説得を続けました。

「あまり言いたくはなかったが、君は身なりが整っていないからダメなんだと思うよ。今だってほら、寝ぐせで髪がはねているだろう? それに髭も剃っていない。もっと清潔な見てくれにすればガールフレンドもできると思うが……」

「容姿批判だ! 時代錯誤だ!」

 青年は人目も気にせず、大声で騒ぎました。何事かと、他のお客さんが一斉に青年たちを注目したので、老人は恥ずかしくてたまりませんでした。

「私が悪かったから、まずは落ち着いてくれないか」

「……ふん!」

 青年は感情を昂らせたまま、鼻息を荒くしながら座りました。

「別にあなたが何を言おうと、今日から長ナスと愛を育みますから」

「……勝手にしてくれ」

 老人は説得をあきらめ、空々しく返事をしました。


――ピピピッ、ピピピッ

 卓上のタイマーが鳴りました。

「おっと、そろそろ出発しなければ」

 すると老人は立ち上がり、キビキビとした動作で身支度を始めました。

「ちょっと待ってください! まだアイスコーヒー残ってるんですよ」

「君がおかしな話をするから悪いんだろう? もう出るぞ」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

 老人は一転して、横柄な態度で青年を催促しました。仕方なく、青年は細いストローでアイスコーヒーの残りを一気に飲み干しました。

「ゲホッ」

「よし、出発だ!」

 軽快な足取りで老人は店内を後にしました。その後を、腹冷えした青年が具合悪そうについていきました。


 今日は、女性アイドルグループ「Milky Drop」昼公演がありました。老人は彼女らの熱烈なファンで、雑居ビルの地下二階にある、小さなライブハウスを青年と一緒に通っていました。

 老人はサイリウムを手に取り、年甲斐もなく歌って、踊って、騒ぎました。万年独身の老人にとっては、彼女らアイドルこそ、唯一の生きがいだったのです。

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