第四話 決壊の先にある感情
「このチームは負けたが!お前たちは負けてない!一人一人が今までで一番のプレイをしたと思っている!」
気が付けば専用の更衣室で、ミーティング兼反省会が始まっていたが、半分以上が泣いていた。俺は泣いていなかった、優先輩も泣いていなかった。
顧問のまるで用意していたかの様なセリフはみんなに涙させたが、俺はたいして心に刺さらなかった。
顧問が出ていき、みんなが着替え始めた、みんなが着替え終わって少しづつ更衣室を後にする中、俺と優先輩だけ残った。
「優先輩」
俺は顔も見ずに、声をかけた。
「同点でしたね、どうするんです?沙希は」
平一はそう聞いてきた、俺は平一に、少し怒りを混ぜて。
「好きにしろ、俺は帰る」
そう言った、だが平一は納得できなかったのか。
「好きにしろだって?……調子に乗るなよ優、なんであそこでシュート撃たなかった?」
俺はその時のことを思い返した。
「あれはお前にシュートを決めてほしくて叫んだんだ、パスをよこせって意味じゃない」
平一は引き下がることなく、近づいてきて。
「じゃあ、沙希は諦めてたのか?!」
俺は無駄につかかってくる平一を鬱陶しいと思い、強めに。
「あぁそうだよ!沙希のことは諦めてた、あんな賭け必要なかったんだ……」
俺は罪悪感で押しつぶされそうになった。すると平一は暗い顔で。
「……そうですね、あんな賭けを持ち掛けた俺の責任です。でもこれは俺だけの責任じゃない、あんたも、俺も、その贖罪として沙希は諦めよう」
俺はさらに罪悪感を感じて限界が来た。
「そうだな、いや違う、お前のせいだ、お前が変な賭けをしなければ!お前が沙希に惚れなければ!お前が吉原に認められなければ!こんな結果にはならなかった!すべてお前の責任だ!お前がいなければ!!」
そう言い切った後、俺は少しすっきりしてしまった。だがすぐに優に言い過ぎたと思い顔を上げるが。
平一は、見たこともない絶望した顔で、冷たい眼差しを俺に向けてきた。
「そうですね、俺が邪魔でした」
そう言って平一はすぐに荷物をもって更衣室から出ていった。
更衣室に取り残された俺はうずくまった。
「…………ごめん」
「おい、平一」
平一がホテルに帰るために会場の出口に向かう途中の廊下で、立石が呼び止めた。
「お前なんであそこでシュート撃たなかった」
「撃てなかったんですよ、僕の技術じゃ」
立石はそれを聞くと、平一を突き飛ばした。
「いてっ!」
平一はしりもちをついた。立石は平一の胸倉をつかみ。
「てめぇふざけんなよ?!俺だったら絶対決めてた!お前レフトに選ばれてから生意気だよな!?なぁ!」
そうキレて来た、だが優に罵倒されたことでかなり精神が不安定だったため、強気になってしまい、立石先輩の頬を叩いて。
「俺だったら決めてた?ベンチですらいられなかったあなたが俺をそんな風に言いますか?!毎朝の走り込みも、毎晩のストレッチも欠かさなかった俺と!部活後に残って自主練することもなく帰ってたあんたじゃ!価値が違うんですよ!」
平一はそう言ってすぐに立ち上がり帰ろうとするが、立石は腕をつかんで言った。
「そういうかっこつけてるとこもムカつくんだよ!お前……お前そんなんだから、みんなから嫌われてるんだよ、先輩からも同学年からも後輩からも!」
立石のこの言葉は嘘だった、だが精神状態のよくない平一にとって、その言葉は辛いもので、嘘と判断するには真に受けすぎた。
平一は限界だったのか、いきなり走り出した。
「……何も言わないなら図星なんだな!」
立石は、走り去ってく平一にそう吐き捨てた。
疲れてへとへとの足で走り、会場を後にした。
今は、何も考えたくなかった。
とにかく、何も気にしないように心掛けた。
