side直

第8話

個室を用意したと言われて案内されたのは、2階の広々とした眺めの良い部屋だった。

寝具もオーディオもあるし、まるでホテルみたいに小綺麗だったが、1人になった途端、俺の体は急に疲れを訴えだした。


荷物の中からノートパソコンを出して適当な場所にセッティングし、ベッドに倒れ込む。

ネットはすぐに使えると言われていたが、俺がやったのはそんなことじゃなかった。








――「藤原基央が生まれた秋田県の産院も、被害にあったリストに入っていた」


――『だからって、藤くんには何の関係もないじゃないですか』



1ヶ月ほど前の会話が、絞った音量で流れ始める。

無造作に挿したUSBメモリがチカチカと光る。



――「そうだな。確かに彼は、誘拐とは無関係だろう。しかし別の可能性はある」


――『…別の?』



先月、あの筋骨隆々のオカマ(その時は全然そんな口調じゃなかったけど)が東京へ出てきていた。

“食事でも一緒にどうか”という誘いに気軽に乗ってみたら…、持ち出されたのは、俺たちが生まれた頃に起きた誘拐事件の話だった。



――「さっき、同じ頃に嬰児の取り違えもあったという話をしたね。あれは正確には“取り違え”じゃない」


――『…?でも、それじゃあ…』


――「これは当時の警察とマスコミがひた隠しにしようとした事実なんだが」


――『何ですか』


――「自分の子を誘拐された親が、同じ病院にいた赤ん坊を盗むケースがあったんだ」


――『え?』


――「生まれたばかりの我が子の様子を見に新生児室へ行った母親が、自分の子だけがいないことに気づく。折しも世間を騒がせているのは、多発する嬰児誘拐事件」



時たま途切れながら聞こえてくるこの会話こそが、俺をこの土地まで連れてきた元凶で。



――「ぽっかりと1つだけ空いた、自分の子がいるはずのベッド。その隣にも奥にも、たくさんの赤ちゃんがいるのに」


――『…やめろ』


――「周囲には誰もいない。赤ん坊というのは、生まれたばかりであればあるほど、親にも医者にも見分けはつきにくい。本当かどうかは知らないが、血液型の判定すらあやふやなこともあると聞く」


――『……っ』


――「どうする?きみがその母親の立場なら」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る