第五章

side藤

第21話

波打ち際に、ヒロと秀ちゃんが足跡をつけていく。

素足で、ジーンズの裾をたくし上げて、午後の光に照らされて。

何を喋ってるんだか知らないけど、2人ともにこにことよく笑った。


俺とチャマは、少し距離を置いて歩いた。

口を開きかけて、結局言葉を選びきれなくて黙り、視線を合わせては照れくさくて逸らす。

その繰り返しだった。



直『何?』

藤「え?…そっちこそ何だよ」

直『だってさっきから、すごいチラ見してくんじゃん』

藤「おまえだってそうだろー」

直『ふふっ』

藤「…笑うな」



チャマは俺のどこがいいんだろう。

曲や詞が魅力だって言うなら、バンドを続けていれば済む話だ。

でも、そういう意味じゃなく“好き”ってのは…


さっき、別れ際にぽつんと言われた言葉がよみがえる。



――男同士って、あなたたちが思ってる以上に理解されないわよ。



…わかってるよ。俺だけじゃない、ヒロたちも頷いてた。

あんたに言われると一段と説得力がある。



藤「なぁチャマ」

直『ん?』

藤「俺には、おまえの人生全部の責任は、きっと背負えない」

直『うん』

藤「でも俺は俺の幸せのために、おまえと一緒にいたい」

直『うん』

藤「それでもいいか。好きでいてくれるか」

直『……っ』



見る見るうちに涙が、と思った途端、チャマが胸に飛び込んできた。

肩に目を押しつけられて、離さないようにしっかりと抱きしめた。



直『当たり前じゃん。俺が笑い続けるにはね、藤くんと一緒にいるしかないんだよ。藤くんが俺のこと好きじゃなくなることはあっても、逆はありえない。絶対ずーーっと、好きでいるから』



変なやつ。物好きなやつ。どこがいいんだ、本当に。

そう思いながら、もう一度強く腕に力を込める。



藤「もう勝手にいなくなるなよ」

直『うん』

藤「また引き抜きの話があったら、俺に言えよ」

直『うん』

藤「俺もおまえのこと好きだって、ちゃんと信じろよ」

直『………』

藤「なんで黙る?(笑)」

直『だって…なんか夢みたいで』

藤「信じろよ。俺にはおまえが必要だって」



そう言ったら、丸い瞳が大きく瞬いた。



直『わかった』



笑顔がきれいだった。



藤「チャマ」



そっと顔を近づける。

唇同士が触れ合う直前、2人で目を閉じた。


ヒロと秀ちゃんの笑い声が、遠くで微かに響いていた。

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