ホテルへ向かう途中、今までで見てきた中で一番大きい駅を見た、でかいなぁなんて考えながら足を止めた。
その時バックの中にシューズが入っていないことに気づいた、あの場所に戻るのは嫌だったが、おじいちゃんが買ってくれた大切なものなのでしぶしぶ取りに帰った。
平一が更衣室から出ていき数分が経った、俺は取り返しのつかないことを言ってしまった、もう、平一は俺と一緒にはいてくれないだろう。
「優」
顧問が更衣室に入ってきた。
「はい、なんでしょう」
「大丈夫か?」
顧問は俺の顔を見た。
「平一となんかあったんだな」
「え?」
「見たことないぐらい顔色悪いぞ。何があったのかは知らんが、あまり気に追うな、あいつは強い」
確かにあいつは、大好きだったおじいちゃんが亡くなった後でも、俺が恋敵だと知ったあの日も、賭けが無駄になったあの時も、感情に任せることはなかった。
「そうですね……平一を信じます」
そう言って荷物を持ち、更衣室を後にした。
「そういや優」
「なんでしょう」
長い廊下を歩きながら顧問が話しかけてきた。
「沙希が探してたぞ」
俺はそう聞いてまずいと思った。
「今は見せる顔がありません、今は会えないって伝えといてください」
「その必要はなさそうだぞ」
「え?」
ふと目を前にやると、沙希がいた、ひどく心配している様子だった。
「沙希さん、優を頼みます」
そう言って顧問は、俺の背中を押した。
「優君……」
顧問は席を外した、この一本道の廊下には俺と沙希だけになった。
「…………」
俺は何も言えなかった、が。
「パンッ」
沙希は俺の頬を叩いた。
「私を賭けの道具にしないでよ!優は私といるのが嫌なの!?あそこでパスを出したのは私といたくないからなの?!」
そう言われた、俺は廊下の壁に背中をついて、腰を下ろした。
「ごめん、ずっと言ってなかったけど、俺はサッカーが好きだ。残念だが沙希よりも」
沙希は泣きそうな顔をしていた。ここでそんなことを言ったのは、平一へあんなことを言ってしまったことと、チームより平一を優先したことへの贖罪だった。
「俺は……昔から恵まれてたんだ、両親は金持ちで、才能もセンスもあって、面もよくて、優しいと言われて」
沙希は俺の右隣に腰を下ろして話をきいてくれた。
「だからなんでもできた、周りは俺を信頼して、尊敬してくれた」
俺は無意識にも涙があふれてきた。
「でも沙希は、そんな俺に尊敬の眼差しじゃなくて、一人の人間としてみてくれて、優しくしてくれた、それがうれしくて沙希に惚れたんだ」
沙希は少し驚いた表情をした、その優しさは無意識だったそうだ。
「でも俺は、俺のサッカーに沙希が入ってくるのが嫌だと思っちまった、そんな時に、平一が現れたんだ。平一は一年の頃から頭一つ抜けてうまかったが、俺のような才能やセンスは感じられなかった、だがその強い意志で努力を続けて、気づいたら俺の横にいた。そして平一は、俺をライバルとして認めてくれた。こいつなら沙希をまかせてもいいと……思いあがったんだ」
俺は顔を下ろしてた。
「俺は、平一のために沙希を諦めたと自分に言い聞かせて、俺が沙希が連れまわしたらかわいそうなんて自分に言い聞かせて、ズッ……俺は、優しくなんかない、本当に優しいのは平一だ、最後まで、あいつはすべてを背負おうとしてたんだ……。なのに、俺は、は尊敬されてて慕われてて、何でも許されると勘違いして、自分のサッカーを守るために周りを犠牲にして、それで失敗した……半端なマウント野郎だ」
俺は、思っていたことをすべて口に出した、これを知れば、沙希は俺から離れていき。優しい平一なら少しは同情してくれると思ったんだ。
「優君……私ね、東京球技に受験するんだ」
「え?……なんで?」
自分に言い聞かせていたとしても、恐れていたことが起きた、だが。
