第3話

仕事の話や金の話、痴話。拝金主義で集団主義の現代人らしい話題に生気の無い花を咲かせる大人たち。自分の知らぬ所で無関係の人間に糾弾される誰かさんに細やかながら同情した。



「(どこの人間もこういうの、好きだよな)」



否定もせず肯定もしない。私のコミュニケーションスタイルは終始一貫してこうだ。


へえ。そうなんですね。まじですか。やばあ。すごお。仕事の話や私に関係の無い話は全てこの5語でどうにかなる。所詮そんなもの。



質はさておき一頻り言葉を交わしたところで、いつもの如く、極力自然に切り出す。



「あ、皆さん。私そろそろ、この辺りで」


「えー!帰っちゃうの?」


「相変わらず早いよね〜」


「モテる女は忙しいね」


「おー?今日もデート?」



煽るように掛けられる声。出番が終わると毎回そそくさと帰るものだから、いつの間にかどこかしこでビッチ節を炸裂させていることにされている。どこぞの男性をお持ち帰りしていると思われているらしい。



「秘密です」



もちろん大嘘。余裕で即刻自宅帰還の予定(確定)だ。



まあ、そんな実態がバレようものなら「見掛け倒しのつまらない奴」として飽きられてしまうから、作り込んだ笑顔を添えて、ここでも完璧な虚像を死守した。



「じゃあ、お疲れ様でした」




タクシーを拾い、眩い光の塊が走る窓を曖昧な意識で眺める。アルコールに侵された脳は少し汗をかいていて、妙に心地良い。誰かに触れたい。触れられたい。このまま夢の中にどっぷりと浸ってしまいたい。


長くて骨ばった指が、身体の隅々を弄ぶ。緻密なフィクションを想像する。溢れる色欲、それに対する嫌悪感と罪悪感。


水で満たされた水槽に垂れた重油のように、混ざることなくただ水面が汚れていく光景が脳裏に広がっていく。


自傷行為の延長線上にあるようなこの思考がどうにも癖になってしまっている。




覚醒と昏睡の狭間で揺れたままの意識で身体を動かし、タクシーから降りた。


マンションのエントランスを抜け、脊髄反射で26Fのボタンを押す。柔らかい重力を感じるこの瞬間、私は漸く虚像から解放される。


カードキーでドアを開け、脱衣所へ直行した。残り三割ほどの意識でメイクを落とし、タバコと酒の匂いがこびり付いた上着と、最早服というよりも布に近い衣装を肌から引き剥がし、下着を脱ぎ捨てる。


浴室を出て寝室へ行く時点ではもう意識は殆どゼロに近く、髪を乾かし、XXLサイズのTシャツを被り、ベッドに潜り込むまでの作業は全て意識の外側にいる私が今日もきっと、やってくれるだろう。


それから意識の外側の私は、ベッドサイドに置いてあるストロー付きのミネラルウォーターを適当に飲ませ、へばり付いた喉を一旦剥がしてくれた。ありがとう、私。


目を閉じると、身体の後ろ側がベッドに吸い込まれていくような感覚に陥る。


疲労と罪悪感、孤独、寂寥感、満たされた承認欲求の死骸と不完全燃焼の自我。その全てが空気に溶けて、消えていくような感覚とともに、私は漸く完全に意識を手放した。

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