第23話

その日は一泊して、翌朝東京へ戻った。

移動のバスの中で目を閉じていたら、藤原と一緒に座っていたはずのヒロが、いつの間にか俺の隣に移ってきていた。



増「ひーでちゃん」

升「…おー?」

増「あ、ごめん。寝てたか」

升「いや大丈夫。藤原は?」

増「知らないよ、あんなやつ」

升「何だよ。どうかしたの」

増「だってアイツ、携帯ばっかいじってるんだもん。メールしまくってさ、チャマと!」

升「チャマと?なんで。だって…」



チャマは俺たちから3列ほど離れた席でゲームに興じている。…はずなんだけど。



増「同じ車内で!わざわざ携帯使って!会話のノリでメールを!おまえらの口は何のために付いてるんだってぇの!!」

升「あぁはいはい、わかったから」



笑ってしまった。

新婚ラブラブカップルの毒気に当てられたヒロにしてみれば、本気でイラッとしたんだろうけどさ。



升「落ち着けって。飴いる?」

増「…もらう」

升「ほしけりゃビールもあるけど」

増「なんでまた」

升「昨日買って飲まなかったやつ」

増「いいよ、常温でしょ」



そんな風に話しているうちに、傾いていたヒロの機嫌も元通りになってきた。



升「仲が悪いよりは全然いいじゃん」

増「良すぎるのもどうかと思うけどね。あのニヤけた顔、ず~っと隣で見せつけられてみなよ!俺生まれて初めて“バンド脱退したい”って思った」

升「あははっ」



思わず声をあげて笑った俺を見て、ヒロもちょっと笑う。

その時、チャマが席を立って藤原の方へ移動するのが見えた。



升「……」

増「……」



こそこそする必要なんかないのに、何となく首を引っ込めてしまう俺たち。


一気に顔同士の距離が縮まった。

唇がやけに近くて、付き合い始めの頃のドキドキ感を思い出した。



升「…なるほど。喋るためだけじゃないんだな」

増「?」

升「口の使い方」

増「…っ」






飴の味がした。


車内は静かだった。


窮屈な姿勢で、それでもキスをやめずに、「俺たちも人のこと言えないかもな」と思った。

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