「私は優君の隣にいたい、連れまわしてもいい、サッカーはもちろん応援するし、全力でサポートする」
「沙希は美容学校に行くんじゃ?」
俺は慌ててそう聞くと、沙希は。
「その目的は、優君に好かれるため、だけど優君はもう私のこと好きだもんね」
俺はさらに涙が込み上げてきた。
「自己中になっていいんだよ、サッカーも私も、両方を取っていいんだよ、私は二番目でもかなわない」
俺は理解した、平一の言っていた『好き』には別があることを。
俺は先の手を掴んで。
「違う!沙希も一番だ!サッカーも一番だ!だから両方欲しい!沙希は二番目なんかじゃない!ずっと前から一番だ!大好きだ!……はっ」
俺は自分で言ったことに恥ずかしくなった、沙希の顔は赤くなってきていた。
「私も、優君が一番!私も大好き!」
優と沙希は抱き合った、俺は感情が抑えられなくなった。
「うぅ……あ、あああぁぁぁ」
泣き出してしまった、沙希はそんな俺の背中に手をやり。
「今までよく頑張ったね、お疲れ様」
俺は更に泣けてきた。
「あああああぁぁぁぁぁ!」
平一は、廊下の曲がり角にいた、優と沙希の会話は、沙希が東京球技に行くところから聞かれていた。
平一は二人がいなくなるのを待ち、更衣室に靴を取りに行った。
「死ねよ」
平一は言葉をこぼした。
「う゛わ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
数日後、平一は自分の部屋で枕に顔をうずめて叫んでいた。
「何が期待だ!何が信頼だ!何が優しいだ!あのごみ共の信頼なんかくそくらえだ!俺はあいつより頑張て来た!俺はあいつより強くなった!俺はあいつより優しくできた!じゃあぁ!俺の何が間違ってた!?」
「コンッ、コンッ」
そう叫んでいると、誰かが部屋のドアをノックした。
「平一うるさいぞ」
「……ごめん、父さん」
父さんだった、心配は感じられなかった。
「前の試合負けたんだな」
父さんはドアも開けずに言った。
「あぁ、そうだよ、頼むから今日は話しかけないでくれ」
空気も読めず話しかけてきた父さんにそう言うと、父さんは。
「家族の話はちゃんと聞きなさい、それに負けてちゃだめだ、お前はサッカー選手になるんだろう?頑張れ」
父さんなりの励まし方だったんだろうが、俺は余計に腹が立った。
「……クソ親父」
そう小声で言った、父さんは気が短く、適当にいなすのが必要だ。こんな時に一番かかわりたくない相手だった。
「おじいちゃん……たすけてぇ」
俺は無意識にも、おじいちゃんに助けを求めていた。
数時間後、俺はやっと落ち着いた。
「ふー」
一息ついて、明日の学校の準備を始めると、部屋のサッカーボールが目に入った。
「……俺……なんでサッカーやってるんだっけ」
俺はなるべく人と関わらないように過ごすことにした。
翌年の卒業式の日、俺は優とも沙希とも関わることなく、過ごしていた。
まだあの日のことは気にしていた、そのせいか大会前より、学校での居心地は最悪だった。
俺は部活はまだやっていたが、サッカー部の仲間の目が怖くなり、本調子で臨むことができていなかった。それは言い訳だと言われることもあったが、そんな簡単に切り替えられるものでもなかった。
もう三年の先輩はいなくなって、俺が最高学年になる、幾分ましになると思っていた、だが。
「こいつのせいなんです、こいつがあのホテルで俺に自慢してきたんです、そして会場でも俺の頬を叩いてきました」
立石先輩がそう言った。今は業後で、俺と立石先輩、先生は顧問と三年の学年主任の四人が、学校の多目的室で話をしていた。
「自慢なんかしてません!それにたたいたのは、立石先輩が俺を突き飛ばしたからで!」
俺は必死に弁明した。
「だがな、平一君、証拠があるんだ」
