第9話
窓の向こうに海が見える。
風に乗ってここまで届くのは、サトウキビ林が揺れる独特の音。
本当にきれいな、でも、知らない土地。
――「若い母親だけでなく、その夫である赤ん坊の父親、その上の祖父母まで荷担して、取り違えに見せかけた全く筋違いの意趣返しをしていた例も報告された。未遂も含めると、かなりの件数にのぼったらしい」
――『藤くんが…、藤くんが、そっちの方の被害者かもしれないって、そう言いたいのかよ!!』
――「飲み込みが早くて嬉しいよ。その通り。真の問題は、藤原基央の血縁がどうかではない」
――『…嘘だ』
――「彼が運良く誘拐を免れただけの子かどうか。そして彼の両親が、嬰児の彼をさらった可能性は?…完全に否定するすべは、ないだろう」
――『やめろよ!!』
藤くんのそばを離れる気はない。
そう言ってバンドの申し出を断った俺に、彼は意外なほど執着した。
そんなに俺のベースが気に入ったんだろうか。こんなに手の込んだ脅迫をしてまで、求められるほどのものなんだろうか。
それは今でもわからない。
目を閉じてベッドに転がったまま、ぼーっとそんなことを考える。
あの時、脳みそが混乱しまくる中で、途中から携帯で録音することを思いついた自分の機転だけは、褒めてやりたい。
羽田空港から藤くん宛にこれのコピーを送ったのは、そうでもしないと俺自身がおかしくなってしまいそうだったからだ。
迷惑をかけてごめん。こんなことに巻き込んでごめん。
でも藤くんを、秀ちゃんやヒロを信頼してるからこそ、俺はいったん全部捨てるふりが出来たんだ。
初めっから、隠し通す気なんかなかった。
自分を売った後でも、あの3人になら助けを求めることが出来る、そう思ったから。
――「荒唐無稽と言われようと、全く構わない。この疑惑を、例えば匿名のビラという形を取って、彼の周辺…家族や友人にばらまいたらどうなるかな」
――『…何だと?』
――「DNA鑑定という手はあるだろう。しかしそれは、藤原基央本人に完全に隠して行うのは難しい。何より、それでもし彼ら親子に血縁関係がないと判明したら?どうなると思う」
証拠はない。全てデタラメだ、憶測というのもおこがましい妄想だ。
そう言って、席を蹴って立ち去るのは簡単だった。
でも、それをしたらきっとあの男は。
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