第6話

「そんで、ねえ阿都あと?あんたはまだ独り身なわけ?」



ここ数ヶ月の近況報告をしつつランチプレートを食べ終え、ストローでアイスティーを混ぜながら大学時代の友人、黄瀬きせ 茉優來まゆらがそう訊いてくる。


独り身という表現が何となく鼻についたような気がしないこともなかったけれど、この人は話の9割が常に冗談な10分遅れたぷゆおくへた例の人。彼女は素の私を知る、数少ない人間の一人だ。



「……男の人は苦手かな、今も」


「やっぱり、まだそうなんだ」



頷いて、無意識に俯いてしまう。


しまった、と、はっとして彼女の顔を覗き込むと、眉を下げて悲しげに私を見つめる目と目が合ってしまい、鳩尾の少し下が握り締められるように痛んだ。


せっかく久しぶりに会えたというのに、なんだって私はこんな重い話をさせているのだろうか。



「まあでも、あんたほどの美人じゃその辺の男は簡単には寄ってこないじゃんね、逆に。今となってはほぼ芸能人だし。てか芸能人か」


「そんなんじゃないよ。……まあ、外で声かけられることは多くなったけど、ほら。今日だってお昼はオフだもん」


「奇跡的に、ね。あんたの仕事観に行った事ない私でもSNSで人伝ひとづてに見たことあるもん、あんたのまとめサイト。『天才美女』って。輝きまくっとるやないか」


「恐縮至極にございます……でも本当、大袈裟なんだよ」



またまた、いいから認めなさいや!と、ピシャリと窘められる。


だけれど、私自身が本当に、求めるクリエイションをただ夢中になって実行しているだけという感覚で日々ステージに立っているのだから、自覚をするというのは中々に難しいことなのだ。


ビジュアルも然り、派手で華やかな風貌にしてみたらウケが良かったからそうするだけであって、本来の私の趣味ではない。何かを求めるのなら何かを犠牲にしなければならないし、時にはその代償に報酬が見合わない時だってある。小さな私が大きなものを欲しがれば、自ずと犠牲は大きくなることは覚悟している。



「まあ、見かけによらず中身はお婆さんとお餅のハーフのおさげ図書委員みたいなところは相変わらずだけどね」


「先生、それはまず生き物なのでしょうか」


「あ、褒めてるよ」


「うん?ありがとう?」


右に頭を捻っても、左に捻っても、全く理解は出来なかったけれど、どうやら褒めてくれているらしい。


「でも本当、面白いよね。学生時代なんて頭と見た目がアホみたいに良いだけのクソ音楽オタクのうぶな処女だったのに」


「……本当に褒めてる?」


「だから褒めてるってば」



どう考えても褒めにはなってない。嫌味を込めて睨んでみたけれど、綺麗な眉毛を寄せながらカカ、と、愛らしい犬歯を覗かせて笑い飛ばされてしまった。



「……ていうか、処女は、今もだし」


「ええ?拗ねながら訂正すんのそこなん?」



このセクシー美女がそれ言ってんのおもろすぎん?と、私の宣材写真を拡大しながら見せつけてまた笑って来やがった。恥ずかしいからやめて欲しい。


せめてもの抵抗をと軽く睨みながら、べ、と舌を出してみた。


けれど、ハイハイ、きゃわええな、と、凄まじい軽さで受け流されてしまった。



「今はさ、ありがたいことに仕事も趣味も、それなりに充実してるから、余計にそういうのあんまり気が向かないの」


「それもそうか。阿都は元々多趣味だし、アンジュさんもいるしね」



たとえ孤独や緊張感に押し潰されそうな夜でも、私には愛しの白い塊アンジュの温もりがあるから。


もちろん茉優來だっているし、何より私には音楽がある。


ベランダ菜園や日課、料理やアニメと、没頭できる趣味もある。



「でも、もし『この人かも!』って人に出会ったら、迷わず勇気出してくんだよ?」

 

「『この人かも』って?」


「要するに運命の人ってこと」



運命の人、か。


どちらかというとロマンチストな私の心にはその言葉が案外すんなりと馴染んだ。


けれど、私はどうしても異性に心を開くことができない理由がある。


あまつさえ同性にすらも、ついつい分厚い壁を掘っ立ててしまう始末。


そんな、私に、恋愛なんて。



「私に、できるのかな」


「できるの!いい?その時は私がちゃあんと、助けてあげるから」



握り締めた拳で胸をぽす、と叩きながら、力の籠った声で茉優來が言う。


こういう時の彼女の言葉には、いつだって嘘がない。



「……分かったよ」



顔が自然に綻んだ。だって、そんな人間に背中を押されちゃあ、どれだけうじうじしたって首は縦にしか振れなくなってしまう。



「約束だからね?」


「はあい」


「よしよし」



なんだか、同い年なのに茉優來の方がずっと歳上の姉のようだ。


兄妹はいないけれど、もしいたらこんな感じなんだろうか、と、彼女と居ると時々思う。


それぐらい大切で、一緒にいるだけで胸に支える不安が全て消えていくような感覚になる。

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