そう言って学年主任はボイスレコーダーを出して、再生した。
ボイスレコーダーからは、俺が突き飛ばされた直後からの音がながら始めた、俺が叩いた音も入っていた。
「なんですかこれ?」
「その時の録音だ、平一君が突き倒されたような音もない」
「この会話の前に押し倒されたんです」
「嘘言うなよ!お前!」
そう言って立石先輩は立ち上がった、顧問が立石先輩の前に出て、それを止めた。
「落ち着け立石!平一も謝れ!」
俺は疑問しかなかった。
「なんで謝らないといけないんですか?その録音通り、俺は暴言をはかれて、録音の前に突き倒されてます!」
そう弁明すると、顧問が小声で。
「なぁ平一、嘘でも謝っておけ、そのほうがいいぞ」
「なんで謝らないといけないんですか?こんな先輩の我儘で!」
俺はそう言って立ち上がった。すると立石先輩は俺に。
「やっぱお前調子乗ってるよな!なんでも自分が正しいって思ってんだろ!そんなわけねぇだろが!そんなんだから嫌われてんだよ!」
俺は我慢の限界だった。俺は拳を振り上げて。
「ゴンッ」
立石先輩の鼻目掛けて殴りつけた。
「あっ」
俺は我に返り、立石先輩を見た、立石先輩の鼻からは鼻血が出ていた。
「こんな風に俺を叩いたんだ!あの時も!」
「平一!」
俺は顧問に取り押さえられた、反抗する気はもうなかった。
立石は一度廊下に出されて、顧問と学年主任は少し話し合っていた。
話が終わると、学年主任は立石を職員室へ連れて行った。
「あぁ、平一」
顧問は俺のもとに残っった。
「すまないが、一か月部活には参加するな」
「はぁ?!」
いきなりとんでもないことを言ってきた。
「なんで俺が、罰を受けるべきなのは立石先輩じゃないんですか?!」
俺は顧問にそう言った、顧問は眉間にしわを寄せて。
「すまない平一、校則なんだ、問題を起こした生徒にはそれなりの罰があるんだ、これでも罰が軽くなるように説得したんだがな、すまないが一か月はほかで練習してくれ」
俺は椅子に座って深呼吸を二度した、そして。
「俺の家の状況前話しましたよね?すいませんがほかで練習するにもお金がありません」
「それでも全くないわけじゃないだろ、どこか安いところにでも」
俺はその言い訳を遮り。
「ほんとに無理なんです、ほんとに余裕がないんです。俺から……サッカーだけは取り上げないでください」
すると先生は立ち上がり、廊下に出ようとした。
「行かないでください!俺はほんとに悪くないんです!」
「でも手を出しただろう、すまないが耐えてくれ」
俺は顧問の手を掴み引き留めて。
「お願いします!お願いします!」
顧問はついに怒り。
「もうあきらめろ!無駄なんだよ!さっきのボイスレコーダーの違和感もわかってたが、お前が手を出しちまったらどうしようもない!すまないが諦めてくれ」
顧問はそう吐き捨てた、それを聞いた俺は。
「そこまでわかってて……助けてくれなかったんですね」
「……あぁ」
俺は、ここから逃げ出したかった、だが。
「あんたは、俺の気持ちにも!立石の嘘にも気づいていたのに!見て見ぬふりをしたんですね!挙句の果てに見捨てて!問い詰められたら俺も頑張ったって言い訳して!」
顧問は俺の気迫に怖気付き、少し下がった。
「それじゃああんたも、俺のことを傷つけた立石と同類のクソ野郎だ!」
そう言い捨てて荷物をすぐに拾い、逃げるように外に出た。
しばらく走って、優と話した公園についた。
公園には、優と沙希がいるのが見えた。
二人とも笑って幸せそうだった。
俺が隠れてみていると、二人が口づけするのを見てしまった。
「お前がいなければ、お前を……殺せば」
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