第5話

朝食が済んだら、アンジュさんはいつの間にか何処かへ消えてしまう。私の寝室だったり、仕事部屋だったりと日によって様々なのだけれど、今日は寝室の方から鈴の音が聞こえたので日光浴でもしているのだろう。



食器を片付けてからもう一度歯磨きをして、ベランダでヨガをして、身体を温める。


仕事柄不規則な生活を送りがちな身だから、自己管理の範疇としてもう何年もやっているのだけれど、一度この事を何気なく友人に話したら「おしゃれな朝活女子」と言われて凄く恥ずかしい思いをしたので、以来誰にも秘密のルーティンになってしまった。


やらない方が心地が悪くなってしまうからただやっているだけ、という感覚だから、一体どこがおしゃれなのかよく分からないけれど。


部屋の中のスピーカーから漏れるアーロ・パークスのアルバムを聴いていたら、今日はブロッコリーの形をした雲を3つも見つけた。



13時から駅前の喫茶店で大学時代からの親友と昼食を取る予定なので、シャワーを浴びてから支度をする。


服装はラフに、肌触りの良いコットン地の白い長袖のロングワンピースに決めた。冷え性なので、暖かい素材の白い靴下もちゃっかり履いておく。


脱いだ服とタオルを洗濯機に入れながら仕事のメールをチェックしていると、メッセージアプリの通知が来た。


《ごめ!10ぷゆおくへす!》


盛り沢山の誤字もお構いなくメッセージを送ってくるのは大体彼女・・しかいないので、《りょかい》とだけ返す。10分遅れるらしい。



スマホを側に置き、普段用の簡素なメイクを施してから、ストレートアイロンで伸ばした髪と眉上で地平線の如く横に揃った前髪にコームを通せば用意はほぼ完了。



正直、見た目にあまりこだわりがないから身だしなみは最低限。しっかり作り込むのはステージに立つ時ぐらいかもしれない。


ヘアメイクは嫌いじゃないけれど、こだわり出すとキリがないように思えて中々気が進まないのだ。


今のままで特段誰かが困るわけでもないし、健康でさえあれば人間皆それなりに見えると思っている。



羊の革でできた小さな黒いバッグを持って、長い紐がついた白いニットのバケットハットを被ったら、玄関の鏡で軽く確認をする。最後に木と花の香りの香水を首の周りに二回プッシュしてからドアノブを押した。



「おし……アンジュさーん、ねえね行きますよお」



アンジュさんへの一言も忘れずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る