第3話

80年代に一世を風靡し、人気絶頂のさなか、惜しまれつつ解散したバンドがある。

俺たちはまだ小さかったから実感としては知らないけれど、現役の時の人気はそりゃもう大変なものだったらしい。


解散後もその影響力は強く、21世紀に入ってから発売されたベスト盤は、CD不況にも関わらず凄まじい売り上げを記録した。



そこのドラムの男性は、解散後もソロとして活動を続けていた。拠点にしていたのは、沖縄だ。

しかしそろそろまたバンドがやりたいと。いや、その言い方は正確ではない。



直『俺のベースを聴いて、気に入ってくれたんだって。俺と一緒になら、もう一度グループでやれると思ったんだって』



…実はその話は、俺たちも聞いたことがあった。もう1年近く前のことだ。

当人同士の意気投合というレベルではなく、かなり本気の話として事務所の上層部に正式に依頼があったらしい。しかし。



―――お話はすごく嬉しいし、正直興味もあるけど、今のバンドを捨ててまでやる気はありません。



そう言って、チャマは断ったんだって。



―――伝説になりつつあるバンドのメンバーに誘われておきながら、もったいない。



自分の立場も忘れて、俺は一瞬そう思った。と同時に、すごく嬉しくなった。

あぁ、チャマはずっと俺たちと一緒にいるんだな、って。当たり前のことみたいだけど、それがどんなに大事なことか、その時はっきり身にしみたんだ。

その彼が、同じ口で。



直『ごめんなさい。本当にごめんなさい』

藤「……。本気か?」



どう見ても、真剣に悩み抜いた後の顔だった。1人の男が、はらを決めて言ってきたこと。

でも、固い意思を目の前に、それでも俺たちは翻意を望む。



増「嘘…でしょ。だってあの時は、」

直『お世話になりました』

升「チャマ!」



みっともなくすがりついても、何なら怒鳴っても泣いてもいい。それで少しでも迷ってくれるなら。

動揺する3人の前で、チャマは椅子から立ち上がる。ベースを右手に、新曲の譜面を左手に。


その時だった。いつもは滅多にスタジオに来ることのない、事務所のお偉いさんが、ドアを開けるのが見えた。



―――直井くん、話は済んだ?


直『はい』



振り返る背中に、藤くんが思わずという感じで手を伸ばす。



藤「チャマ、待っ」

直『長い間ありがとう、藤くん』

藤「……」

直『バイバイ』

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