知らない

side升

第18話

――あ、藤原さん!

――おはようございまーす。

――コーヒーいかがですか?

――藤原さ~ん。



やかましい。

思わず心の中でそう毒づいて、いかんいかんと訂正した。


ここは仕事の場。

とはいえ、全部自分の中で完結してることだから、べつに言い訳する必要もないんだけど。






チャマがいなくなって3か月も経たないというのに、藤原への露骨なアピールが目立つようになった。

藤原とチャマの関係を知っていた人間も、そうでない人間もいる。


しかも女性だけならまだしも、何をとち狂ったのか男まで。あまつさえ、



――増川さん。藤原さんは?

――そうだ、今度食事に行きませんか。ヒロさんも一緒に。



藤原に興味があると言いながらヒロに話しかける連中まで増えやがった。じっつに不愉快。なめんな、コラ。



「秀ちゃん?」

「えっ…あ、藤原」

「どうしたんだよ。顔コワいぞ」

「ごめん」



おまえのせいだとも言えず、適当に笑う。


…こいつ、また痩せたか。

この体のどこに削る余地があったのか知らないが、チャマの飯の力は偉大だということが証明されたな。



「ちゃんと食べてんの?」

「うん。家では全然作ってないけど」

「何でもいいから食えよ」

「わかってる」






藤原は、今はさすがに自分の家に戻ったが、この間までチャマの家にいた。

特に荷物も持たず、賃貸の解約もしないで行方をくらましたあいつが、いつフラリと戻って来るかわからない。そう言って。



――藤原さん、升さん、次お願いします。



呼ばれて立ち上がった時、一瞬ふわっと鼻先を掠めるものがあった。



「まだチャマの香水使ってるのか」

「わかる?」

「わかるよ」



チャマの家から持ち出したそれをつけることは、つまりチャマと同じ香りをまとうことに他ならない。

藤原自身は虫よけのつもりらしいが、逆効果だと思う。



「その香り、評判だよ」

「最近女性陣に話しかけられることが多いから、念のためなんだけど」

「チャマと同じってアピールしたいなら、二人同時につけないと」

「はー…、そうか」

「そ。今おまえが単独でつけても、“藤原さん最近フレグランスにも気を使ってるのね”って、ますます騒がれるだけ」

「うぇ」



どうすりゃいいんだよとぼやく藤原は、何も知らない。

俺のところに、チャマから時々メールが来るってこと。

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