通知
白河雛千代
第1話
てろてろてろん。
お馴染みのメロディが鳴って、私は起きた。
時刻は深夜の三時だ。
(誰だ? こんな時間に)
そう思って傍らのスマホを取り上げる。
けれど奇妙なことに、何も通知はなかった。
私は首を傾げながら、元の場所にスマホを戻して、再び毛布を被り直す。そうしたところでまたあのメロディが鳴った。
えっ? と思いながら、再度スマホを確認するが、やはり何も通知は来ていない。
(なんなのよ……もう)
その日はそれで打ち止めだった。
明くる日はそのために寝不足で、私は同僚の子とランチを食べながら打ち明けると、「お疲れですか?」なんて心配された。
けれど、その夜もまた鳴った。見ても、スマホに通知は来ていない。私は充電器のケーブルを抜いて、布団に叩きつける。
「もう良い加減にして!」
次の日、早朝から私はキャリアショップに予約を入れて、端末を交換することにした。どうも調べてみると、自分の機種はそのような不具合もあるらしいと説明されて、機種変更を勧められたが、端末の交換だけでいいとした。
「それはできません。もしそうなさるのであれば、新たに端末を購入することになります」
「ちょっと待ってよ。故障してるのは明らかなんだから、交換くらいいいでしょ」
「申し訳ございませんが、こちらの方で故障は認められませんでしたので」
「なんですって……」
私は仰天しながら、店員に詰め寄った。
「だって、もう何回もあったのよ。音だけがして、バイブもあったわ。なのに、通知は来ていないの」
「ですが、機器に異常は見当たりませんでしたので」
「おかしいでしょ」
店員は疲れた表情で短い息をついて言った。
「ではこういうのはどうでしょう? こちらを中古品として我々が買い取ります。下取りというやつですね。それなら新品を新たに購入しても、いくらか安くなる手はずです」
「だから、それは故障してるんだって」
「お客様、落ち着いてください。誠に申し上げにくいのですが、故障は認められないのです」
私は一時間以上も粘った末、結局新品の再購入で済ませた。
苛立っている。その日はもうどこに行っても、気分は優れなかった。
しかし、その日のうちにまたしても同様のことがあった。
今度は自炊のため台所に立っている時、居間の方からメロディと震える音が聞こえて、私は手を拭ってスマホを確認する。けれど、やはり通知は来ていない。
「ちょっと! アンタんとこで今日買ったやつなんだけどね、もうすでに壊れてるわよ。どうしてくれんの?」
「それはおかしいですね。畏まりました。そうしましたら、再度ご来店いただきまして……」
「もうアンタんとこでは買わないから!」
私は通話を切ったが、その日の夜も、また次の日も、同様のことが続いた。
「先輩。顔色悪いですよ」
「こんなことがあってさ、本当どうなってんのかしら」
「少しお暇を頂いた方がいいんじゃありませんか」
「アンタまでそんなこと。でも、独身だし、家賃もあるし、そんなこと言って休んでらんないじゃない」
「でも……」
その頃から日課のようにキャリアショップを巡るのが続いたが、状況は一向に改善されなかった。
通知はスマホだけではない。郵便受けや社内呼び出しでも同様に、通知が届いて、確認をしにいくと、何も来ていないというのである。
流石に私も気味が悪くなってきて、神経質にもなっている。夜は眠れず、体育座りをして布団を被るだけにした。
「どうなってるの? それとも私、本当におかしくなってきちゃったの?」
また目の前で通知音がして、取り上げると、何もない。
一度その瞬間を見てやろうと、スマホの画面を見続けたこともあったが、そうすると今度は一向に鳴らなくなるのだった。
私は頭を抱えた。
もし故障でないとしたら、今もどこかで誰かが私宛の通知を出そうとしているに違いないのだが、そんな心当たりもない。
誰かが、今も、私に。
そう思うと、遠くの音でさえ敏感に感じとれるようになって、アパートの廊下を行く住人の足音だってよく聞こえた。
バイクが停まる。階段をあがる。私への通知を届けに来ているのかと思いきや、私の部屋の前を通り過ぎて、別の部屋に行く。
その時ふいにぶるぶるっとスマホが鳴って、反射的に取り上げると遠距離にいる母だった。
「どうしたの、あんた。そんな声して」
「ううん、なんでもない。それよりどうしたの」
「それがね……」
高校の時、付き合っていた彼氏がつい先日、亡くなったのだという。
「バイク事故でね、一瞬のことだったそうよ。あなたには報せておくべきか、迷ったんだけど」
私は背筋が凍りついた。
まさか、と思った。
通話が途切れても、何もできなかった。
静かな部屋に、またスマホのメロディが鳴った。
私はとりあげる。やはり何もない。
「あなたなの?」
尋ねてみた。返事はなかったが、代わりとでも言うようにスマホが鳴った。
「本当にあなたなんだ。そうなんでしょ?」
私は何もない空間にほとんど叫んでいた。
スマホが答えるように一回一回鳴った。
「ごめんなさい! 私、あの時はまだ若くて、自分にいろんな可能性があると思って、試したかったのよ! それがあなたを傷つけると分かっていても、試さずにはいられなかったの。本当にごめんなさい!」
私はもう涙を流しながらスマホに懇願していた。
「だから、怖がらせるのやめて。もうゆるして」
しかし、スマホの震えは収まるどころか更に頻発して、鳴り止まない。取り上げても、通知はない。私はもう半狂乱で、頭を抱えながら喚いた。
すると、部屋の入り口からどんどんと叩く音が聞こえて、男が雪崩れ込んできた。皆、一様に青い制服を着ている。その一団の後ろから、青年が言った。
「この人ですよ。なんか最近おかしくて、今もわーぎゃー騒いでて、なんかあってからじゃと思うともう怖くて怖くて」
「確かに少し様子がおかしいようだ。君、ちょっと署までご同行願おうか」
私は震え続けるスマホを前にして、引き剥がされまいと抵抗した。けれど、次第に男たちの力で持ち上げられ、階下に停まるパトカーに納められて行った。
部屋に残ったスマホにはまたしても通知が来ていた。
けれど今度こそしっかりとした内容があった。
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通知 白河雛千代 @Shirohinagic
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